来たる日の予感
「タク〜、ダーリンが来たわよ〜」
「……だっ、ダーリンじゃないですよ……」
デカント街ギルド。二つ隣の受付で魔石鑑定の手伝いをしていた三葉は、タニアの茶化すような呼び出しに真っ赤になりながら受付へ戻った。
「よう、ハ二ー、ただいま」
普段通り受付に来ていたロルフがニヤニヤ笑って言うところを見ると、タニアの呼び出しが聞こえていたのだろう。
「ロルフまでそんな事を言って……」
やめてくださいと言いながらも、かーっと頬を赤くする三葉は、それを見たさに周囲の人間がからかっているとは知らないのだろう。
「……」
しかし、いつもいつもやられっぱなしでいる三葉ではない。
「それで?……今日はどうしたの?僕の太陽?」
常に使う丁寧語が消え、にこりと笑って仕返しをすれば今度は狼狽えるのはロルフの番である。
なお、噂の『金色狼』が『太陽』呼ばわりされてドギマギするのを目撃してしまったギルド内の冒険者および職員は全員笑いを誤魔化すためにむせ込んだり咳払いをしたりしなければならなかった。
「……あー、今日はこれだ。個室に頼む」
負けましたとばかりに両手を上げたロルフが討伐依頼書を机の上に出した。
見ればそれは、最近改めて『恐怖熊』と命名された赤い熊型魔獣の依頼書だった。
すぐに頷いた三葉はタニアに確認を取って空いている個室へロルフを案内した。
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「ええと、これは……」
部屋へ入った後、テーブルの近くに魔力を流して『防音魔法』を部屋に施す三葉をロルフは楽しげに眺めていた。
部屋全体に緑と黄色の光がチラチラと走って消える。
使えるようになってわかった事だが、部屋の『防音魔法』は事前に術式が組んであるので魔力を流すだけで良く、部屋全体に表出する魔力は作動した者の魔力の色らしい。
「魔力の操作もすっかり慣れたな」
以前エルガルド山脈で魔法を発動して以来、夜の勉強時間は魔力操作の練習時間にとって変わった。
つまりロルフは三葉の魔法の先生にあたるわけなのだが、こうして三葉が魔道具を使うたびに目を細めて褒めてくれる。
また、魔力の色は特に統計立てられてはいないのだが三葉のような二色の光が混ざるように光るのは珍しいらしく、それが綺麗だと何度も微笑まれるので魔法の練習をするのがとても楽しい。
三葉は最初に発動した回復系の術式と、放出系の中でも聖属性と呼ばれる特殊な属性に特に親和性があるらしく、ゲームで言えば聖職者などが適正職となりそうなところである。
もっとも、この国では大体の冒険者は好き勝手に職業を名乗っている物で、教会も無いこの国では聖職者という固定職業は聞いた事が無いそうだが。
「宗教の国、みたいなのは無いんですか?」
尋ねてみたところ、
「昔はあったらしいけどな。100年ほど前に本部が魔獣に潰されて以来散り散りになったそうで、その後はよく分からん」
とのことだった。
「どんな文化も技術も、少し大きくなって油断すると魔獣に食い潰されて消えちまうんだ」
なお、魔獣を崇める団体というのもどこかにはあるらしいが、それも大きなものは50年ほど前に、それこそ『魔獣暴走』に呑まれたのだという。
「魔獣を崇めてて魔獣に喰われたなら本望かも知れんがな」
そう言いながらロルフが机に広げた討伐依頼書の数は夥しい。
「……しかし、そんな話も他人事じゃ済まなくなってきたらしい」
依頼書の内容は、『恐怖熊』、『龍輝角鹿』、その他『酸毒大蛇』『赤色火炎鳥』などなど、神獣指定と言われる常人には太刀打ちできない魔獣が多数。
「ところで、フェニックスって不死鳥なのでは?」
「さあ?とりあえず凍らせて砕くと魔石が落ちるから死んでるんじゃないか?」
死亡判定が雑なのが気になるが、討伐部位の羽もあるのでギルドとして討伐証明を出すしか無い。
実際にその雑な討伐後数十年は『赤色火炎鳥』を見なくなるそうなので、討伐は成功していると言っても良いのだろう。
そんなこんなで大金になる報酬をまた小切手方式で振り込むことにしたのは良いが、話はそれで終わりではなかった。
地図を出してきて討伐した位置を印記していくと、脅威となるレベルの魔獣の出没地点が、ここ数ヶ月で確実に街へ迫ってきているのが分かる。
「……これは……来ますね」
「来るな」
地図を挟みながら三葉とロルフは重々しく頷く。
この勢いでは、とても止められない。
「『魔獣暴走』が」
多大なる厄災が街へ襲い来ようとしていた。
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