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第4話:帰り道

「おい翔子! 一体どういうつもりなんだよ!」


 翔子に手を引かれるがまま歩いていた俺だったが、いつもは小林と通る商店街の前まで来ると、痺れを切らして振りほどいた。小林は追ってくる気配も無いし、学校からは大分離れたので、そろそろ問い詰め時だろう。


 俺としては相当手加減したはずだが、翔子の体は想像以上に軽く、俺が手を振った方に吹っ飛ぶようによろめいて、壁に押し付けたような形になった。


「ナカタ君。女の子に暴力は良くないぞ?」

「いや、悪気は無かったんだ……って誤魔化すんじゃねえ」


 非難がましい目で翔子が俺を見上げてくると、何だかこっちが悪い事をしているように思えてくる。ちょっと乱暴な扱いをしたのは反省するけど、こいつが意味不明な言動で俺を困らせたことは事実なのだから、そこをはぐらかす気は毛頭無い。


「何だよ、ナカタ君の願望を叶えるために、わざわざこんな格好で学校まで来てやったのに」

「俺の願望? お前、何言ってんだ?」

「いっつも思ってただろ。学校帰りに可愛い女の子が待っていてくれて、『一緒に帰ろう♪』なんて誘ってくれないかなって。それを周りの連中に見せつけられたら、さぞ爽快だろうなって」

「そ、そんなことは……!」

「思ってないって? そんな訳無いだろ? だってナカタ君は私なんだから。ナカタ君が望んでいることは私も全部分かってる。よく思い出してみろ。あの時、本当に困っただけだったか?」

「ううう…………」


 悔しいが翔子の言っていることは本当だ。学校帰りに校門の前で、他校の可愛い女の子が、俺のことを今か今かと待ってくれている。そんなシチュエーションを俺が独占できたら、とてつもない優越感を得られるだろうというのは、ぼんやりと考えていた事だ。


 学校のクラスなんてのは、別に誰が細工した訳でも無いのに、自然と上位の中心グループ、中堅グループ、下層グループに分類されていく。そして俺はどちらかというと、中~下層のグループに属している。


 そんな俺が、クラスの上位層ですら入手困難な可愛い彼女という男のトロフィーを、高々と抱えてクラスのハイカースト連中に見せ付ける。それは下克上とも言える行為だ。


 単純にひっそりと彼女が出来ればいいという訳じゃない。周りの連中に対して、俺だけが特別なアドバンテージを得ているという事実を周りに見せるのが大事なのだ。


 学校にテロリストや謎の怪物が突然乱入してきた! 逃げ惑うクラスメイトとヒロイン達を差し置いて、眠れる力に覚醒した主人公(俺)が、皆の前で格好良く悪党を退治する。


 畏怖と羨望の眼差しを向けるクラスメイト達、そして潤んだ瞳で俺を見つめるヒロイン――そんなを妄想をしたことは無いだろうか? 俺はする。


 でもそんな事、現実だとありえないので、他の男共と差別化する手段として現実的なのが、彼女を手に入れて自慢するという行為だ。


「理解したかいナカタ君? 折角こんな状況になったんだし、ここは一刻も早くやらねばと思ってさ。ギャラリーも多く集まるまで待ったし、私とナカタ君がいかに親しいか示すように、大分えっちぃサービスもしただろ?」


 翔子は得意げに笑っていたが、俺は無視して1人帰り道を歩き出す。確かに何もかも嫌だった訳ではないが、とにかく気恥ずかしい。


「あ、待てよー! そりゃ、あんなことされたら私だって最初は混乱するけどさ、でもそれだけじゃなかっただろ?」


 翔子が喚くが無視する。俺の妄想、実現するとあんなにこっ恥ずかしい物だとは思わなかった。心のどこかで、他の連中が羨望のまなざしで俺を見送る姿を見て、自演とはいえなんとも言えない充実感を得ていたのも事実だが、いきなりあんな事をされてしまえば、困惑のほうが勝ってしまう。


「ほんと待てってばナカタ君! 歩くの早いよ! こっちはまだこの体に慣れてな……あっ!」


 俺が翔子を引き剥がすように少し早足で歩くと、翔子はふらふらとした足取りで、慌てて俺を追いかけ――そしてすっ転んだ。といっても、幸い膝から転んだみたいで、しっかり手を突いていたし大丈夫だろう。


 何せあいつは俺なのだ、別に助け起こす必要も無いと思い、そのまま帰り道を進む。翔子は俺なのだから、当然この道を何度も通っているし、道に迷うなんて事も無いだろう。


「ひどいよ……ナカタ君」


 少しこらしめようと思いそのまま帰宅しようとしたが、胸から搾り出すような声が俺の背に投げ掛けられた。仕方なく後ろを振り向いたが、そこで俺は固まった。翔子はまだ地面に座ったままで、しかも、うっすらと目に涙を浮かべていたからだ。


「あの子、可哀想にねぇ。彼氏にあんなにひどい目に遭わされて……」

「本当に男って自分の事しか考えなくて嫌だわぁ。将来DVよ。DV夫よ奥さん」


 商店街で買い物をしていたらしいオバちゃん達が、ひそひそと小声で俺に非難の視線を浴びせる。もし先ほどからのやり取りを傍から見られていたとしたら、彼氏と手を繋いで上機嫌だった年下の女の子をいきなり壁に叩きつけて転ばせた後、そのまま置き去りにしているように見えるだろう。なんたる鬼畜野郎。俺だったら絶対に許さない。


「ワンワン! ワンワン!」


 電柱に繋がれ、飼い主を待っているであろう犬までが、俺を糾弾するように吠え立てる。畜生め。


「ああもう! ほら行くぞ!」


 周りの圧力に耐えられず、俺は翔子に手を差し出す。翔子はぼーっと見上げていたが、おずおずと俺の手を取った。相変わらず俺らのやり取りを遠巻きに見ていたオバちゃん達+犬の視線に耐えられず、俺は翔子を強引に引きずって、すぐ目の前にあったハンバーガー屋に駆け込んだ。


 校門で掴まれた時は気付かなかったが、翔子の手はマシュマロみたいにふわふわで、そしてとても小さかった。



  ◆ ◇ ◆



 ハンバーガー屋に入った俺は、翔子を先に席に座らせ、オレンジジュース2つと、ポテトのLサイズを1つ注文した。今日は2人分必要なので、ハンバーガーを2つ頼むより、Lサイズのポテトを分けて食ったほうが安上がりだと判断したからだ。ここは俺と小林が帰りがけにたまに寄る店で、今も俺と同じ学生服を着た連中も何人かたむろしている。


「ごめんナカタ君……ちょっと調子に乗りすぎた」


 商品の乗ったトレイを持って翔子の待つ席へ行くと、翔子はジャージの裾でごしごしと涙の後を擦りながら、申し訳なさそうに俺に謝罪した。ちょっと悪い気もしたが、こいつも俺なんだから、俺のことをもう少し配慮して欲しい。


「お前な、あざとく転ぶんじゃねえよ。しかも泣き真似まで出来るなんて、いつからそんなに演技が上手くなったんだ? 俺はそんな演技派じゃねーぞ」

「演技じゃないって。男と女じゃ重心が違うみたいで、凄くバランス取り辛いんだよ。それに何ていうか、感情の出方が昨日までと全然違うんだよ。ちょっと痛いとか悲しいとかあると、すぐ涙が出てくんの」

「感情の出方? 何だそれ?」

「何ていうのかなぁ、上手く言えないんだけど、例えば怒った場合だと、今までだったら『ゴゴゴゴゴ……』って感じで。大地の底から岩がせり上がってくる感じだったんだけど、今は『ドカーン!』っていきなり噴火するみたいな?」


 翔子も説明し辛いみたいで訳の分からない表現をする。泣くにしろ笑うにしろ、男よりも女のほうが感情的になりやすいって話は良く聞く。俺の記憶を持っていても、翔子の肉体は紛れも無く女性だ。


 精神は肉体に引っ張られるなんて説もあるし、こいつの言動がいつもの俺より子供っぽく見えるのも、そんな部分も関係しているのかもしれない。


「とにかく、翔子も俺なんだから、あんまり俺に迷惑を掛けることはやめてくれ。何かあったら、元に戻った時にお前も大変な目に遭うんだからな」

「だから迷惑掛けにいった訳じゃないのに。午前中はちゃんと調べてたし」


 翔子の拗ねている様な台詞を聞いて、ようやく俺は失念していた事を思い出した。ポテトを小鳥みたいにちまちまと口に運んでいた翔子に早速問いかける。


「結局、なんか目ぼしい情報は入ったのか? 原因とか、それらしい前兆みたいな物とか」

「あ~、もう全っ然ダメ。家の中も近所も一通り見て回ったけど何にも変化無かったし、ネットで色々検索してみたけど、ラノベとかがちょこっと引っかかっただけ。こりゃお手上げだと思って、とりあえずナカタ君の願望成就に走ったってわけ」


 翔子は俺が片手で持てるジュースを両手で持ち、ちびちびと飲みながらため息交じりに答えた。あんまり期待して無かったけど、やっぱり手がかりは無しか。


 朝起きたら男と女に分裂してしまいました、どうすれば良いでしょうかなんて掲示板で聞いても100%ネタだと思われるだろうし。そもそもこんな現象が頻繁に起こるわけが無い。


 それから暫くの間、2人でポテトを摘みながら、あーでもないこーでもないとお互いの知恵を出し合ったが、所詮2人ともおつむの出来は同じで、妙案なんて思いつきやしない。


 話している最中、翔子が持ってきた俺の携帯に、1年分の文字数を凝縮させたような長文メールが小林から来た。うんざりするほど俺と翔子の間柄を尋ねてきたので、悩んだが『従姉妹だ』とだけ打って返しておく事にした。


「いつまでもこうしてても仕方ないし、そろそろ出るか」

「そうだな。でもナカタ君、女子に丸々奢らせるのはあんまり感心しないぞ?」


 翔子は食べ終わったトレイを持ちながら、からかうように微笑する。会計を済ませたのは俺だけど、こいつも俺の半身なんだから、一応こいつの金でもあるのだ。ってことは、今後暫く2人分の金が掛かるってことか? やべぇな。割と切実な問題になってきたかもしれん。


「あれ? ジュースまだ殆ど残ってるじゃん。飲まないのか?」

「もう飲めない。ナカタ君飲んでいいよ」


 いつものノリで俺が普段飲むサイズを注文してしまったが、今の翔子には大きすぎたみたいで、まだ三分の二くらい残っていた。そういえばポテトも殆ど俺が食っていた気がする。


 勿体無いので、翔子の飲み残しのストローに口をつけようとした時、不意に謎の殺気を感じ、咄嗟に俺は辺りを見回した。


 すぐ横の席に、憎しみに満ち満ちた、俺と同じ制服を来た男子学生2人組が座っていた。俺と視線が合うと、彼らは慌てて目を逸らす。よくよく見回すと、周りに居た他の男共も、大なり小なり似たような雰囲気をかもし出している。一体何なんだ? 良く分からないが、さっさと退散したほうが良さそうだ。


「あ、ちょっと待ったナカタ君! あんまり急ぐと……ひゃっ!?」


 俺が急かせたせいで、バランスの安定していない翔子がまた転びそうになったが、幸い俺が先導していたので、今回はぎりぎりのところで抱き止められた。お陰で翔子に怪我は無い。


 それは良い――良いのだが、店の雰囲気が、まるで西部劇のならず者が集う酒場みたいな雰囲気になってきたので、俺たちはそのまま逃げるように店を出た。この店には暫く来ないほうがいいかもしれない。うう、帰りがけに立ち寄るにはちょうど良かったのに。


「さっきも言ったけどさ、私、まだこの体に慣れてないんだよ。足もサンダル履きだし、物凄く歩き辛い。そりゃいきなり押し掛けた事は謝るけど、もうちょっと配慮してくれないか?」


 店を出た翔子は、ちょっと不満そうに口を尖らせる。


「別にもう怒ってないし、さっきのは俺が悪かった。でもよ、お前の歩く速度に合わせてたら、帰るまでに日が暮れちまうぞ? バス停に戻るか?」

「うーん、いつ元に戻れるか分かんないし、金は1人分を2人で使わなきゃならない訳じゃん? なるべくなら温存しておきたいよなぁ……あ、そうだ! いいこと考えた!」


 翔子は表情を輝かせた。俺が言うのも何だが、こんなダサい格好をしているのに、笑った顔はひまわりがぱっと花開くみたいで本当に可愛い。これで俺じゃなかったらよかったのだが。


「ナカタ君。ポケットに手を突っ込みたまえ」

「良く分からんが、こうでいいか?」

「そうそう、それでこれをこうして、と」

「お、おい! 何やってんだ!?」


 俺がポケットに手を突っ込んで出来た輪っかの部分に、翔子はしがみつくように自分の腕を絡ませた。俺はそんなに背が高いほうでもないが、それでも翔子とは頭一つ分くらい差があるので、翔子が俺に体重を掛けて密着し、それを俺が支える形になる。


「電車のつり革みたいなもんだよ。ナカタ君、ちょっとゆっくりめで歩いてみて」

「……………………」


 翔子に言われるがままに、俺が少し歩幅を縮めて歩いてみると、翔子は今までのゆらゆらとした足取りではなく、実に安定した足運びで歩きだす。


「おお、やっぱりすっごく歩きやすい! 頼むナカタ君、このまま私を家までエスコートしてくれ」

「はぁ!? 何で俺が俺と腕を組んで仲良く帰らないとならねぇんだよ!」

「しょうがないだろ! だってナカタ君に寄りかかりながら歩くと、凄く歩きやすいんだ。頼むよ、1人だと慣れない雪道を歩くみたいな感じで、いつ転ぶか凄い怖いんだよぉ……」


 翔子は情け無い声で、上目遣いに懇願する。俺は俺の体のままだから何の違和感も感じないが、翔子はいきなり女の体になってしまったのだ。俺がもし翔子の立場で、他に頼れる人間が俺しか居なかったら、俺は俺を頼るだろう。俺が俺の味方で無くなること、それはきっと良いことじゃないはずだ。


「……家に帰るまでだからな」

「サンキュー! 助かるよナカタ君! お礼に晩飯は好きなものを奢ろうじゃないか」

「だから俺の金だっつーの!」


 密着しながら歩道を歩く俺たちを、後ろから一台の自転車が追い抜いた。乗っていたのは俺たちと同じ高校生だろうか。彼が俺たちを追い抜く際に、舌打ちするのが聞こえてきた。


「そういえばさ、さっき店で凄い形相で睨まれたじゃん?」

「ん、ああ。翔子のジュースの残りを飲もうとした時か」

「今気付いたんだけど、あれさ、多分間接キスに見えたんじゃない?」

「う……」


 俺は自分の飲み残しを処分するくらいの感覚だったのだが、傍から見たらどう見えただろう。彼女の余ったジュースを飲むバカップル。そんな風に見えてもおかしくなかったのかもしれない。


 そして今、俺と翔子は体を密着させた状態で、歩道を占領するように歩いている。そうしないと満足に歩けないのだから仕方ないんだけど、それは俺たちの都合であって、周りからどう見えているかは想像に難くない。


「揉め事が起こる前に帰ったほうがよさそうだ……」

「うん……」


 そんな会話をしながら、俺と翔子は寄り添うようにして帰路についた。翔子の歩幅に合わさないといけないので大分ゆっくりではあるが、先ほどまでと違い、俺という支えを得た翔子の歩き方は随分と安定している。


 日は若干傾いているが、夕暮れまでには家に辿り着くだろう。長い一日が終わるまでには、まだ少し時間が掛かりそうだった。

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