真夏の夜の夢
一年で夏が一番好き
日々豪語しているキョウコには似合いのガーデンウェディングかもしれないが、
真夏特有のギラギラした太陽が照りつける下での挙式は半端じゃない。
幸せに満ち足りた華やかな輪の中から抜け出すと、俺は肌を露出させた女性陣
を横目に不謹慎と思いつつ、ネクタイを緩めワイシャツのボタンを外す。
たったそれだけのことでかなり解放された気分になる。
その心地よさに浸りながら遠巻きに花嫁を見つめる。
輪の中で幸せそうに笑顔を振りまくキョウコ。
こんな表情のキョウコは初めて見た。
これがきっと俺の知らない母親のオンナの部分なんだろうか。
そう思ったらフッと笑みがこぼれた。
この歳になってオンナとしての母親を知るとはね・・・
「何ニヤついてるのよ」
いつの間にか隣に立つ長身の麻子が、冷ややかにそう言い放つ。
はっきりとした顔立ちと。力のある瞳が印象的なまぁまぁの美人。
家を重んじる、厳格な父方の親族の中でかなり奔放に生きている彼女は俺たちと
ウマが合うのか、『離婚』という形で縁がなくなった今でも仲良くやっている
イトコ殿。
離婚といってももう十五年前の話。
十五年も経つと別れた父親の記憶なんて、ないに等しい。
おかげで戸籍上の新しい父親をすんなり受け入れることもできたし、俺自身が
『伊住啓介』から『神崎啓介』になることに何の抵抗もなかった。
「しかしさぁ。なんで今頃、結婚式挙げるのかね。入籍二年前だぜ?」
「いいじゃない。キレイなんだからさ」
確かに。
日頃の鍛え方の賜物なのか、五十を目前にしている割にはかなり均整のとれた
プロポーションではある。
それなりに自慢の母親だ。
そろそろパーティも架橋に入る。と同時に昼下がりの日差しもかなりキツイものに
なってきたらしく、参加者は日陰を求めて少しずつ散り散りになっていく。
「そういえばさぁ。ケースケ今日、彼女連れてくるとか言ってなかった?」
麻子の不意の問いかけに、俺は銜えタバコのままライターを弄び答える。
「・・・・・・別れた」
「は?・・・また?」
呆れ声の麻子をよそに俺はタバコに火をつけた。
麻子の“また”には訳がある。
自分で言うのもなんだが、オンナにはそう不自由していない。
ただ時期が限定されている。
今の時期、俺にオンナがいることはまずない。
オンナに言わせれば、梅雨の初め頃から俺はおかしくなるらしい。
時々上の空、違う世界にいってる、私を見ていない・・・で最後には「理解できない」
でジ・エンド。
深く吸い込んで、ゆっくりと吐き出したタバコの煙は先ほどから吹き始めた風に
流されて消えていく。
まるで言葉にならない声のように・・・
「あれ?」
風下に立っていた麻子が俺の首筋に鼻を近づける。
「・・・・・・・・・くすぐってぇよ。何」
「ケースケ、香り変えた?」
さすが高級クラブの従業員。そういう所には敏感だ。
「夏なんでね。柑橘系」
「ふーん」
疑り深い麻子の視線に、俺は知らん振りを決め込んだ。
夏の初め、恒例のやり取り。
麻子は俺のこの時期の変化に誰より敏感だ。
それはオトコには分からない「オンナの勘」てやつなのかもしれない。
多分、他のオンナも気付いている。別れを告げてきたオンナ達も。
今の時期、特定のオンナは俺の記憶の中。
たった一夜の出来事、まるで夢物語。
それでも唇が、指先が、十年を越えてもまだ覚えている。
夏の生ぬるい風と湿った空気中の水分が蒸発し熱気を帯びる夜。
いわゆる熱帯夜。
汗と体臭が混じる中でほんの少しだけ感じ取ることができた柑橘系の香り。
触れ合った肌、自分とは違う体温。腕にかかる重み。濡れたシーツ。
けだるい脱力感・・・・・・・・
全ての感覚がフルに動きだす頃、俺は同じ思いを繰り返す。
額に手を翳して空を見上げた。
雲ひとつない濃い青空が広がっている。
― ハル・・・俺はまだ貴方を夢に見る ―