おじさんは無防備な生き物
ロルフがその足で向かったのは、ギルドではなく宿屋だった。
『猫の目屋』
大きな猫のシルエットと絵のような文字の合わさった看板をくぐり、カウンターに声をかける。
「ギルドへ向かわなくて良いのですか?」
途中で尋ねた三葉だったが。
「いい。疲れた」
三葉よりもずっと体力のあるはずのロルフが、がんとして譲らなかった。
「お、ロルフ。部屋はそのまんまにしてあるぜ」
この宿屋の主人も顔見知りらしい。赤い派手な柄のバンダナを頭に巻いた、黒髪の男だった。
目も焦茶で肌も浅黒く、この男もやはり気の良さそうな雰囲気だ。
「ありがとよ。とりあえず部屋も厩もひと月延長で。それから、他にもうひと部屋あるか?」
言いながらロルフに突然グイッと腰の辺りを抱き寄せられて一瞬ギョッとしたが、どうやら主人の前に三葉を見せるための動きだったらしい。
指で指し示されて、主人と視線で挨拶をする。
「あちゃあ〜……、さっき団体さんで埋まっちまったんだよ。……ううん、あんたの部屋に一緒に泊まるなら、宿泊料は要らねえが、どうだい?それに、3日もすれば部屋も空くはずだ。簡易の寝台が欲しけりゃ、それも運び込むが……」
三葉が泊まる場所が無いとなると、ロルフもよそへ泊まってしまうかも知れないと思ったのだろう。
宿屋の主人が精一杯の譲歩をしているのが分かる。
「……」
ロルフは少しの間無言で三葉を見て悩んでいるようだった。
三葉の方は勝手が分からないのでどうすれば良いのか分からず、眉を下げてロルフを見返すばかりである。
「三葉が気にならないなら、俺は構わん」
「そ、そうか。そりゃあ良かった」
ロルフの言葉に、三葉が返事をする前に主人が大きく頷いた。
三葉も否やがあるわけではないのだが、決定権は全てロルフにあるという態度が少し不思議だった。
「ロルフって、実は結構偉かったりします?」
「なんだそれ」
「いえ、人1人分の宿泊料を免除してでも泊まって欲しいというのは、相当地位かネームバリューのある人への対応かと思いまして」
「……んー、まあ、一番良い部屋に、結構長いこと泊まってるからな」
「なるほど……?」
少なくともそれだけの部屋に連泊できるだけの金銭的余裕があるということである。
実はとんでもない立場の人間に拾われたのでは?と三葉は初めて思った。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
その部屋は、ちょっとしたワンルームマンションの一室と言っても差し支えない広さの部屋であった。
家具は多くないが、その分キングサイズのベッドが大きな窓の側にデンと鎮座している。
簡素ではあるが机と椅子もあり、簡単な水場もある。
「ここまでの部屋を長期間借りるのであれば、部屋を買った方が安いのでは?」
素朴な疑問に首を傾げたのだが。
「俺みたいにあちこち飛び回るやつは、いつ死ぬか分からないからな。家買うには即金で全額払えないと売っちゃくれねえんだよ」
賃貸契約も、同じような理由で難しいらしい。
「ま、買う金はあるが……実際この街も飽きたらいつでも他所へ行く気でいるしな」
さらりと言われる金銭的余裕と根無草の感覚のどちらに驚いたら良いのか分からなかった三葉は、曖昧に返事をして頷いた。
「……で、寝床はこんなんだけど、どうする?もう一個運んでもらうか?」
こんなん、と言いながらロルフが寝台に座って布団を叩く。
おそらく彼の大きな身体を伸ばしてもなお、縦にも横にも余裕があるだろう。
「ロルフが構わないなら、僕はそこの端っこにでも寝かせてもらえれば構いませんが」
ロルフも疲れたと言っていたし、正直に言えば三葉も長時間の乗馬から着替えからと疲れ果てていて、横になったらすぐに眠れそうなほどの倦怠感であったので、寝台を運び込んでもらうというのが手間に感じた。
「じゃ、これで良いとして……寝る前にこっち来て、服脱げ」
「ひぇっ!?」
寝台に脚を組んで座ったロルフに指先でくいと引き寄せるように招かれて、三葉はぴゃっと身を竦めた。
こんなやり取り、前にもあったぞ。




