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第9話:曖昧な俺と私

 現在、うちのリビングには3人の人間が居る。俺、翔子、そしてツナギを着た、謎の金髪ポニーテール女だ。こんな胡散臭い奴、本来なら絶対家に入れたくないのだが、俺と翔子の関係を一発で言い当てた事と、何も無い空間から取り出した、分厚い書類が決定打となった。


 その内容は、金曜日の朝から今に至るまで、俺と翔子の行動が、ひたすらに書き連ねてある偏執的な物だ。金髪女曰く、俺たちの『過去ログ』という物らしい。そんな訳で、半信半疑ではあったが、俺と翔子は、とりあえずこいつの話を聞くことにした。


 俺があぐらをかいて渋面を作っているのに対し、対面する金髪女はにこにこしながら正座している。台所でコーヒーを淹れた翔子が戻ってきて、金髪女の前にカップを差し出し、俺の横にちょこんと座った。


「あ、どーもどーも。私、コーヒー好きなんだよ。気が利いてるねぇ」

「いえいえ、どういたしまして。じゃなくて、あんた一体誰で、何で俺達の事知ってるんだ?」

「うん、じゃあ2人揃ったし、改めて自己紹介しようか。私は魂の管理人。君たちから見れば、神様に近い存在かな? あ、名刺渡しておくね」


 金髪女は電波な台詞を言いながら、ツナギのポケットに手を突っ込み、小さな四角い紙切れを取り出した。テーブルの上に置かれた紙片に目を通し、俺と翔子は顔を(しか)める。


 でかでかと「神」と一文字しか書かれていない名刺で、下の方には、手書きで携帯電話の番号が書かれている、俺がパソコンで作ったほうが、まだまともに作れる自信がある。怪しさ爆発。普段の俺なら絶対係わり合いになりたくないタイプだ。


「ああ、勿論ちゃんとした名前はあるよ? でも簡単に教えていい物じゃないのよね。だから、気軽にジンさんって呼んでいいよ。ほら、私ってば神様っぽいでしょ?」

「はあ……」


 翔子が気の無い返事を返す。そんな態度に気を悪くした風でもなく、ジンとやらは砂糖をドバドバ入れて、満足げに熱いコーヒーをかき混ぜる。


「さて、何から話せばいいのかな? あ、スリーサイズは内緒だよ」

「何からっていうか……この状況について教えて欲しいんだけど」

「状況って言われてもねえ、もうちょっと具体的に聞いてくれると助かるんだけど」


 んなこと言われたって、聞きたいことが多すぎて、何から聞いていいか分からない。俺がどこから攻めたもんかと考えていると、横に座っていた翔子が、身を乗り出すようにジンに迫った。


「じゃあ、私の正体について教えて! 私は誰? 何でナカタ君はナカタ君のままで、私は翔子になっちゃったの? そもそも、私は本当にもう1人のナカタ君なの?」


 翔子は必死だ。俺はまだ落ち着いているが、翔子にしてみれば、自分の立ち位置がまるで分からない、とても不安定な状態なのだ、ここはとりあえず翔子を優先する事にしよう。


「そうだねぇ。まず最初に言っておくと、翔子ちゃんは間違いなくナカタ君本人だよ。厳密には、中田翔一君の『魂』と呼ばれる物を分割した、片割れの存在が翔子ちゃん。ナカタ君のもう1つの『可能性』と言った方がいいかな」

「可能性? 意味分かんないんだけど?」


 翔子と俺が頭に疑問符を浮かべていると、ジンはやれやれと首を振る。


「いいかい、君たちのお父さんとお母さんが、とても青少年には見せられないXXX(チョメチョメ)な行為をして、君と言う魂がこの世界に造られた訳だけど、製造が決まった段階では、男と女、どちらを選ぶかまでは決められていない。結果として男性が選ばれた訳だけど、選んだだけであって、もう片方を捨てたわけじゃない。早い話、翔子ちゃんはナカタ君に内在する『選ばれなかった可能性』なのさ」

「選ばれなかった……可能性」


 翔子がオウム返しにジンの言葉を反芻(はんすう)すると、ジンは鷹揚(おうよう)に頷いた。


「そう、だから君は間違いなくナカタ君と同格の存在だ。ただ、この世界はナカタ君を選んだから、君の能力は、基盤となった彼よりどうしても劣る。今は魂を2人に分散させているから、ナカタ君の方も、元より能力は落ちているけどね。大体、6対4くらいの比率かな?」


 何となく思い当たる節があった。昨日のテストの時や、朝から感じた倦怠感。多分あれのことを言っているのだろう。鵜呑みにするにはぶっ飛んだ話だが、話を全部聞いてからでも判断は遅く無い。今度は俺の方から切り返す。


「分割された俺ねぇ……でもさ、何でそんな面倒な事したんだ? 俺を女にするなら、最初っから俺1人を変えれば良かったじゃねえか」

「君を女性にしようとした訳じゃない。やりたかったのは魂の分割さ。男女に分かれてしまったのは、あくまで副作用。私たちは今、効率の良い魂の管理方法を模索している最中なんだ」

「魂の管理方法? そういや管理人とか言ってたっけ」

「そうだよ。この国、狭いくせに人間が多すぎるから、死んだ魂を回収し、別の何かに転生させる――再構築する手間も半端じゃない。魂が壊れれば、同時に『縁』も調整しなきゃならないってのに。全く、管理する側の立場も考えて欲しいもんだよ」

「知らんがな。つーか何だよ、その縁ってのは」


 ジンは面倒臭そうに愚痴をこぼすが、そんな事を俺に言われても困る。というか何だよ縁って、次から次へと専門用語を並べて、1人で勝手に納得しないで欲しい。お前は空気の読めない大学教授か何かか。俺の視線に気付いたのか、ジンは再び長台詞を喋り出す。


「縁とは、魂と魂の結びつきの事さ。君たちの両親が結婚した事もそうだし、君と小林君の間柄、学校のクラスメイト、スーパーで会話した店員、一生に1度だけ道ですれ違った人――大なり小なり縁という物で結びついている。その結びつきが強ければ強いほど、他の魂、ひいては世界そのものに影響を及ぼす。私はその辺の管理と調整を担当しているのさ」


 そこで一呼吸置き、ジンはコーヒーを一口飲んだ。


「例えば君が明日死んだとして、魂を再構築――転生をさせるとしよう。それ自体はそれほど難しくは無い。でも、君のご両親は悲しみを背負ったまま生きていく。すると彼らは生きることに打ち込めなくなり、その波紋は他の誰かに伝播する――とまぁ、そんな感じ。魂を壊せば、同時に縁も壊れる。それが微々たるものであればいいけど、縁はとても複雑かつ繊細な物だ。ちょっとした事が、ハリウッド映画も裸足で逃げ出す大惨事になる可能性も否めない。だ・か・ら……」


 だからの部分にアクセントを置いて、ジンは両手をぽんと合わせる。


「なるべく魂を再構築せず、縁を維持する方法を考えてみた。例えば、1人を同じ2人の人間に分割させてはどうだろうか。魂の総量が『100』なら『60+40』でも理論上は同じ。仮に片方が死んでも、同一の存在が60残っていれば、縁を維持したままに出来るし、魂の再構築の量も半分以下で良くなる。これが成功すれば、管理がちょっと楽になるかも。ヒャッホウ! ナイスアイディア! ……という案が出た」


 何だよその超理論。


「という訳で、君は見事、超が100個は付く低確率を乗り越え、神様の新サービス(名称未定)のベータテスターに選ばれたのでしたっ! 性別が変わったのは想定外だったけど、結果的に、君は願望通り女の子になれて、我々はサンプルを得た。めでたしめでたし!」

「「めでたくないっ!!」」


 俺と翔子の声がハモる。ジンは不満そうに頬を膨らませる。


「ぇー……金魚やハムスターで試した時は問題無かったのにぃ」

「俺達を金魚やハムスターと一緒にすんな」

「そう、問題はそこなんだよねぇ……」


 ジンは困ったように眉を潜め、金色の長い髪を掻き揚げる。何だかバツが悪そうだ。


「いやね、君たちは気を悪くするかもしんないけどさ、私たちにとっちゃ、金魚もハムスターも人間も、魂という括りで、同じ判断しか出来ないんだよね。ほら、君たちだって、そこらの池のメダカ1匹が、ある朝、小さめのオスとメスに別れていたとしても、気付きやしないでしょ? そんな感覚だよ」

「そりゃまあ、そうかもしんないけど……」

「でもね、人間ってのは想像以上に複雑だった。魂の総量は問題無かったけど、縁の方が1日でここまでぐっちゃぐちゃになるとは思わなくて、余計ややこしくなった。いやー驚いた驚いた! まぁベータテストってのはとにかく実際に動かして、想定外の不具合を修正していくもんだからさ。ワッハッハ!」


 ジンはふんぞり返って爆笑する。笑い事じゃねえ。


「いや、ワッハッハじゃなくてさ、俺たちとんでもない事になってんだ。翔子だって随分苦しんでるし、さっさと戻してくれよ」

「ノリ悪いなぁもう。だから、さっきから直しに来たって言ってるのに」

「へっ?」


 あまりにもあっさりと言われてしまったので、俺は逆に鼻白む。こんな訳の分からん状況だし、相当面倒なことになると思っていたのだが。


「分かれた魂の負荷テストも兼ねてたからね。昨日の夜の時点では、まだいけそうだったんだけど、今日は2人とも限界だったみたいだったし、残念だけどベータテストはこの辺で終了かなぁって。そんな訳で、巻き戻し作業に入りまーす!」

「ちょ、ちょっと待て! 勝手に戻すな! 何だよ巻き戻しって!」

「戻せと言ったり戻すなと言ったり、わがままだねぇ君は。つまりリセット、君たちを元の状態に戻すって事さ」


 そう言うとジンは、コーヒーカップにスプーンを入れ、黒い液体をひと掬いする。


「このスプーンの上に乗っているのが翔子ちゃん、そんで大本のコーヒーがナカタ君。これをこうして……こうじゃ!」


 そう言ってジンは、スプーンに盛られていたコーヒーを、再びカップへと戻した。ぽちゃんと小さな音を立て、ほんの僅かな波紋を作った後、コーヒーは元通りになった。ね、簡単でしょうとジンが笑う。


「細かい作業方法は企業秘密だけど、せいぜいこの程度だよ。そんなに難しい事じゃないから安心していい」

「その、戻してくれるのはありがたいんだけどさ、具体的に俺たちは何をすればいいんだ?」

「君たちは何もしなくていい。メンテナンス時間は……そうだね、今晩0時にしよう。シンデレラの魔法は12時の鐘で解けるのさ」


 ジンは軽口を叩き終え、温くなったコーヒーを一気にごくごくと飲み干す。空になったカップをテーブルの上に置くと、両膝の上に手を置いて、俺達にぺこりと頭を下げた。


「そんなわけで、テスト協力ありがとうございましたっ! お陰様で興味深いデータが取れたよ。明日の朝、君たちは再び中田翔一君に戻る。その辺は確実に保証するよ」


 コーヒーごちそうさま、と付け加え、ジンは立ち上がり、ひらひらと手を振った。


「あ、そうだ。ちゃんと0時前には2人とも布団に入っててね? 0時になった瞬間に2人の意識をシャットダウンするから、ぼけっと突っ立ってると、ぶっ倒れて全身を強打することになるよ?」


 俺と翔子が顔を見合わせ、正面に向き直った時には、ジンの姿は幻のように掻き消えていたが、飲み終わったコーヒーと、テーブルの上に置かれたままのいい加減な名刺が、ジンの存在が現実であることを示していた。


 狐につままれたような気持ちになりながらも、緊張の抜けた俺は安堵のため息を付く。この先一体どうなるかと気が気じゃなかったし。トンデモ本とかに書かれていそうな内容ではあるが、あいつの言葉を信じれば、思っていたより簡単に事態は収束しそうだ。


 父さん母さんの帰宅は早くても明日の昼くらいだろうし、それほど大きなトラブルは起こしていないはず。また何事も無い日常が帰ってくるのだ。


「やったな翔子! 明日から、またいつも通りに暮らせるぞ!」

「う、うん……」


 俺は心底安心したが、翔子はなんだか歯切れが悪い。顔色があまり良くないのも、体調不良のせいだろうか。とは言え、明日になればそんな苦しみからも解放されるのだ。ほんの少しだけ我慢してもらおう。




   ◆ ◇ ◆




 昼過ぎにジンと会話をしてから、翔子は調子が悪いと2階でずっと寝ていたので、俺は1階のリビングでだらだらと休日を過ごしていた。翔子は晩飯も食べたくないとごねたので、スポーツドリンクを少しだけ飲ませ、俺は1人でカップラーメンを適当に腹に押し込んだ。


 気が付けば22時を回っていた。別に眠くは無いし、ジンに指定された時刻まで大分余裕はあるが、もう寝てしまう事にしよう。2階に上がると、真っ暗な部屋の中で、翔子は布団を被ってじっとしていたので、起こさないように忍び足でベッドに潜り込む。


「ナカタ君、ちょっといい?」

「何だ、起きてたのか」


 時計の針の、チッチッという音だけが響く静寂の中、翔子の小さな声が良く聞こえた。この柔らかい声を、もう聞くことも無いのだと思うと、少しだけ惜しい気もする。


「ナカタ君、その、そっちに行ってもいいかな……?」

「別に構わないけど、お前、男臭いって嫌がってただろ」

「ま、いいからいいから!」


 翔子はもぞもぞと起きだすと、強引に俺のベッドに潜り込んできた。安物のパイプベッドは2人で寝るにはかなり狭く、俺たちは顔と顔がくっつく位に密着する。翔子のほんのりとした体温と、微かな息遣いが感じられて、何だか少しこそばゆい。


「いやー、やーっと戻れるねぇ! 何だかとんでもない体験しちゃったけど、これで終わりと考えれば、ま、いい体験だったんじゃないかなっ!」

「そうだな」


 翔子は妙にハイテンションで答える。翔子の甲高い声とは逆に、俺の方は、自分でも驚くほど冷めていた。


「何だよナカタ君、戻れるの嬉しくないの? そりゃナカタ君には迷惑かけっぱなしだったけどさ、おっぱい顔に当ててやったり、それなりにいい思いだってしたじゃん! 男なら割り切りが肝心だよ!」

「怖いか?」

「……………………え?」


 俺の声はそれほど大きくなかったが、翔子はまるで心臓にナイフでも突き刺されたように、びくりと震え、急に無言になった。しばらく目を泳がせていた翔子は、観念したように口を開く。


「あは、気付かれちゃったか……流石ナカタ君。でも気付くのが遅いんじゃないかな?」

「俺は頭の回転が速くないからな。お前だって良く分かってるだろ」

「あ、あは、は、は……そう、だね……」


 翔子は俺のパジャマをぎゅっと掴み、そのまま胸元に顔を埋めてくる。翔子の華奢な体は、微かに震えていた。


「怖い……怖いよぉ……! 頭では分かってるんだ。元に戻るだけだって。明日にはいつも通りなんだって。でも……でもっ! 今ここにいる『私』はどうなるんだろう。何もかも消えちゃうのかな? 最初から居なかったことになるのかな? 誰も私のことを覚えててくれないのかな? それって死ぬのと何が違うんだろうって、そう考えたら凄く怖くて、怖くて怖くて仕方ないんだ……」


 翔子の声はだんだん尻すぼみになって、最後には涙声になり、殆ど聞き取れなかった。


「……………………」


 俺は何も言えない。ジンの話を聞いて浮かれていたのは、俺が元になる『中田翔一』の方だからだ。あの時は、日常が帰ってくることがただ嬉しくて、翔子の気持ちなんて考えもしなかった。ちょっと考えれば分かるというのに。だって、こいつは俺なんだから。


 ジンは世界が俺を選んだと言った。でも、何を基準にして選んだのかまでは言わなかった。もしかしたら、それは神であるジンですら分からないのかもしれない。


 それこそ、虫1匹、草1本とか、何かがほんのちょっと違っていれば、中田翔一は春川翔子として、ごく普通の女の子として人生を送り、友達と馬鹿みたいな日々をすごしたり、泣いたり、笑ったり、怒ったり、恋をしたりしたのかもしれない。


 (おれ)(しょうこ)の存在を分けた物、それは一体何なんだろう。考えたって分かりやしない。神ですらあんなにいい加減なのだ、多分、そんな大それた理由なんか無くて、とても適当で、曖昧な物なんだろう。何となくだけど、俺はそう思った。


「ご、ごめんね。ナカタ君にこんな事を話しても、困るだけだよね。ほら、明日には何もかも元通りだからさ。もう寝よっか?」

「お前は、いなくなったりしない」

「えっ……?」


 翔子は涙で濡れた目で、俺の胸元から顔を上げる、大きな目をさらに見開いて、上目遣いで俺を見上げる。


「ジンも言ってただろ。お前は俺のもう1つの可能性。俺の力の4割はお前が持ってるって。お前が居てくれないと、俺は力をフルに発揮出来ない。他の奴が誰もお前を知らなくても、こんな事、死ぬまで忘れられるわけないだろ。だから俺が生きてる限り、お前も生きてるってことだ。俺はお前なんだから」


 自分でも詭弁(きべん)だと思ったけど、言わずにはいられなかった。翔子はぱちぱちと瞬きをして、しばらく何事かを考えこんだ後、ほんの僅かに微笑んだ。それは、今までのひまわりみたいな輝かしい笑い方じゃなくて、霞草(かすみそう)みたいに小さく儚い物だったけど、翔子は確かに笑ってくれた。


「何だかプロポーズの言葉みたいだね」

「プ、プロポーズぅ!? 何言ってんだお前!?」

「へへ、ほら、あるじゃん。『死が2人を分かつまで』って奴。意味合い的にそんな感じじゃない?」

「あのなぁ……ま、でも確かにそうかもな」


 俺はため息交じりに苦笑する。死が2人を分かつまで、そう言って結婚するカップルがいても、実際にそれを生涯貫き通せる奴がどれだけいるのだろうか。けれど俺たちは、本当の意味で、死ぬまで一心同体なのだ。


「ナカタ君、ちゃんと体に気をつけるんだぞ。ナカタ君は私なんだから。怪我したり、病気したり、人を傷つけたりしちゃ駄目だよ。もし君がロクデナシになったら、私が君の中で暴れて、君の良心をグサグサと責め立ててやるからね」

「わーったよ。せいぜい頑張って、真っ当に生きるよう努力するよ」

「うん、素直でよろしい」


 そう言って翔子はけらけらと笑った。親馬鹿ならぬ自分馬鹿だが、やっぱりこいつの笑った顔は本当に可愛いと思う。世界だか何だか知らんが、こいつを俺のベースにしなかったお偉いさんは、相当見る目が無い無能だ。さっさと左遷かクビにしたほうがいい。


 枕もとの時計に目をやると、後数分もしないうちに、時計の針は0時を指す。この奇妙奇天烈、摩訶不思議で、名残り惜しい時間はいよいよ終わりを告げるのだ。


「ナカタ君、おやすみ。また明日ね」

「ああ、おやすみ翔子。また明日な」


 お互いにおやすみの挨拶をして、俺たちは巣の中で、身を寄せ合う雛鳥みたいにくっついた。


 もう少しこうしていたいと思っていたし、全然眠くなんかなかったのに、予告通り、まるで電源のブレーカーを落とすみたいに、俺達の意識は一瞬でブラックアウトした。

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