プロローグ[あきの場合]
幼い頃、当たり前のように朝がきて、昼がきて、笑ってはしゃぐ毎日が続くものだと思っていた。
夜には家族でご飯を食べて1日を振り返る。
それが当たり前でないと気が付いたのはいつだったか。
私はもうすぐ20歳になる。
大学生になる時に家を出て、そのまま帰れなくなるだなんて思っても見なかった。
私が大学生になった年に全て無くしてしまった。
好きな人や恩師、友達の骨を毎月のように拾って、
大切だった場所や建物はなくなり更地になって、
家族は崩壊した。
気が付いたら一人で生きるしか手段がなかった。
変わり果てた実家では家族同士で血みどろの喧嘩をしていて、叫び声と嗚咽に耳をふさいだ。
父方ではいらないから消えろと言われ、逃げた母方は困窮してとても私の入る場所がなかった。
その全てを見たくなくて、聞きたくなくて…私は大学のある遠い町で一人生きることにした。というより選択肢がなかった。
「どこで間違ったんだろうね」
深夜、アルバイトから帰る道すがらぽつりと漏れた声は誰にも届かない。
街灯以外は何もないような暗い道は自分の将来みたいだと物悲しい気分になる。
仕方ない、の許容範囲が異常に広がった。
何処までが許せて、何処までが正常なのか。
それに関して自分のストッパーがなくなっていることは気がついていた。
働かないと食べられない、生きていけない、勉強も…
生きるために何処までがしていいことで、何処からが駄目なのか。
そんなことばかり考えていた。
モノクロになった世界。
色のない登場人物の私。
これが舞台なら、ドラマなら劇的に変わったりするんだろうか。
現実には王子様も、勇者もいない。
ただただ人形のように、機械のように繰り返して生きていた。
そんな折私は頼まれ事を受け、終電をとうに終えた駅のホームにいる。事の発端は教授だ。
「ねー、あきちゃん。この辺の噂知ってる?」
ロン毛にパーマ、髭もモジャモジャ。
色付サングラスに紫の派手なシャツ。
話す内容はマトモなのに、口調や風貌がおかしなことで有名な我が教授は、脈絡もなく話だした。
「夜中にね、行きたいとこに連れてってくれる列車が出るらしいよ。ただ条件がたくさんあって、普通の人にはいけないってやーつ。」
「…先生ならいけるでしょ、普通じゃないし」
「ワタシじゃ無ー理ー。ちょっと調べてきてくれない?」
盛大に溜め息がでる。
「そもそもこの話何回目ですか、行きませんよ私」
「えー、イジワルねぇ」
ケラケラと笑いながら、残念ーって手振りもつけてパソコンに向かう教授にコーヒーを渡す。
私も近くに腰かけてコーヒーを一口。
いつもならそれで終わりのはずだった。
「じゃあもうアルバイト扱いにしようかしら」
相手はいつもよりも上手だった。
「あきちゃん、残金少ないっていってたわよね、弾むわよ。だからさ、」
今日行ってきて。
なんて。
「ホントになんなんだあの人…」
謎の都市伝説を調べる代わりにアルバイト代をもらうことになった。深夜に、一人で。
教授が打ち出した資料はA4紙1枚くらいの簡単な内容だった。
要約すれば、最高に不幸な人が丑三つ時に駅に一人でいることが条件らしい。
用紙をぐしゃぐしゃにしたくなる気持ちを抑え、周りを見渡すがやはり人っ子一人居ない。
バイト代よー、と先に手渡された封筒の中身は予想以上に多く、帰りたい気持ちにブレーキをかけるには充分だったので大人しくホームから一番近いベンチを陣取っている。もう1時間以上はここにいるんじゃないだろうか。
何も変わった様子はない。そういったことが起きることもないだろう。
来る前も来てからも代わり映えしない光景に飽きてきた。
その時だった。
突然視界が眩み顔を覆った。
警備のライトだろうか。
冷や汗がぶわっとふきだす。
最悪の自体は…警察に付き出されることだ。
バイトとかいう無茶苦茶な理由でここにいる意味を説明できるはずがない。とはいえ言い訳できるような理由もこれしかない。
そのまま俯いていた私の足もとに人陰がさしたのが見え、もうどうにでもなれ、と顔を上げた…が、想定外の事に動きが止まった。
「お待たせしております、本日列車が遅れておりましてこれから参ります。」
その人は車掌だった。
にこやかにこちらを見ている。
遠くからライトの明かりも近付き、カタンカタンと音が近づいてきている。
「嘘だ…」
「お待たせしました、0番ホームに列車が到着します。」
ゆっくりとホームに入った列車は、私の前で扉をあけた。