令嬢の復帰
短め。
夜会の会場に入ると、チラチラと視線を感じる。
気にならないわけがないけれど、力強く腰を引き寄せられてふっと心が軽くなった。
「公爵に挨拶に行こう」
「はい」
気づいていないはずはないけれど、ジリル様は相変わらず関心なさそうに公爵の居場所だけを探し、歩き出す。
私も倣うように顔を上げて堂々と歩く。
ランダーン公爵様とは何度かご挨拶をさせていただいたこともあり、私とジリル様を歓迎してくださった。
その上、今回のことを詳しくご存知のようで労わりのお言葉まで頂戴してしまった。
なんとか体裁を崩さずにご挨拶できたとは思うが、なんだか緊張してしまって上手く出来ていたのかどうかの自信がない。
「ジリル、フェリア嬢。待ってたよ」
ご挨拶を辞してすぐ、ランダーン公爵様の息子であるマーシャル様が声をかけてくださった。
「あぁ」
「お久しぶりでございます、マーシャル様」
「その宝石、ジリルの色に似ていてとても似合ってますよ」
う……あからさますぎたでしょうか。
ありがとうございます、と礼を言いつつ横目でジリル様の反応を伺ってしまう。少しだけ口角が上がっているので、気分を害しているわけではなさそうなのでほっと安堵の息を付いた。
「なんか、ご機嫌だな。まぁ、わからないではないが」
「まぁな。自覚はある」
珍しく上機嫌に頷かれるジリル様の姿に、マーシャル様も楽しそうに笑い声を上げる。
なんだか私までつられて笑ってしまう。
とりとめのない世間話をしていた私たちだけれど、ちらほらとマーシャル様に挨拶したそうな方々が見えてそろそろ引き上げどきだろうかとジリル様に合図を送る。といっても、そっと袖を引っ張る程度のことだけれど。
それでも気づいてくれて、ちらっと周りを一瞥した。
「そろそろ移動するか。お前、どうする?」
「俺たちは適当に挨拶回りでもするさ。せいぜいフェリアを連れ回してな」
気安く言い合う二人に、本当に仲が良いのだなと今更ながら思う。
ニヤリとどこかあくどい笑みを零すマーシャル様に、また後でと苦笑しつつ挨拶して別れる。
「ヒャルト様だ、挨拶に行こう」
会場をぐるっと見渡したジリル様が、デラトルン公爵家嫡子であり、ご友人のグルト様の兄君であられるヒャルト様を見つけた。
そっと腕を差し出されたので手を添える。
どことなく嬉しそうなジリル様に、私もつい笑ってしまった。
「やあ、ジリル。この間ぶりだね。フェリア嬢は随分久しぶりかな?」
近づいてきたことに気づいて、軽く片手を上げながら気安く言葉をかけて下さるヒャルト様に「その節はありがとうございます」といった返事を軽くするジリル様。私は軽くドレスをつまみ上げて礼を取り、「お久しぶりです」と控えめに返した。
ヒャルト様のお近くにいらっしゃった人の視線がこちらに向いたけれど気にしていないようにしてヒャルト様へと意識を向ける。
「一応、彼らは共に来る予定になっているよ。彼女もそれなりに納得してるみたいで良かったね」
「俺からの扱いは散々だったからな」
自覚があってのこの態度。
その悪意に満ちた言動は普段、私には見せないもので新鮮といえば聞こえはいい。
恐ろしくないといえば嘘になるのだろう。けれど、そういうところを含めて私はジリル様が好きなのだ。この悪意を向けられたことがないということが、どこか誇らしくさえ思う。
ざまを見ろ、などとは思わない。
いっそ思ってしまえれば楽なのかもしれないけれど、彼女の悪意は幼く稚拙ともさえ言える。だからこその驚異であったとしても。
改めて私は守られているのだと気づかされる。
家族に、ジリル様に、ジリル様のご友人方に。
これほど守られて、大切にされて、もしかしたならば、彼女よりもよほど私のほうが恵まれているのかもしれない。
ざわり、と入り口付近が騒がしくなる。
「……来たようだね」
ゆっくりとした足取りで、中年に差し掛かった美丈夫が会場内へと進んでくる。
その隣に腕を組んで歩くのは、白薔薇姫と呼ばれた美しい少女だ。
白と桃色の幾重にも重ねられながら軽やかなドレスの裾を翻し、何もひるむことなく堂々とした佇まいだ。
美しい子だと思う。
私と比べることもない、輝かしい人だと。
ジリル様はただの見た目がちょっといいだけの世間知らずだと言う。
家があっての美しさなのだという。
たとえそうなのだとしても、私からすれば美しい子で、どこか憧れにも似た感情を持ってしまうのだけれど。
ぼうっと見てしまっていたようで、ジリル様がぐっと私の腰を引き寄せる。
驚いてはっとジリル様の顔を見上げると、緩く、ほんの僅かに口角が上がっているくらいのものだけれど確かに微笑んだ。
そして、そっとこめかみにキスを落とす。
「…………え、あ……えっと」
こ、こんな人だらけの会場でまさかの行為にピシリと思考が固まった。
ジリル様はいつも突然で、何をしでかすかわからないのはちょっと困る。
ジリルは現在浮かれている