野良のメイド
最近になり、納屋から何やら聞き慣れない物音がし始める。
加えて、納屋の周囲にも何者かの出入りした形跡が見られるようになる。
それを不審に思ってはいたが、調べてみる気にはならず、そのまま放置していた。
週末になり天気もよく、なんの用事もないことを機に、なんとなしに納屋へと踏み込む。
納屋は、片付けがおこなわれておらず、空気がよどみ、放置されたすべての物が分厚いホコリにおおわれている――そのはずだった。
内部は整理整頓が行き届き、チリひとつ落ちていない状態になっている。
乱雑に積まれていた荷物や家具はキレイに配置され、『古民家を改造した和風のカフェ』を思わせる内装にされていた。
――これはなにか変なのが住みついたのかな?
考えていると、奥からコツコツという靴の音が近づいてくる。
それはメイドだった。
薄めのコーヒー牛乳を思わせるライトブラウンのワンピース。
その上には、ひらひらがたっぷりついた純白のエプロン。
突然現れたメイド服を観察していると、メイドと目が合ってしまう。
メイドは、落ち着きのある優雅な歩みを見せながらゆっくりと近づいてくる。
ボクの目の前に立ち、上品な笑みを浮かべ、深々とお辞儀をすると、
「おかえりなさいませ、ご主じ――」
ボクはひとまず納屋のトビラを閉める。
「『野良のメイド』が納屋に住み着いてた」
テーブルを囲んで夕飯を食べながら、両親と妹にそう報告をする。
「へぇー」
妹が楽しそうな驚きの声を上げながら立ちあがる。
納屋へ見に行くつもりなのだろう。
母もそれを察したらしく、
「うちにはメイドを養うお金なんてありません」
先手を打って、妹をとめる。
母は『時間が経てば勝手に出ていくから』と結論づけて放置することを決め、ボクも父もそれに素直に従った。
妹も渋々言うことをきく姿勢を見せたが、明らかに強い興味を示し続けている。
嫌な予感しかしなかった。
そして、その予感は的中する。
妹の手引きにより、野良メイドは納屋から自宅へ移ってきてしまう。
ボクがメイドを見つけてから3日も経っていない。
戻してきなさい、という母に対し妹は一歩も引かなかった。
妹はメイドに仕事をさせてみせる。
野良メイドは、メイドというだけのことはあり、掃除・炊事・洗濯をそつなくこなした。
加えて、手間もかからず行儀もよく低燃費。
そんな有能ぶりを見せつけて、母を難なく懐柔することに成功した。
母が許可を出した以上、ボクと父は従うしかなかった。
そんな便利なメイドだったが、いざ一緒に住んでみると、普通のメイドにはない、なかなかにおかしな『クセ』が付いていた。
食卓に並べた料理にケチャップでお絵かきをしたり、
注がれた飲み物に対して「おいしくな~れ」などのまじないを唱え、
動きの端々に可愛さをアピールするようなポーズをとったり、
と、ボクの知っているメイドとはなにかが違っている。
いぶかしく思っているボクに、父が言う。
「ひょっとしたら『メイド喫茶』に居たんじゃないか」
父によると、そこで働かされているメイドは、特殊な奇行を習性付けられるのだという。
「つまり、野良メイドではなく、どこかからの迷いメイドなんじゃないかな?」
ボクが父の話に感心していると、
「……なんでそんなことを知ってるの?」
と、冷たい視線とともに母が問う。
父はだまって目をそらし、書斎へと逃げていってしまう。