美しきもの
タイトルをふと思い出したので、なんとなく最後に入れてみた。
エピローグです。
画家として、彼の美しさを表現できるかどうか挑戦したくもあり、また、出来ぬかも知れないという不安もあった。
それでも是非にとの依頼があった時、二つ返事で了承した。
ジリル・レオンハット
私の知る中で、私が誰よりも美しい人だと思う。
本来であるならば美しいという表現は女性に相応しい気もするが、彼にあたってはその言葉しか浮かばなかった。
だが、依頼があるまでは絵に描こうとは思わなかった。
彼の美しさは氷像のような透明度と神秘性すら窺わす生きた温もりが絶妙に有り、形のない光を描くような難しさがあったからだ。
だが、あの日。
彼が、奥方と寄り添い笑い合っているのを偶然見た日。
今まで以上に、美しいものを見た。
彼は変わらず美しく、柔らかい表情は人であった。
彼の妻は人並みに美しく、見ているだけで幸せになれそうなくらい優しい表情だった。
二人が並んで笑い合う姿は、私にとってはどんな風景よりも、どんな綺麗なものよりも、ただ美しかった。
これを、描きたいと思った。
これこそを描きたいと強く思った。
もうすぐ完成する肖像画は、しかし、あの日見た二人の美しさにはまだ遠く及ばない。
だが、少しでもあの時の感動をこの絵に込めることができたのならば、と。画家として出来る限りのことをする。
この絵が完成すれば、次はあの日見た一番の美しいと思ったもの以上のものを描くことになる。
あの日、あれ以上に美しいものはないと思ったのに、更に美しいものを見ることになった。
そう。
あのお二人の間に、赤ん坊が生まれたのだ。
奥様が愛しそうに赤子を抱き、彼はそんな親子を愛しそうに見つめる。
その、なんと美しい光景か。
私がなによりも美しいと思うその一瞬の光景が、多くの人に同意を得られるよう一層気を引き締めて描いていこうと思う。
一応、これで完結です。お付き合いありがとうございました。