4、
「なるほど、話はだいたいわかりました。
しかし、あなたはオートマタを完成させて、どうするおつもりですか?」
「――それをあなたに答えなければなりませんか?」
「……失礼しました。私には関係のないことでしたね」
願叶堂の主人は恭しく胸に手を当て、謝罪の言葉を述べた。
「それでわたしの依頼は受けてもらえるのでしょうか?」
「いくつか条件を納得していただければ」
「条件ですか?」
「はい。
一つ、どんな事情があっても再度同じ依頼を受けることはできません。
二つ、依頼内容に応じた対価を先にお支払い頂きます。困難な依頼ほど高額になると思っていてください。
三つ、30日以内にお支払い頂けない場合は、依頼は破棄させていただきます。
以上が条件となっております」
「なるほど。
一つよろしいですか?」
「どうぞ」
「どの程度の金額になるのか前もって教えては頂けないのでしょうか?」
「申し訳ございませんが、それはできません。
あくまでもルゴルオール様の依頼を私が正式に受けてからになります」
「そうですか」
わたしにもそれなりの蓄えはあるつもりだ。
とは言え、わたしが求めている物は古い文献でしか見たことのない超希少なデウス魔鉱石。
その存在すら確かではない幻の石。
それがいったいどのくらいの金額になるのか正直見当もつかない。
「もし、デウス魔鉱石が見つからなかった場合、もちろんお金は返して頂けるのでしょうね?」
「そのような心配、必要ありませんが、ただ……そうですね。
もし万が一その様のことがあれば全額お返しすることをお約束いたします」
「それを聞いて安心しました。
どうかわたしの夢の為、よろしくお願いします」
わたしは祈るような想いで深々と頭を下げた。
「わかりました。願叶堂が、いえ私が責任をもって、ルゴルオール様の依頼をお引き受けいたします」
わたしは願叶堂を出た後、しばらくヴェローナの街を歩いていた。
「――大金貨300枚か。参ったな」
願叶堂の主人から提示された金額は大金貨300枚。
これは平民が身を粉にして働いて、一生涯で手に入れることが出来る金額の遥上をいく金額だ。
それなりの蓄えがあると言っても流石にこんな大金持っていない。
しかもそれを30日以内で集めろというのだから尚更厳しい
期限を過ぎればもう二度と同じ依頼は出来ない。
わたしが難しい顔をして唸っていると隣にいたクラリカが心配そうに顔を覗き込んできた。
「ルゴル、何か心配事でもあるの?」
「いや、大したことじゃないよ。ちょっと仕事のことでね」
「そう、ならいいけど。
なにかあったら相談してね」
「あぁ、ありがとう」
わたしがクラリカの頭を撫でてやると、彼女は目を細め嬉しそうに微笑んだ。
さて、どうしたものか。
たとえ私財を投げうっても、あと大金貨50枚程足らないだろう。
どう考えても30日以内にこの金額を集めるのは不可能だ。
――いや、手がないわけでもない。
わたしのオートマタを手放せばいいのだ。
きっと王侯貴族達なら高値で買ってくれるはずだ。
出来ることなら手放したくはないが、オートマタはまた作ることが出来る。
しかしデウス魔鉱石を手に入れるチャンスはこれを逃せばもう二度と来ないだろう。
「なぁクラリカ、少し寄っていきたい場所があるんだ、いいかい?」
「えぇ、私は構わないわよ」
わたしは走っていた馬車を捉まえると、オークション会場のある王都の北地区まで乗せてもらった。
古くからの友人にオークショニアをしている男がいる。
彼は王侯貴族と太いパイプを持っており、彼に頼めば高値でオートマタを売り捌いてくれるはずだ。
とは言え、今日明日でどうこうなる話でもないので、早めに頼んでおくに越したことはない。
王都ヴェローナには様々なオークションが存在する。
一般市民なら誰もが参加可能なものから、王族や貴族といった上流階級者だけを集めた会員制のものまで。
その中でもここクリスビーズは選ばれた者しか参加を許されない最高峰のオークションで、主に美術品や骨董品などの競売が行われている。
クリスビーズには各地から珍しい逸品が集まることで知られ、月に一度行われるオークションには金に糸目をつけないコレクターたちが挙って参加している。
「――今度、旨い酒奢れよ」
「あぁ、わかってる。無理を言って悪かったな」
男は煙草に火をつけるとふーっと旨そうに白い煙を吹き出した。
「お前の頼みだ、断れないだろ?
それにしてもお前があんなに大事にしていたオートマタを手放すなんてどういう心境の変化だ?」
「ちょっと急に入用になってね」
「そうか。まぁあれを欲しがる客はいくらでもいるだろうからな。
こちらとしても目玉商品が少なかったから助かるよ」
「そうか、それは良かった」
「じゃ、またな」
男は地面に吐き捨てた煙草を足で踏み消すと、眠たそうに欠伸をしながらオークション会場へと戻っていった。
どうにか20日後に行われるオークションへの出品の約束を取り付けることが出来た。
――もうこれで後には引き返せない。
「それじゃ、帰るとするか」
「はい」
わたしは友人の背中を見送るとクラリカの手を取りその場を後にした。
その晩、夜遅くまで工房で仕事をしていると娘のアンナがふらっと帰ってきた。
「アンナ随分と遅かったな」
「……うん」
娘は反抗期なのかここ最近は挨拶すらまともに交わしていなかった。
「アンナ、帰ってきたらママにただいまくらい言ったらどうなんだ」
アンナはドアに手をかけたまましばらく微動だにせずにいたが、彼女は一呼吸おいてから意を決したように肩を大きく回して振り向いた。
その表情はまるで明日で世界が終わるかのような悲痛なものだった。
「パパ、もういい加減にして!
――ママはもうこの世にいないの」
「アンナ、お前なにを言っているんだ。
クラリカはちゃんとここにいるじゃないか」
「そんな機械人形、ママじゃないわ!」
……ねぇ、お願い、ちゃんと現実を見てよ」
アンナの目は赤く染まり、うっすらと涙が浮かんでいた。
わたしが黙っているとアンナは諦めたようなため息をつき、部屋のドアを閉めた。
追いかけて言葉をかけるべきか悩んだが、今はそっとしておいた。
いまアンナに何かを言ったところで彼女に届くことはないだろう。
――いまはまだ理解されなくても構わない。
それもあと少しだ。
クラリカはもうすぐわたし達の元へ戻ってくる。
そう、もうすぐだ。
デウス魔鉱石さえ手に入れば……。