不況だから
「――さあコバヤシ君、椅子に座って」
あの、博士。これは一体なんの実験ですか?
「え? ほら、あれ。想像力」
想像力って……。
「イマジネーション」
英語にしただけです。
「スィットダウン。ミスタコバヤシ」
なんで片言なんです?
「いいからいいから。座れば極楽」
あの、博士。
「ぁアァ?」
なんでキレ気味なんです?
いやそれより、これ、電気椅子ですよね?
「いや、椅子じゃよ」
じゃよって……。いきなり語尾を変えないでくださいよ。
どっから見ても電気椅子ですよね。
「つまりじゃ、コバヤシ君。きみがどれだけ想像力があるかという問題なのじゃ」
いや、意味わかんないですって。
むしろ博士の言ってることが問題ですよ。
「普通の椅子だと思い込むんじゃ。それが想像力じゃよ」
でも、電流とか流れるんですよね?
「屁のカッパじゃ。フォッフォッフォ……」
ふぉっふぉっふぉじゃないですって。
そんな実験、絶対やりませんからね。
「それは無理という話じゃよ」
え?
「ぽちっとな」
あ、タイムボカンですね。
うわ。なんか伸びてきた。
ちょっと、博士! うわぁ、なんだこれ。
昔の漫画みたいだ。
「強制拘束装置じゃ。マッサージ機にもなる」
ぜっぜん、普通の椅子じゃないですよ。
早く解除してください。
これじゃまるで死刑台じゃないか。
「想像力じゃよ」
あんたそればっかだな。
「“Imagine there's no heaven”じゃ」
ジョン・レノンとか関係ないですって。
天国がないところを想像しろって、それ、最悪じゃないですか。
「コバヤシ君、最後に良い話を教えよう」
最後とか言わないでください。
――で、なんです?
「実は不況の影響で、我が研究所も研究費を大幅にカットされた」
はあ、それは残念ですね。
「研究を続けるのも難しい状態になってきた。しかし、あるときわしは気づいたのじゃ。そう、人件費が無駄なんじゃと」
あの、なんとなく話が見えてきたんですけど……。
「不況はどこも同じじゃ。人件費を削るしかない」
ちなみに、助手は僕ひとりしかいませんよ。
「いわゆるリスト・ラクション」
変な区切り方しないでください。要はリストラでしょう?
あの、クビならはっきりそう言ってください。
「わしは考えた。どうすればクビを言い渡さずに人件費を節約するか」
ねえ、博士?
「そして、ステーキを食べながらふと閃いたのじゃ」
肉買うぐらいなら、それを人件費に回してくださいよ。
「そうじゃ! 実験の事故に見せかけて、消してしまえばいいんじゃ、とな」
……博士?
ねえ博士?
「そしてわしは、全研究費を注ぎ込んで、この椅子を作ったんじゃ」
あ、あんたアホだよ!
博士じゃないよ。ただのアホだよ。
想像力がないのはアンタだよ。
わー! 離せえ! この装置を止めろぉ!
「わしは悲しいよ、コバヤシ君。こんな形でしか君を救ってやれない」
救ってない救ってない。逆だよ。
だれかー! たすけてぇ! 殺されるー!
マッドサイエンティストに殺されるー!
「フォッフォッフォ。無駄じゃ。こんな山奥に人がいるわけがないじゃろう」
ちきしょう! それも計算済みか。
「さようなら。コバヤシ君」
いやだー! まだ死にたくない!
やり残したことがいっぱいあるのに!
「では、スイッチ・オンじゃ!」
いやだー!
不況のバカー!
……
「ああ、面白かった」
なかなか名演技だったよ。ヒロシくん。
「君こそ、コバヤシ君。助手になりきってたね」
ヒロシ君こそ、悪玉っぽかったよ。
「僕ね、こういうの得意なんだ」
うん。はまり役だったよ。
「でも、椅子だけじゃこれが精一杯だね」
もっとなにか探してこようよ。
「うん、そうだね。机があればもっといろいろできるんだけどな」
ゴミ置き場へ行って探してこよう。
「そうだね」
行こう行こう。
「――ところでね、コバヤシ君。仕事は見つかった?」
え、あ、うん……
先週面接したんだけどね。
昨日、電話があって……、落ちたって。
「また?」
うん。ほら、不況だからさ。
「仕事、早く見つかればいいね」
うん……
やっぱさ、リストラってきついよね。
僕、ホントはさ、電気椅子とかで死にたいんだよ。
「そんなこと言わないでさ、職業ごっこして気に紛らわそうよ」
ヒロシ君……。
その、ありがとう。
いつもいつも……
今年の四月から幼稚園で、なにかと忙しいだろうに。