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空模様

 ちょっとした素振りで見送った風景が、曖昧な残像となって蘇ってくる。その頃になって初めて、皓々と舞い散る輝線や、複雑な模様に覆われていた単一性のパターンに気を取られた。特に印象深い映像というわけではない。むしろ、物足りないという感覚の方が先に駆け込んでくるイメージだろう。

 一様な曇り空だ。珍しくも何ともない。

 どことなく威圧的な空気を下へ下へと押し出し、中性的な光を降らせている。

 僕はちょうど雨宿りになりそうな場所を見つけ、そこにしばしの間留まることにした。ずっと移動していたからここで骨休めというわけだ。

「風が吹いてきたな」

 ちょうど隣に居合わせたヤツが呟くように言った。首をキョロキョロと忙しなく動かして、絶えず持ち前の慎重さを保っている。

「雨が降ってくる?」

 僕は見上げながら尋ねた。

「そんな雰囲気だね」

「雰囲気?」

「そんな感じ、としか言いようがない」

「いや、わかるよ」

 少し卑屈になった彼の様子に僕は笑って答えた。

 目を凝らすと、広範囲に広がった薄い雲が、ものすごい速さでぐんぐん過ぎていくのがわかる。スケールの違う奇妙な生きものが大気全体に覆いかぶさって、空全体を這い回っているようにも思える。風が強くなってきた証拠だ。

「お前、独りなのか? 見かけない顔だな」

「うん、実はね」

「他の奴等は?」

「さあ。どこかに行ってしまった。それとも、僕がどこかに来てしまったのかも」

 冗談のつもりで口にしたのだけれど、彼は笑わなかった。相変わらず慎重すぎるくらい敏感な警戒心を辺りに振りまいている。根っから生真面目なヤツなのかもしれない、と僕は評価を決めかねていた。

「そういえば、キミの仲間も見当たらないようだけど?」

 僕は話題を変えた。

「集合場所は決まっている。もともと統合性のある集団じゃないからな。好きなように集まって、好きなように散る。そういうやり方なんだ」

「へえ。珍しいよね。そういう……なんていうんだろ、放任主義な集まりっていうのかな。僕の知ってる連中はだったらさ、絶対許さないね。責任がないとか、いい加減だとか言って怒鳴り散らすんだ」

「一生懸命だな」

「熱血なんて今どき流行らないよ。規律を厳しくすれば、動きも抑制される。そんなのぜんぜんつまらない。全員がひとつの意志をもった別の生きものだよ」

「いや、そういう意味で言ったんじゃない」

 少し打ち解けたのか彼は、静かに笑った。確かに彼は、僕の知ってる連中とは温度差があった。どちらが魅力的かは言うまでもないけど……。

「他に意味なんてある?」

「ああ。一生懸命になって生きているな、と言いたかったんだ」

「なにそれ? それって当たり前じゃん。キミだって、必死になって安全を確保してるじゃないか。安全性っていうのはつまり、生きる活力でしょ?」

「こいつは俺の特性だ。生きてきたからこそ身に付いた本能でもあるんだ。お前が楽観的な理由となんら変わりない」

「うわっ、さりげなく非難してる」

「あるいは長生きしようとしている、とも言い換えられるな。生き抜くことを考えながら生きている。そうすること自体が生きる糧となっているんだ」

「キミは、それとどう違うわけ?」

「俺は過ぎていくであろう先を、半ば諦めてしまっている。抗えない本能に従って、それ以外を否定している。……いや、そんな意志すらないな。雨が降りそうだから、雫の当たらない場所に避難する。俺がやってるのは、そんなことの繰り返しだ」

「ふうん。よくわかんないけど、キミがそうしたいのならそれで良いんじゃないかな。僕はキミ自身に嫌気は差さないし、それってつまり、キミの生き方ってヤツにも文句はないってことだと思うよ。少なくとも、雨宿りに意義を感じられない輩よりはマシだね」

 風向きが急に変わって、僕らの正面から突風が吹き込んでくる。

 僕らはじっと踏ん張ってそれに耐えた。

 風はすぐに止んだものの、大気はますます陰気さを帯び、雨が降ってくるのも時間の問題かと思われた。

「ふん。お喋りは終わりだ。風がこっちに吹き込んでくる。びしょ濡れになりたくないなら、早々に退散するこった」

 彼は曇り空に向かって、忌々しげに言う。

「まったくそのようだね。ちぇ、せっかく良い場所を見つけたと思ったのにな」

 僕も誰にともなくぼやいた。

「……おい」

 軒下から出て行こうとする彼が、振り向き様に僕を呼ぶ。

「お前、どうするんだ? 俺と一緒に来るか?」

「え? 良いの?」

「放任主義だからな」

「おまけに一生懸命、生きていない?」

「ああ、そうだ」

 彼は面白そうに言った。

 なんだ、ちゃんと冗談が通じるじゃないか。

 なんだか上手くやっていけそうだ。

 まあ、もともと悲観なんてしちゃいないけど。

「俺についてこい。見失うなよ」

「できればね……」

 その言葉を聞くまでもなく、彼は手摺りから飛び立った。

 さっきよりもちょっぴり好きになれそうな曇り空を見上げながら、僕は力強く羽根を広げる。

 そして、灰色の空へ身を投げ出した。

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