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episode.1:発端

2017年5月初旬。東京、警視庁。警視庁警務部監察官室の扉の前に、制服を着た一人の男が立っていた。男は上を向いて自分が今ここにいる原因を思い出していた。


しばらくして、「高山警部、監察官がお呼びです。」と、事務の女性警察官が男に声をかける。

男は「分かりました。」と答えると深く深呼吸をした。そして「失礼します。」と一言言葉を発し、部屋の中に入っていった。ちなみに男がここにいる原因となった事。それは1ヶ月ほど前に起こったある事件であった。


2017年4月。春の暖かな風が吹くその時期に事件は起こった。

4月は都内の多くの学校が新年度を迎える。学生たちは皆、新たな気持ちで1年を過ごして行くのだ。その矢先に起こった事件だった。


都内のある私立中学校に通う女子生徒が、帰宅途中に何者かに誘拐されたのだ。その少女の家は会社経営の父親がおり、おそらく身代金目的の誘拐事件だと思われた。


警察による捜査の障害とならないよう、人質となっている少女の身の安全を確保するため、マスコミへの情報公開はされていなかった。そして警視庁では総力を挙げて誘拐事件の捜査が行われていた。



−警視庁刑事部捜査第一課

女子生徒誘拐事件特別捜査本部−


捜査員がひっきりなしに行き交い慌ただしくなっている特別捜査本部。警視庁内の会議室に設置されているこの捜査本部には数十名の捜査員が詰め、各種機材や都内の地図などが要所要所に配置されている。


捜査本部の一番前には、陣頭指揮を執る幹部たちが座る椅子と机がある。その一つに少々強面の男性がいた。捜査一課管理官の山尾寛治警視だ。


巡査から刑事畑を歩んできた叩き上げの警察官で、部下の捜査員からは高い信頼を得ている。そして山尾管理官は、机の上に設置してあるマイクに向かって声を発した。

「特殊犯1係、状況を報告してくれ。」



−東京都内 新宿駅構内−


「こちら特殊犯1係藤江。今のところ異常ありません。」

そう答えたのは誘拐事件発生後、身代金の受け渡し場所として指定された都内の新宿駅構内に配置されている特殊犯捜査第1係(SIT)主任の藤江裕也警部補だ。


「了解。犯人がいつ仕掛けてくるか分からん。十分に注意しろ。」

野太い声で山尾管理官が指示した。藤江も指示を聞いてすぐさま「了解しました。」と言葉を返す。

そして、「高山。どこにいる。」先程と変わらない声で捜査本部からの無線が入る。


「現在藤江とは別方向から駅構内の公衆電話を監視中。今のところ異常なし。」

淡々と男は述べる。誘拐事件のような特殊犯罪の捜査は、専門知識のない通常の捜査員では難しい所がある。


SITの捜査員はそのような事件にも対応できるよう、高度な捜査技術を持っている。そこに所属する人間であるならば冷静沈着なのは当然の事だが、その男は一際冷静さが目立っていた。


高山克弘、38歳。特殊犯捜査第1係の係長であり階級は警部。ノンキャリアの警察官でありながら、30代という若さでいわゆる理論上最速ケースで警部まで昇進した男である。


警視庁のノンキャリア警察官として史上最速で警部まで昇進した経歴の持ち主である為、その名は警視庁内に知れ渡っており、当然のごとくその捜査能力は非常に高い。


再び山尾管理官が声を発した。

「現場は高山、お前に一任している。ミスは絶対にするなよ。」あからさまに期待と信頼が入っている言葉が無線越しに聞こえて来た。


「了解。」その一言を返すと、高山は元の位置に戻った。今は現場での仕事に集中する時。そう彼自身も理解している。自分が刑事という仕事にどれだけの誇りを持っているか。それが今試されているのだ。


「藤江。そっちはどうだ。」今度は高山が部下に対して声を発する。

「さっきと変わりません。少女の父親が身代金を持って来てからずっと、あの公衆電話には誰も近付いてません。何かあったら連絡します。」

その後短い会話をして、高山は口元から無線機を離した。


何かがおかしい。そう薄々感じているのは彼だけではないはずだ。こうした事件の捜査を経験したことのある捜査員なら、誰もがこの事件に対して違和感を覚える。それは何故か。


まず誘拐された少女について。これはターゲットになった理由は理解できる。父親が会社経営者であり身代金を要求するには十分な金を持っている。だから誘拐のターゲットに選ばれた。簡単にはそう考えられる。


しかしそれ以外の理由についてはどうだろうか。既に捜査員が確認済みだが、少女の家庭には目立ったトラブルもなく近所付き合いも良いという。勿論父親が経営する会社にもトラブルはない。では何故少女が誘拐されたのか。簡単に考えなければこういう風に考えざるを得ない。


つまりはこういう事なのだ。少女の家には金がある。だが他にもそんな人間は大勢いる。それなのに少女が誘拐された。まずそれで疑問が出てくる。


そして何より、誘拐を行うにはターゲットとなる人物や家柄に関する情報がいる。それはそんじょそこらのチンピラ如きが簡単に手に入れられる物ではない。組織的な犯罪者、もしくはその道のプロでなくては手に入れる事はできない。


では何かトラブルがあったのかと聞かれればそれもない。という事は答えは一つ。誘拐された少女本人、更には少女の家族さえも感知していない所でトラブルが起こっていたのではないか。そしてそこから情報が漏れたのではないか。


更には誘拐事件にしては計画性が無さ過ぎる。犯人が身代金の受け渡し場所として指定したのは、東京のど真ん中、新宿駅の構内だ。


用意周到な犯人であれば、多数の人間に目撃される駅の構内など、受け渡し場所には選ばない。一体犯人はどんな人物なのか。

高山がそう考えを巡らしていたその時だった。


「係長、動きがありました!」無線から藤江の声が聞こえて来た。すぐさま高山が応答する。

「誰か来たか。」

「はい。スーツを着て鞄を所持した中肉中背の男。公衆電話に近付いて鞄を下に置き、受話器を手に取って誰かと会話した後、鞄を手に取るふりをして身代金の入ったケースを持って行きました。」

「現在地は。」

「容疑者は南口に向かってます。現在追尾中。」


その連絡を聞いて高山は袖口の無線機に向かって叫んだ。

「身代金を持った容疑者は南口に向かってる。至急車を南口に回せ!」

そう指示すると彼は走り出した。


身代金を持った男は南口から外へ出ると、外に止めていたと思われる黒塗りのセダンに乗った。それと同時に別の捜査員が南口に回してきたシルバーのトヨタクラウンがロータリーに到着。高山と藤江の2人は車に乗り込むと、セダンの後を追うように急発進した。



−40分後−

車を走らせて40分程。男のセダンが停まったのは、新宿の外れにある小さな倉庫であった。男はセダンを車庫に入れると、倉庫の中に入っていった。


ここまでの尾行はかなり大変な物だった。サイレン、赤色灯を一切使わず、かつ容疑者から離されないように、気付かれないように気を配る必要があったからだ。


高山は捜査本部に連絡を入れた。

「こちら特殊犯1係高山です。山尾管理官をお願いします。」するとすぐに山尾管理官が応答した。

「こちら山尾だ。状況は。」

「身代金を持った男が倉庫に入りました。おそらく人質もここに監禁されている可能性があります。」

「分かった。住所を教えてくれ。応援を向かわせる。」


高山は倉庫の住所を言うと、部下に連絡を取った。

「佐々木、今どこにいる。」

佐々木と呼ばれた部下が答える。

「その倉庫のすぐ近くにいます。緊走で向かいます。」

「いや、サイレンは鳴らすな。その状態ですぐに来い。」

「了解。」


無線でのやり取りが終わると、高山はホルスターから拳銃を取り出した。本部から拳銃の携帯許可が出ているため、この事件の捜査に当たっている現場捜査員は全員が拳銃を携帯している。


高山の銃はベレッタM92自動拳銃。SITの捜査員に支給されている拳銃だ。彼は弾倉を抜いて装填されているか確認すると、再び弾倉を銃に入れた。


銃をホルスターに戻すと、丁度佐々木ら部下の刑事が到着した。高山は車から降りてきた部下に向かって手で合図をし、倉庫の方を向くと言葉を発した。


「よし、俺たちは応援が来るまで待機だ。ここまで来てバレたら話にならないからな。」

そう言って高山ら捜査員が車に戻ろうとしたその時だった。






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