a sequel to…̠
「まだかなー」
退屈しのぎに足をパタパタさせる。
「そろそろ来てもいい頃でしょ?」
目を細めて道の奥をにらむ。
青葉をなびかせる木々、少し視線を下げればアスファルトが陽炎に揺れている。
賑わう、というと変な話だけれど、普段ひと気のないこの場所も、やはりこの時期は賑わいを見せる。
元気に走っていく子供、家族を連れた年配の夫婦、仲良さげな恋人……それをしり目に、勝手に鋭くなるわたしの唇。
「……もう、なにしてんだろ。おっそいなぁ……」
少しの嫉妬と退屈を噛み締めて、大きくふわわとひとあくび。
何の気なしに空を見上げた。
夏の快晴。
透き通るような空。
驚くほど青い。
天を覆う清々しさは――けれど待ち人来たらずな状況に置かれたわたしにとって、ちょっとした皮肉だ。
「遅い! どうしよう、飽きてきちゃった」
待ち合わせをした覚えは、実はない。
けれど、彼は今日を特別な日だと思ってくれている。
彼は年に一度、決まってこの日に、わたしに会いに来てくれる。別に頼んでもいないんだけど、あまりに繰り返し来るもんだから、いつしかわたしも楽しみにしてしまっていた。
「楽しみ?」
ハッとして首を振る。
「……いやいや、別にね、楽しみになんかしてないんだよ? これマジ。本当のハナシ」
自問自答。
「ただわたしは、しゃーなし付き合ってあげてるだけで……」
自分に言い訳。
「……ほら、あいつ独りだと、なんか可哀そうじゃん?」
身振り手振りをふんだんに使って、
「だからわざわざ待ってあげてるってのに、それなのになんなの?」
ぺチン、と座っている石をたたく。
「もう遅いよー、もうお昼回ってんじゃんよぉー」
独り言が加速度的に進む。
しかし、待てど暮らせど彼は来ない。
彼は昔っから遅刻ばっかりする奴だった。
時間通りに来たためしのない、時間にルーズな奴。
ふと、昔読んだ『ゴトーを待ちながら』を思い出す。
生憎と退屈を紛らわす話し相手はここにはいない。現れることもきっとないだろう。そもそも、あの物語では、最後までゴトーが現れなかった。縁起でもない、とわたしは左右に首を振る。
「……まさか、すっぽかす気? だとしたら許せん!」
まあ、約束した覚えもないんだけど。
それでも習慣というか、恒例行事になっているのは事実だ。月一の女子会とか、そんなレベルで。
もし来なかったら呪ってやる――などと勝手に私怨を燃やしている、そのときだった。
「あっ! きたきたぁ!」
彼が来た。
わたしは石の上から、両手をついて身を乗り出すようにする。
「遅いよー! 日が暮れちゃうかと思ったじゃん!」
「……よう、久しぶり。遅くなってごめんな」
相変わらずの彼の姿にわたしは思わず笑ってしまった。
野暮ったい服装で、片手にはスーパーのレジ袋。ニコニコマートと書いてある。
ああ、オシャレからは悲しいくらい程遠い。
彼は、とりあえずジーンズにTシャツでも着ておけばなんとかなる、と思っている人種だ。服装とか見た目とか物事を外見で判断しないタイプ、と言えば聞こえはいい。実際のところ、単に服を選ぶのが面倒なだけってことは、わたしが一番よく知っている。
社会人になったんなら、ジャケットのひとつでも羽織ってこんかい、と突っ込みたくなる。
「ホントはもっと早く来るつもりだったんだけど、親御さんに挨拶してたら遅れちまった」
彼は照れたように頭をかく。
誤魔化すときの癖も相変わらずだ。
「はー……そりゃ律義にどうも。君ってばそういうとこあるよねー」
わたしはにんまりしながら彼を見下ろす。知らず、足をまたパタパタさせていた。
「まあ、俺は変わらず元気にやってるよ」
「そりゃなによりだ」
「あ。そうだ」
彼はレジ袋に手を突っ込んだ。
取り出したのは白とピンクの花束。
わたしはびっくりした。
それは千日紅で、彼にはどうがんばっても似合わない小洒落た花だったから。
花言葉はたしか……変わらない想いを……だったっけ?
ますます小洒落てる。
どうした、大丈夫か。
「……花、好きだったよな」
「うん。今でも好きだよー。とっても綺麗。ありがとね。……けど、そのチョイスは君のセンスを疑われるぞ?」
センスというか、しきたりというか。
ありっちゃありなのだろうか? よく知らないけれど。
「……これで良し、っと」
やることを簡単に終わらせた彼は一息つく。
腰をトントンさせつつ、空を見上げた。
つられて見上げると、青いキャンパスに飛行機雲が走っていた。
ジーコジーコと鳴くセミの声。
夏の陽気が気持ちよくて、「ああ……」とわたしはついつい昔のことを思い出してしまう。
「……そういや覚えてるか? 晴れた日、こんな日に、二人でよく散歩に行ったよな」
彼も同じことを思っていたらしい。
ちょっと嬉しくなる。
「あー、行ったね」
「俺はインドア派だって言ってんのに、信じらんないくらい連れまわされた。どこまで行くの、って訊いたら、お前はテキトーに、って。どんだけ歩くのって訊いたら、日が暮れるまで、って。おかげで帰る頃には俺の足はパンパンだった」
「あー、あったね。そんなことも」
「んで次の日は筋肉痛で動けなくなる、ってのがいつものパターン」
「なははは。それは君が貧弱すぎるからだよ」
彼はお世辞にも体格がいいとは言えない。
風が吹いたら吹き飛ばされそうな……イメージ的に言えば、もやし。あるいはタンポポ。……いや、タンポポは少し褒めすぎか。もっと地味な、道端に生えてそうな雑草。踏まれて立ち上がるのに三年以上かかる根のない草。根性なし。わたしがどれだけ心配したか……きっと彼は想像できないだろう。
こんなふうに、またわたしに笑顔を見せてくれるまで、本当に時間が掛かった。
「……ねえ」
わたしは訊いた。
「……君は、いま、幸せ?」
優しい風が吹き抜けた。
彼の挿してくれた花が小さく揺れる。
彼はゆっくりと手を伸ばす。
その先にあるわたしの足。
指先が触れる。彼の手の感触を思い出す。
「……あんとき、お前がどんな意味で言ったのかわかんねえけどさ……」
手は、
膝をすり抜けて、石にあたる。
わたしは目を逸らす。「うん?」と相槌する声が、少し震えた。
「とりあえず俺は……幸せにやってるよ」
彼はまた、照れたように頭をかいた。
「……そか。そりゃなによりだ」
この笑顔に、わたしは惹かれた。
ちょっとだけ歯を出してはにかむとことか。可愛くて、ついほっぺをつねりたくなる。
幸せ、という実感が伴わないものが、かつて目の前にあった。手を伸ばせば触れられる――そんな距離にあるのに、いまはどこまでも遠い笑顔が、ようやくことわたしに実感を与えてくれる。
「わたしは……」
幸せだった。
彼と一緒にいた時間が、
そのときはわからなかった。
痛いほど、
苦しいくらいに、
けど、いまならわかる。
だからわたしは、
もっと幸せになれ、と思い、
もっと幸せになって、と願う。
それしか、だって、できないから。
「……わたしは、いま、とても幸せだよ」
彼は手を合わせた。
祈るように沈黙する。
ふわふわと切ない、けれど、あたたかい時間。
「よしっ、と」
仕切りなおすように彼は言った。
「柄にもなくしんみりしちまった。そろそろ行くわ。……また来るよ」
「うん。待ってる」
彼は踵を返して、墓石を後にする。
その上からわたしは手を振って、笑顔で彼を見送る。
涙をぬぐって、空を見上げた。
もうすぐ夏が終わる。
また、来年。
また、会う時まで。
それまで、どうか幸せに。
どうか、御達者で。
この作品は作曲ユニット「EGOIST」の楽曲、『Ghost of a smile』のオマージュです。