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大切なもの

「それで、森を出たからにはお話は伺えるんですよね?……えーと……」

「ロルフ」

「ロルフさん」

「さん付けなんかしなくて良い。むず痒くなる」

「あ、はい」


 身体もスーツも丁寧に洗った三葉は、青年の替えの服を借り、更に毛皮のようなものに包まれた上で彼の脚の間に抱え込まれた状態で焚き火に当たっていた。


 なかなか川から上がらない三葉の様子を見に来た彼が顔を合わせた途端衝撃を受けたような怒ったような、言いようのない形相をし、三葉の手を掴んだ瞬間そこから更に眉間にギュッと渓谷が作られ、それからは意見も異議も挟む事を許されず現在の体勢まで持ってこられてしまった。

 こうして話している間も、ロルフは三葉の手を毛皮の中から探り出しては両手で擦ったり息を吐きかけたりと甲斐甲斐しく温めている。


「あの、ロルフさ……、ロルフ、流石にそんな事までしなくても……子供じゃないんですから……」

「あんたが自分の顔色を自覚して無えことは分かったから、黙っとけ」

「ええっ……、……はい……」


 歳上のはずなのに、威厳もなにもあったものじゃない。


「で、なんだ。あの森の話か」

「はい。僕が土に埋められていた理由も心当たりがありそうですし……」

「ああ、あれか。一応聞くが、自分で埋まったんじゃないんだよな?」

「自分で埋まって出られなくなったとしたら、僕あまりに間抜け過ぎませんかね?」

「大間抜けかと思ったぜ」

「ひどい」


 掴まれていない方の手でロルフの手をベシベシと叩くと、頭のすぐ後ろでくっくっと喉を鳴らす音がする。

身長は頭ひとつ分違うのに、座高に大した差が無いというのはどういうことだろう。

あまり深く考えたくない。


 それにしても、耳の後ろでこの男の低い声が聞こえると、落ち着く気分とソワソワする気分が混ざり合って、三葉はどうしたら良いのか分からなくなってしまう。

それで、結局もぞりと身体を縮めて腕の中に収まったまま大人しくしているのだ。


「……あの森はな、世界でも数少ない『精霊の棲家』なんだ」

「精霊……?」

「で、あんたみたいなのをな、『精霊の愛し子』って言う。理由は分からんが、精霊にやたら好かれるんだ」

「……い、愛し子……」


 なんだかここへ来てから急に子供扱いされる事が増え過ぎてアイデンティティが崩壊しそうである。

精霊さんもロルフも、こんな40後半のおっさんを捕まえて愛し子とか言い出さないでほしい。


「……別に、ミツバを子供だって言ってるわけじゃねえよ。通称だ、通称。それに精霊なんか何億年も存在し続けてんだから、0歳だろうが100歳だろうが誰だって『愛し子』だろうさ」

「はぁ、そんなに長生きなんですか、精霊さん」

「あれを生きるって言って良いかどうかは微妙だけどな」

「?」


 あれとは?と思い首を傾げたが、ロルフはそれについては言う気が無いようだった。

あるいは説明のしようが無かったのかも知れない。


「あんたを地面に埋めたのは、『土の精霊』だろうな」

「土の精霊」

「理由は分からん。精霊が必要だと感じたのか、ただあんたに構いたかったのか。……森を出る時も草が追ってきたり獣が追ってきたり大変だったろ」

「あれも精霊なんですか?」

「おう、どいつもこいつも、あんたを森から出したくなかったんだ。母親の前から赤ん坊拐ってくるようなもんだ。半狂乱さ」

「……はぁ」


聞いていて不思議な気がして、三葉はことりと首を傾げた。


「それを分かっていても、わざわざ僕を(さら)ってきてくれたわけですか?」


 三葉としては半狂乱の母親から赤ん坊を引き剥がすなど手間も苦労も多いだろうと思って言った事だが、間近に見上げたロルフは三葉の言葉にじわっと顔を赤らめて顎を引いた。


「……、……お前……変な言い回しすんなよ」

「ロルフが言った事をそのまま言っただけなんですが……」

「いや、なんか……俺があんたを(かどわ)かしたみたいじゃねえか!」

「それって何か違うんですか?」

「違うだろ!」


 三葉にはロルフが何を焦っているのかよく分からなかった。

森は三葉を捕らえておきたくて、しかし恐らくそれには何か問題があって、だからロルフは精霊が怒るのを承知で何も知らない三葉を連れて逃げてくれたのだと思い、そう尋ねたつもりだったのだが。


「……、っあー、ともかく。あんたは次の町でギルド行って、『精霊の棲家』の位置は把握しとけ。絶対に近付かないようにな」

「ギルド、ですか」

「ギルドも知らねえのか?やっぱり相当遠くから喚ばれたな?」


 喚ばれた、と聞いて、三葉は頭の芯が凍りついたような気がした。

この男が知っているのは、あの森についてだけじゃない。


「……て、ください」

「あ?」


 抱え込まれていた身体を後ろへ反転させ、ロルフの肩を掴む。勢い余って地面へ引き倒すような形になったが、そのまま胸の上へ乗り上がって加減もせずに彼の肩を揺さぶった。


「教えてください!何を知ってるんですか!どう、……どうやったら帰れますか、どうして、……どうして僕、こんな所に居るんですか、僕、……どうしたら、いいか……、」


 言いつのるうちに、ほとほとと涙が溢れて眼鏡の内側に溜まる。


「……悪いが、俺に分かるのは、あんたが遠くから『精霊』によって呼び出されたってことだけだ。帰れるような場所から喚ばれる奴もいれば、帰れないやつも居る。……、……あんたが、帰れるかは、ちょっと分からねぇよ」


 気まずさに視線を逸らしたロルフの頬に、ポタポタと冷たいしずくが落ちて伝った。


「む、すめ……、娘が、いるんです、家出同然に出て行ってしまって……ほとんど連絡もしなくて、でも……あの子を育てると、約束、したのに…僕は、こんな、ところで、会う事もできなく、なって……」


 それが、彼にとっていわれの無い八つ当たりであることに、三葉も本当は気付いていた。

ずっとろくに連絡もしなかったくせに、いざ会えなくなると思えば苦しくて、悔しくて、今までなんとなく娘に遠慮していた過去の自分を張り倒してやりたくて、でも当然そんな事はできやしないから、その怒りや悲しみを優しいだけのこの青年にぶつけているのだ。


 けれど男は、三葉の身勝手な行動を責めなかった。地面に引き倒されたまま、子供のようにみっともなく泣く壮年の男をじっと見上げ、少し困ったように微笑みながら、大きな手を伸ばしてワガママな男の頭をぽんぽんと撫でた。


✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


 一度タガの外れてしまった三葉は、それでも元のように鎮まることができなくて、何故かロルフがあやすように背中を叩きながら娘の話を聞きたがるので、幼い頃の娘がどれほど可愛かったかを話した。


 話す途中で渡された温かい飲み物には、酒の類いが入っていたのではないかと後で思った。

それで余計に言葉が止まらなくて、何度も何度も同じ話をした。


 しかし、18歳を過ぎた娘がどのようだったのか、三葉は語ることができなくて、それが情けなくて、また泣いてしまった。

 ロルフはクダを巻く酔っ払いに根気強く相槌を打ち、時に背中や頭を撫でてあやし、三葉が疲れ果てて寝てしまうまで、ずっとそうしていたのだった。

おじさんは泣き上戸

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