表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/139

過去最大の齟齬

 その日、街の周辺に残る『恐怖熊フィアーベア』の討伐を終えたロルフは受付で出迎えたミツバの姿に首を傾げた。


「なんだ、随分元気がねぇな」


 朝から何やら思い悩んでいるような顔はしていたが、せっかく最近健康的な顔になってきたと思っていた男の頬がやややつれてしまったような気がする。


「え、いえ、今日は復興の手続きが多くてお昼を食べ損ねたので、そのせいではないかと……」

「おいおい、昼を食い損ねたのかよ」


 疲れ気味の男の首根っこを掴んで受付内のタニアに断って人攫いのように退勤させる。


「そんなら、何はともあれ飯だ。肉は食えそうか?」

「お肉、ですか?」

「『龍輝角鹿ドラゴンガッシュホーン』の肉は食ったことあったか?結構美味いぞ」

「あ、最近見かけるようになったあれですか……。まだ食べた事はないですね」

「美味いとこ連れてってやる」


 夕食というとギルドの食堂や『猫の目屋』で済ます事の多いミツバは、連れてってやるというロルフの言葉に目をパチパチと瞬いた。


「ご飯処ですか」

「おう」


 首を傾げるミツバの手を引いて、ロルフは普段はあまり行かない北側の大通りを入っていった。


 そこにあったのは煉瓦の壁の食事処だった。

 入り口が半地下になり屋根の煙突から煙を吐き出すその作りは店そのものが大きな竈門かまどのようにも見えた。


「やあロルフ、客として来るなんて珍しいね!」


 声をかけてきたのは店の人だろうか。鮮やかなオレンジ色の長い髪をバンダナで止めている、元気の良さそうな女性だった。


 薄々思っていたが、この街で食品に携わる人はバンダナを巻いている事が多い。

いわゆる給食帽や工場のビニールキャップなどと同じで頭髪を仕舞う意味があるだけでなく、どうやら店のイメージカラーにもなるらしかった。


「そっちの人は?」

「俺の相棒。飯食わせに来た」

「へぇ、あんた人間の相棒なんかいたのかい!」


 なんだか変な言い回しに三葉が首を傾げていると言われたロルフの方はそれがツボに入ったらしく、大きく吹き出してゲラゲラと笑っていた。

 

「ウーヴェだよ、あんた知らないのかい?こいつのもう一つの相棒」


 三葉が疑問に思っていることが伝わったのか、バンダナの女性がロルフを親指で指差して言う。


 思わずなるほど、と手を打った三葉である。


「こいつも相棒と言えば言えなくもないしな」


 ロルフが自分の腰の剣をとんとんと叩いて笑うのを、店の女は「寂しいねぇ」と言って笑ったが、三葉はそうは思わなかった。

 まさか自分が彼の命を守る2つの『相棒』と同列に並べるとは思わなかったので、ついソワソワとしてしまう。


「どうした」


 半個室のような店の隅の席へ通されて、なかなか視線の合わなくなった三葉を疑問に思ってロルフが訊いた。


「いえ、僕、ウーヴェや『ヨルムンガンド』に比べて何もできないのに、『相棒』なんて呼ばれてしまって良いのかなって……」

「またなんか変なこと考えてんな?」


 おたおたとしながら言い募る三葉にロルフが片眉を上げる。

 

「いえっ、あの、違うんです」


 まさか『相棒』の呼び名を返上するなどと言い出さないだろうかと不安に思ったロルフに先んじて三葉が両手をあわあわと振る。


「あの、ちょっと、う、嬉しく……なってしまって……」


 指先を合わせてじわじわ……と顔を赤らめる四十路過ぎのおじさんを、ロルフは真顔で見つめた。


 馬と刀と同列扱いされてそんなに喜ぶ奴は初めて見たぞと思ったし、そんなことで喜んでいるオジサンをかわいいと思う自分自身の襟首を掴んで揺さぶりたい気持ちでもあった。


「……まあ、あんたが良いなら良いんだけどよ」


 言ったところで店の女性が飲み物を持って席へ来た。


「これ、サービスで……って、なんだい?こんな店でプロポーズでもしてる最中だったかい?」


 机の上に穀物酒オルガノの水割りと芋と肉をえて焼いたオツマミを置いた女性がきょとんとして三葉とロルフの顔を眺める。


「えっ!?いえ!」

「してねぇよ」


 慌てる三葉とさらりと否定するロルフに女性は軽い調子で冗談だよと笑った。

 そのまま注文を取る女性にロルフがさらさらと料理を頼む。

 三葉は勝手もわからないので黙っていた。


「……そういえば、この国ってその手の冗談をよく聞きますね」

「冗談?」


 店員が去ってから小声で言う三葉にロルフが首を傾げる。


「男同士でも結婚とかプロポーズとか、……いえ、世の中にはミャルガさんみたいに男性を好きな方も居るんでしょうけれども……」


 その言葉にロルフは首を傾げて唸った。

 何か、根本的な感覚の差を感じたが、上手く言葉にできなかった。

しかし三葉の方が、より大きな差を感じているようで困ったように視線を泳がせながら言葉を紡ぐ。


「あの、うちの国では男性同士が親しくしていてもそういう冗談は失礼と言うか……あまり言われなかったので」

「失礼って、なんで?」


 キョトンと返されてしばしの間が開く。


「えっ、なんで……、……でしょうか。……えーと、同性を好きな方というのが少数派でセンシティブな問題と言いますか……」

「少数なのか?」

「えっ?」


 ロルフは首を傾げる。なるほど、違和感の一つは多分これだろう。


「こっちでは別に少なくもないし、ミャルガは特殊例じゃねぇよ。……いや、あいつみたいに絶対上じゃねえと我慢できない奴ってのはそう多くないし、見た目がアレだから特殊例っちゃ特殊例だが……恋愛も結婚も、異性も同性も異種属も関係なくしてるし別に変わった話じゃねえよ。だからさっきみたいな冗談も言われる」

「……はぇ……」


 つまりさっきのやりとりは、不用意に親しげな同性同士をからかったものではなく、今にもプロポーズをしそうな雰囲気に「こんな店でやることじゃないだろう」と釘を刺されただけだという事になる。


「ええっ……」


 つまり2人は本当に今にもプロポーズをしそうなカップルに見えていたという事だろうか。それは流石に恥ずかしくなってしまう三葉である。


「……つーか、あんたの国ってそういうの珍しいんだ?」

「……?……はい」

「じゃあ、女は男を、男は女を、必ず好きになるわけ?」

「……ええと、殆どは、そうですね」

「ちょっと前まで女と付き合ってた友達が次は男と付き合ってたりとか……」

「……あまり聞かないですね」

「……なるほどねぇ」


 道理でどこかすっぽ抜けているような感覚がすると言うか、捕まえたつもりでもすり抜けて行ってしまう気がするとは思っていた。

 三葉にとって同性のロルフというものは恋愛対象で()()()()()のだ。


「道理であんた、気にしねえと思った」

「いや、元々気にしてなかったのはロルフの方だと思いますよ!?人の服剥がして薬塗ったり……」

「ばっ、アレは必要だっただろうが……!」


 必要ならば平気で服を脱いだり脱がせたりするロルフの感覚と、恋愛対象ではなくても人前で肌を晒すのが羞恥になる三葉の感覚も、考えてみればかなり違う。


「僕の国では同性でも簡単に服を脱がせたりしないんです!あんな事何度もされれば、くっついてくるのもそんなものなのかなって……、あれ……?」


 三葉は何かを見落としている気配にハタと視線を上げた。


「……という事は、この国って、同性同士でも過度にくっつくのは()()()()意味の行為なのでは……?」

「…………」


 すっと無言で視線を逸らすロルフに肯定の意思を感じる三葉である。


「ちょっと待って、まさか『相棒』って、同性で付き合ってる人の呼称だったりしませんよね!?」

「それはねぇよ!」

「あっ、よっ、良かったぁ……?」


 答えながらも三葉の頭の中は混乱していた。『それは』ねぇよという事は、あの、抱きしめられたりしていたのはやっぱり三葉ならば異性にするのと同じような感覚でされていたということでは?


 一方、良かった、などと言われてロルフの方はうぐっとなる。

 良かったのか。そうか。

 流石にすぐに恋愛対象として見てもらえるなどとは思っていないが、ハッキリ言われるとちょっと傷付く。


 三葉が妙に鈍いので、自分が恋愛対象にならないと盲目的に信じているタイプの人間かと思っていたわけだが、そうでなく男性だけが対象にならない人間だった場合、ロルフの行動の意味に気付いてしまった今どう感じるだろうか。

やはりロルフは未知の不快な生き物になるのだろうか。


(……どうする)


 三葉が鈍いのでそれを良いことにこちらも気にせずくっついていたと正直に言うか?

下手をしたら不埒な人間として信用を失い距離を置かれそうである。


 それともロルフも同性がそのような対象にならないと嘘をつくべきだろうか。

それは現在の関係を維持しやすくはなるが、重ねた嘘は今後一歩踏み出したいと思った時の障害になる。

 しかし、訪れるか分からないいつかの為に今の関係が崩れるのは困る。


「……あー。それこそ、恋愛なんか人の自由だろ。すぐ付き合う奴だっているし、親しくても一生友達のやつだっている。……俺らが『相棒』で、なんか困る事があるのかよ」


 ロルフの頭は急回転していた。この国にも時折見かける異性以外を恋愛対象として見られない人間をベースに、嘘をつかない範囲で、彼を安心させる言葉を選ぶ。


「いえ、それは……困らない、ですけど……」


 三葉は何やら思い悩んでいるようだった。

何を思い悩んでいるのかまでは透かし見れない。

 ロルフはそれを冷や汗の流れる気持ちで待つ。

不用意なことを言って墓穴を掘りたくはなかったが、ただじっと待っているのもむず痒い。


「お待ちどう様」


 声をかけられて顔を上げると、目の前に肉の入ったシチュー皿が置かれる。


「わあ、美味しそうですね。ありがとうございます」


 思索を中断したのか、三葉がにこりと微笑んで店員に礼を言う。

 いつもの事なのにそれが急に気になって、ロルフは狭量な自分に静かにため息をついた。


「……ロルフ、僕ね、ちょっとズルいんだけれども」


 食器を手に取る三葉にこの話は終わりかと自分もスプーンを取ったロルフは、声をかけられて視線を上げた。

 すると思いの外真剣な顔をした三葉と目が合う。


「もうしばらく、君の『相棒』でいたいと言ったら、怒るかい?」

「……しばらくって、どのくらいだ」

「僕の気持ちの整理がつくまで」

「……分かった」


 ひとまずは現状維持の申し出。ズルいのは三葉ではなく、それに安堵するロルフだろう。

 もっとも彼の気持ちの整理がついた後、この関係が進むのか離れるのかは、ロルフには分からないけれど。


✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


 『龍輝角鹿ドラゴンガッシュホーン』のシチューは美味かった。

 美味かったはずだし、美味いなと話をしたが、ロルフはその味をあまり覚えていなかった。

 食べながら、なんだか取り留めもない話をしたような気がする。

 この店にはよく来るのかと尋ねられて、『龍輝角鹿ドラゴンガッシュホーン』の肉を卸している先だと答えると三葉は酷く驚いていた。


 その晩、広いベッドに少し離れて眠った。

 

 現状維持の申し出があったばかりだったが、意味を知られていてなお不用意にくっつくような真似はロルフにはできなかった。


 少し。ほんの少しだけ、彼が自分を求めてくれれば良いのにと思わぬでもなかったが、少し離れた場所に転がる背中は規則正しい寝息をたてるばかりだった。

ブックマーク・評価・感想・応援ありがとうございます!

とても励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ