6、
「結局ご飯までご馳走になってちゃって……」
「私が誘ったんだから、気にしなくていいのよ。
それにお礼が言いたいのは私の方なんだから」
マリアさんは子供たちと楽しそうに遊んでいるナナを優しく見つめていた。
「ナナのあんな楽しそうな顔久しぶりに見たわ。
これもきっとあなたたちのお蔭ね」
「俺たちは別になにもしてないですよ」
「そんなことないわ。
ナナはあの目のせいで随分といじめられて、仲間外れにされてきたみたいなの。
だからあなたたちが助けてくれたことが、とても嬉しかったのだと思うわ」
「そうなんですか」
「だからもしよかったら、これからもナナとは仲良くしてあげてね」
「もちろん、そのつもりです」
「その言葉が聞けて良かったわ」
「マリアさん、なにこそこそ喋っているんですか?」
三人で話しているとナナが怪訝な顔をして近づいてきた。
「なんでもないわよ」
「本当? まぁいいわ。
それよりルフィア、リエル、今日は本当にありがとう」
「どういたしまして」
「よかったら、また遊びに来てね」
「いいのか?」
「もちろんよ。子供たちも喜ぶわ」
「あぁ、わかった。近いうちに遊びに来るよ」
「本当?」
「もちろん。約束するよ」
「約束破ったら神様に怒られるんだからね」
「それは怖いな」
「じゃ、僕たちはもうそろそろ帰るよ」
「気を付けて帰るんだよ」
「ナナ、またね」
「ルフィア、リエル、おやすみなさい」
夕飯をご馳走になった僕たちはウェヌス神殿を後にした。
すでに太陽は山の合間に隠れてしまい辺りはすっかり暗くなっていた。
それでも満天の星空と月の光だけで歩くには十分な明るさだった。
「ねぇ、リエル」
「ん、なんだ?」
「ナナの目、僕のスキルで治せないかな?」
歩いていた二人の間に沈黙が流れた。
一瞬、時間がそこで停止してしまったかのようだった。
リエルは沈黙を破るように口を開いた。
「――たぶんそう言うと思った。
お前、これからナナみたいな人に会ったら、全部スキルでどうにかしようと思ってないだろうな?」
「それは……正直、僕にもわからない」
「いいか俺たちは大金貨10億枚集めなきゃいけないんだぞ。
お前の気持ちは間違ってないし理解できる。
俺だって出来るならそうしてやりたいと思うよ。
でもみんなを幸せにはできない。
それが出来るのはきっと神様だけだ」
「うん、でも、……それでも僕はナナを助けたい」
「はぁぁぁ、やっぱりお前頑固だよな。
――いいんじゃねぇの」
「え?」
「だからお前の好きにすればいいって言ったんだよ。
ナナの目、治してやりたいんだろ?」
「うん、でもいいの?」
「いいもなにも、お前がそうしたいと思ったんだろ。
ならそれでいいじゃないか。
まっ、お前のやっていることが間違ってると思ったら、その時は全力で止めるけどな」
「ありがとう、リエル」
「お礼を言うのはまだ早いんじゃないか?」
「どういうこと?」
「金だよ金。ナナの目を治すのに俺たちがいま持っている所持金で足りると思うか?」
二人の全財産を合わせてもせいぜい金貨一枚程度だろう。
ナナの目を治すのに到底足りるとは思えない。
「お前のスキル確かにすごいけどさ、よく考えると金がなければなんの役にも立たないんだよな」
そうなのだ。
どんな願いを叶えてくれると言っても、タダじゃない。
世の中そんなに甘くはない。
その願いに見合った対価が必要なのだ。
きっとこのスキルをくれた神様はよっぽどの守銭奴に違いない。
「大金貨10億枚集めなきゃならないのに、スキルを使うとどんどんお金が無くなる。
……どうしたもんかな。
そうだ! お前のスキルで大金貨10億枚だしてもらえよ」
「それはたぶん無理だと思うよ」
「そんなのわからないだろ?
試しにやってみようぜ」
「わかった」
結論から言うとやはり無理った。
「そりゃ、そうだよな。そんなに甘くないか。
それはそうと10億枚の為に15億枚必要ってどういうことだよ!」
「きっと手数料じゃないかな?」
「神様が手数料取るなよな!
誰かお金だしてくれる奴いないのか?」
「そんな都合のいい人いるわけ……!?
そうだよ、お金がないなら出してもらえばいいんだよ」
「は? そんな奴いたら苦労しないぜ」
「いるよ。 自分の願いを叶えるためだったら」
「どういうことだ?」
「きっと世の中にはどれだけお金を払ってでも叶えたい願いを持っている人がいっぱいいると思うんだ。
その願いを僕のスキルで叶えてあげるんだ」
「要はお金を対価にそいつの願いを叶えるってことか」
「そういうこと」
「……なんとなく気乗りしないけど、今はそれしかないか」
リエルは立ち止まり僕の方に向くと、握った拳をまっすぐ突き出した。
「まっ、やると決めたからには最後まで付き合うぜ」
僕は返事の代わりにリエルの拳にこつんと自分の拳を突き合せた。
それから数日後
僕たちはとある物件を見に行くことになっていた。
場所は南地区と西地区の丁度境目。
しかもその場所は城壁にかなり近い為、一日を通してほとんど日の当たらないという、なかなかの立地であった。
「フィオナさんの紹介だから、特別に月々銀貨2枚でいいよ。
本当は最低でも銀貨4枚なんだけどね」
しばらく誰も使っていなかったのか木製の扉を開けると、ぎぃぃぃというなんとも耳障りな音がした。
部屋の中は日がほとんど当たらないせいか酷く湿っぽく、カビの臭いが充満していた。
「おいおい、これで銀貨2枚は高すぎるだろ」
「お客さん、馬鹿言っちゃいけないよ。ここは一応王都ヴェローナだよ。
こんな格安物件、他にないよ」
ほこりが降り積もっているのか、歩いた場所にくっきり足跡が残っていた。
「ここで一晩寝たら、体中が埃で真っ白になりそうだね」
「あぁ、やだやだ。おい、どうするよ? ルフィア」
「うーん、でも建物自体はしっかりしているし、ここでいいんじゃないかな?」
「マジか。
……はぁ、まぁ贅沢は言えないか」
「それじゃ、ここで決まりってことでいいかな?」
「はい、お願いします」
「それじゃ、あとでフィオナさんの所に契約書持っていくから、
お金はその時までに用意しておいてくださいね」
「はい、わかりました。それでここはいつから使っていいんですか?」
「いま鍵を渡すから、もう使ってもらってもかまわないよ」
「ありがとうございます」
「今回だけの特別サービスだよ。
それよりお客さん、こんな狭い物件にまさか二人で住むのかい?」
「まさか、そんな訳ないじゃないですか。
ここにお店を開くんですよ。お店を」
「は?」
男は僕の言葉に口をぽっかり開けて間の抜けたような顔をしていた。
「冗談ですよ、冗談」
「なんだ、冗談か。まぁそりゃそうだよな。こんな場所に店開いたって、
一ヵ月もしないうちに潰れちまうだろうからな」
男から鍵と受け取った後、僕とリエルは掃除に取り掛かった。
間取りは2部屋。
大きめのベットが4つ置けるくらいの部屋が一つと、奥にもう一回り小さい部屋があるだけだ。
お店と言ってもなにか品物を取り扱うわけではないので、広さとしてはこれくらいあれば十分。
一応おまけ程度に屋根裏部屋があるが、ここは完全な荷物置き場だろう。
もちろん、トイレやキッチンなどは全てない。
「家具一つないんだな」
「おかげで掃除はしやすいけどね。
掃除が終わったら後で必要なものは買いに行かないと」
「なにが必要なんだ?」
「とりあえずテーブルと椅子かな、それと雑貨も。
あとはフィオナさんの描いた絵でも壁に飾らせてもらおうよ」
「ははっ、それいいな。
きっとフィオナさんも喜ぶぞ。
――なぁルフィア、あのおっさんも言ってたけど、こんな目立たない場所でお客なんて来るのか?」
「大丈夫、だと思うよ。それにあまり目立たない方が逆にいいと思う」
「そういうもんか」
「噂が広まれば、黙ってたってお客さんは来るよ」
「確かにな。そういや、この店の名前って決まってるのか?」
「実はそれならもう考えてあるんだ」
「なんて名前にしたんだ?」
「がんきょうどう」
「ガンキョウドウ?」
リエルが首を傾げているので
僕は埃で汚れた床に指先で文字を書いて見せた。
「願いを叶える店、願叶堂さ」




