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影の王と影の忠臣

 ウェインは彼の名を知らない。


 正確には、知ったとしても覚えていられない。


 顔も、何度見てもかすみがかかったように忘れてしまう。彼の顔だけ。


 ウェインが生まれた時には彼はもう()()()()()


 けれど一度だけ、祖父がウェインの全身に刺青を施したその日、その人の話をするのを朦朧とする意識の中で聞いた。


「あいつを越える能力にはならんだろうがな。……まあ良い、強過ぎる力を持つのも問題だ」


 それが、ウェインの知っている彼の全て。

 それ以外のことは誰も語ろうとしなかった。

 誰もが口を閉ざし、彼について語る事を嫌がった。


 ただ1人、ウェインの母にあたる女性だけは、彼のことを語ってくれた。

 彼がウェインの伯父()()()のだと教えてくれたのも彼女だった。

 しかし彼女の話はまるでお伽話で、彼女とその人との冒険と恋愛譚ロマンスだった。

 それは彼女の願望がたっぷり入った英雄の話で。

ウェインは彼女の話を“その人”とは別の作られた物語だと認識したからこそ、それを覚えていられた。


それくらい、“彼”に関する記憶は、ウェインの中から徹底的に破り取るように捨てられてしまうのだ。


 一度、彼女に、そんなに好きなのに、どうして一緒について行かなかったの、と聞いてしまったことがあった。

その時の彼女の冷たい顔が忘れられない。


「あなたが、できてしまったんだもの」


 まだ幼いウェインに言葉の深い意味は理解できなかったが、その質問と自分の存在そのものが彼女をひどく怒らせるものなのだということは理解できた。


「ああでも、気にすることないのよ。あなたのことはちゃんと愛してるわ」


 撫でてくれる手は、いつも通り優しかった。

それで、こんな優しい人に全身が震えるような恐怖を感じた自分の方がおかしかったのだと、ウェインはその事を心の内側に鍵をかけてしまった。


「私のかわいいウェイン、きっとあの人のように強くなるわ」


 寝物語の最後に、ウェインの身体に彫られた刺青を撫でながら、彼女は何度もそう言った。

彼女が愛しているのは自分ではなくその刺青なのだと、幼心に思っていた。


 その証明は案外早く来た。12歳になったある日の事だった。


「ああ、待ってたのよ、『ーーー』。私を迎えに来てくれたのね」


 ウェインにかけられた名は、彼の名前だった。

けれどウェインはその言葉を上手く聞き取れず、記憶することもできなかった。


 その日を境に、彼女は急速に壊れていった。

それはまるで、求める恋人と似ても似つかぬ息子を彼に見立てることにより生まれた齟齬に自らが苦しめられているようだった。


 父に尋ねると、彼女は最初から()()()()()()()()()()()のだと言われた。

彼女は精霊に愛されて、愛され過ぎて、次第に心が壊れてしまったのだと。


「それを含めて彼女を最後まで世話をするというのがあいつとの約束だからな……」

「あいつというのは、僕と同じ能力を持つ『あの人』の事ですか?」


 問うと、父はそっと唇に人差し指を立てて知らぬ顔をした。


「君のその力は、精霊の力を疑似的に具現化してるものなんだ。彼も、そうだった。……だから、精霊と同化してしまった彼女には、とても魅力的に映るみたいだね」


 頬杖を軽くついた父は、少しだけ悲しそうに笑った。


「でも、君には信じられないかも知れないけれど、僕達は確かに互いに惹かれあって結婚して、君を産んだんだよ。君は求められて生まれてきたんだ」


 その言葉で、少なくとも父が母を手に入れるために卑怯な真似をしたのでないらしいと感じて、ウェインはそっと安堵した。母の言葉との齟齬は気になったが、次第におかしくなったという言葉が本当ならば、彼女の中で事実がねじ曲がってしまったのかも知れない。


 14歳になってウェインは兵役についた。

祖父曰く、それが一族の宿命なのだという。


「この力は、国力を上げるために作り出したものだ。隣にはイヴァンもリエテルクもある。ゆめゆめ油断せず励めよ」


そう言われて入った中央軍で。


「あんたウェインって言うのか!強いなあ〜、俺はテッド!よろしくな!こっちはジェイク。昨日友達になった」

「おー、よろしく。あんた細いのになんであんな強いんだ?飯食ったらもっかい手合わせしてくれよ」


 暑苦しい2人に出会った。


 テッドの憧れる人がデカントにいると言われ、街の駐在防衛隊に志願する時に誘われた。

その時ウェインは初めて自分の意思で何かを決めたのだ。


 首都で活躍して欲しいだろう祖父の言葉が怖くて逃げるように防衛隊へ入隊した。

けれどそのすぐ後、祖父が亡くなったと連絡があった。手紙の送り主は父で、手紙の最後にはこうあった。


「ずっと僕達の我儘わがままに縛り付けてしまったけれど、君が自分で道を選んでくれて嬉しい。そのまま君が必要と思う事をしなさい。 父より」


 彼は知っていたのかも知れない。

いや、きっと知っていたのだろう。

一族が触れない、言葉に出すことすらはばかる『彼』がこの街にいる事を。


(俺が必要と思う事を、する)


 それはしくもジェイクに言われた言葉と同じだった。


(あの人を探して、助ける)


 まだ、思うだけで足が竦みそうになるけれど。

身体の内側で影の形をした何かがざわめくのだ。

泣き喚いて縋ってくるのだ。


「お前達の王は俺が見つけてやるから」


ウェインは避難の流れに逆らって市街の中をひた走った。

ブックマーク・評価・応援ありがとうございます!

場面転換多くて短く切れがちですが、その分更新増やして頑張っていきたいと思います


本文が累計20万文字達成いたしました!

ここまでつらつらと書けたのも皆様の応援あってのことでございます!

拙い文ではありますが、これからもよろしくお願いします

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