ギルド長の回想
ギルド内の素材買取受付で、稼げる受付ができた。
それが、ガルドルフの聞いた噂だった。
冒険者が稼げるという事は、ギルド側は損をしているという事である。
ガルドルフはすぐに、買取受付で付けられている帳簿と持ち込まれる素材を調べた。
噂が立った時期から予想はしていたが、タク・ミツバの受付に持ち寄られる素材に、高値の素材、等級の高い素材が集中していることはすぐに分かった。
「……これは、どうしたもんかね」
『誓約』でもって守ると誓った男が問題の原因となる時、ガルドルフの取るべき動きはなんだろうか。
何しろ命をかけての『誓約』である。
背中に冷や汗が伝った。
ガルドルフを救ったのは、彼の視野の広さだっただろう。
タクの書いた帳簿、受け取った素材だけを睨み続けず、多数の他職員のものと比較しようと試みた。
すると、むしろ他職員の帳簿の不自然さの方が際立ってきたのである。
ほぼ全ての素材が一律低等級として買い取られている。
職員によっては中等級のものも見られたが、準上等級以上の素材は殆ど無い。
しかし不思議な話だが、帳簿上と実際の素材の間でも、大きな違いは見られないのだ。
鑑定の穴と言うべきか、時折低等級の中に低等以下の買取不可品が混じったり、低等級や中等級に準上等級が混じる事はあるのだが、その範囲は一割程度。誤差の範囲だとガルドルフは認識していた。
つまり、高価素材がタクの受付にばかり持ち込まれ、他の受付には殆ど持ち込まれない。
その結果全体の買取金額に大きな差が出ているわけなのだが、当然不正に高額をつけているわけではない。
「どう思う?」
真っ先に尋ねた相手は、副ギルド長・リコリス。
柔らかい亜麻色の髪を束ねた彼女はガルドルフと違い一階で仕事をしていても無駄に視線を集めないので、職員に混じって作業している事も多い。
「……誰しも、褒められ、正確に評価されることは嬉しい、という事かと思います」
彼女の意見は、ガルドルフには少々飲み込みづらかった。
「私は後ろから見ている程度なのですが、彼の受付、子供のように喜んでいる冒険者をよく見ます。……それも、なんと言うのでしょう。お母さんに自慢をする子供の顔と言うか、褒められたくてたまらない顔と言うか……」
「…………」
つまり、冒険者達はおじさんに褒められたい一心で彼の受付へ高等級の素材や魔石を持ち寄るということだろうか。
「それに、ギルド長は一割程度の鑑定ミスは誤差の範囲とおっしゃいますし、私もそう思っていたんですけど、……彼、おそらく一つも見落としが無いんじゃないでしょうか」
「……見落としが、無い」
「それだけでなく、買取不可のものを持ち寄った冒険者に理由を説明して、助言などをしている姿もよく見ます」
「……待て、助言?……買取不可の理由?」
買取不可というのは、全く『精霊力』の宿っていない素材ということだが、『精霊鏡』で素材を見るまで『精霊力』の含有量は分からない。
それを冒険者に助言できるとは、どういうことか。
「ギルド員や冒険者の中には知っている者も多いですが、ミツヨモギは裏に赤い斑点が出ると含有される『精霊力』が大幅に消えてしまいます。薬術師や錬金術師も、これらは『薬効が無い』と言って素材をギルドから仕入れる時に除外していきますし……」
「……」
「ご存知ありませんでした?」
「……うむ」
ガルドルフは、『精霊の眼』こそ無いものの、『精霊鏡』の扱いには長けている。
『精霊鏡』を覗いた時に見える色味の違いを見分けることが、ガルドルフの『鑑定』の全てだった。
だから逆に、『精霊鏡』を覗かずに薬効や含有される『精霊力』を見分けるなどということを、考えたことが無かった。
「それを、タクは理解していると」
「恐らく」
奇妙な話である。彼は『精霊の眼』を持っている。ガルドルフ以上の鑑定眼がある以上、細かな特徴など知る必要も無いというのに。
「……対策を練るためにも、話は聞かんといかんな」
「それが宜しいかと思います」
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「素材や魔物の図鑑を読むのが面白くて……」
それが、呼び出したタク・ミツバの言葉だった。
何故か叱られる子供のように肩を竦めている。
「……あの、受付に座っていて手が空いている時に読んでいたのは……まずかったですか?」
「……いや、そんな事は……手が空いている?」
「人の途切れる時間もありまして……。他の作業をお手伝いするべきか相談もしたのですが、座っていて良いと言われたので」
「ああ、そうだな。『鑑定』は重労働だし、重要度も高い。そちらに集中して良いと俺からも言っているはずだ」
ガルドルフが『手が空いている』という言葉に驚いたのは、タクの鑑定する素材の量が他の受付よりもずっと多いからだったのだが、結局それは伝え損ねた。
「失礼します」
ドアをノックする音が響き、副ギルド長のリコリスが顔を出した。
彼女にはタクが来る以前の帳簿を確認しに行ってもらっていたところだった。
「以前の素材買取と売上を調べましたが、受付ごとの買取額や買取した等級は、現在とあまり動きが変わりませんね。」
唸るガルドルフである。
それはおかしいのだ。
変わりがないということが、おかしい。
「タク、……ミツバくん、君の買い取っている上等級の素材は、どこから湧いて出てきたと思う?」
「今までは低等級として買い取っていたものでしょうね」
なんの逡巡も無く返答が返る。
「……それでは、数字として何も出ないのはおかしい」
ガルドルフは困惑に頭を掻くが、ミツバはゆっくりと首を振った。
「もしも僕が魔術師や錬金術師だとして、低等級の中に上等な品が紛れ込んでいたら、何も言いやしません。……ただ黙ってその値段で買うだけです」
つまり、過去にギルドに入ってきた上等級の素材は、そうと知られず低等級として買い取られ、そして売られていったということである。
「僕が仕事を始めたばかりの頃、『この素材をそんな高値で買い取ってもらった事は無い』も『この素材に値が付かないと言われた事は無い』も、両方聞きました。どちらも低等級の価格で買い取っていたと思います」
「……そして、知らずに低等級の価格で売っていたのか……」
「職員の方の一部は、低等級として買い取った上で上等級として納品していた可能性もありますが」
ガルドルフが目をしばたく。
それはもはや、詐欺の領域になる。
ギルドとしては大きな信頼問題に関わる。
「もう一つ、『ちゃんと買ってくれるなら今度からここに持ってくる』というような事も言われました」
それは、つまり。
「冒険者の中にも、敢えて低等級しかギルドに売らず、低等級以上は別の場所に売っていた者もいると思います」
ギルド以外で物を売る事は違法でもなんでもない。冒険者は冒険者で、買取先を選ぶ自由というものがあるのだ。
深く頭を抱えたガルドルフである。
「……この問題、損失はいくら程度になる……」
あまり聞きたいことではないが、状況は把握しなければならない。
「僕の受付で買い取る量から概算すると、日に銀貨50〜100枚程度の損失でしょうか。年間で金貨30枚前後かと思います。」
答えに窮したリコリスの代わりに答えたのはタクだった。
倉庫で箱を数えた時もそうだったが、計算が早い。
以前は商品の開発などに携わっていたと聞いたが、商人のような役割もあったのだろうか。
「もっとも、この数字は今の時点のものですし、信用の問題となってきますと、問題は金銭では計り知れないかと」
落ち着いた声で続けられ、ガルドルフは大きく息を吐いた。
「よく分かっているな」
「信用が、何よりも要であるということくらいは」
「……本当の事を言えば、あんたに『鑑定』の部署を作って取りまとめてもらいたいんだがね」
顎ひげを撫でさすりながら、思わず本心を呟く。
だが目の前の男は穏やかに笑っただけだった。
「それには少々、実績が足りないでしょう」
「それは、実績をつくる気はあると取って良いのか?」
「凡百ではありますが、努力は精一杯させていただきます」
どうとでも取れるような受け答え。食えない男である。
「それでは手っ取り早く、功績作りに協力してくれ」
「と、言うと?」
「俺は知らなかったんだが、『鑑定』をする際に『精霊力』以外にも指標があるとか」
「ああ、細かい傷の有無や薬房の保存、乾燥などでしょうか」
「……そんなにあるのか?」
「細かく言い出すとキリが無いかと思いますが」
「……どこでそんなの覚えたんだ、あんたは」
「図鑑を読むのが楽しくて……?」
その答えはもう、一度聞いたぞ。本気か。
その後ミツバが私物である図鑑を一度取りに行き、ビッシリと書き込みのされたそれを見ながら鑑定に特に関連する項目を書き出した。
それを表にし、実際に『精霊鏡』を使って『鑑定』検証したのはリコリスとガルドルフである。
そうして相談と検証を繰り返したものを携えて、ギルド職員を集めるのはそれから少し後の事だった。
ちょっと時間軸戻ったお話です。
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