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第2話:とんでもねえ、待ってたんだ

「しっかし、本当一体何なんだろうなぁ……」


 通学バスに乗るために大通りの道を歩きつつ、俺はため息混じりに独り言を言った。空は新緑の季節にふさわしく晴れ渡っているのに対し、俺の気持ちは沈んでいる。


 この時間帯だと俺と同じバス亭に向かう学生や、通勤に向かうであろうスーツ姿の大人を結構見かけるが、この中に自分がもう1人増えて、しかも女になったという人間がどれだけいるのだろうか。居るわけないだろ、そんなもん。


「冷静になって考えたら、まずい事したんじゃねぇか俺?」


 あんまりにもあんまりな非現実的な状況について行けず、殆どノリと流れで翔子――もう1人の俺だと主張する少女を家に置き去りにしてきてしまったが、はっきり言って軽率だった。


 そりゃ俺しか知らないような情報も持ってはいたかもしれないが、実は熱狂的なストーカーで、俺の行動を俺よりも正確に把握していたという可能性もある。


 んなわけ無ぇだろと自分でも思うのだが、少なくとも俺がもう1人増えたと考えるよりはよっぽど現実的ではないだろうか。携帯とか貴重品とか軒並み置いてきてしまったし、何気にまずいかもしれない。


「やっぱ今から帰ったほうがいいか? あいつが何をしでかすか分からんし……」

「おい、何1人でぶつぶつ騒いでんだ?」


 声のした方を振り向くと、そこには1人の男子学生が立っていた。短く刈り上げた短髪、中肉中背に平凡な顔、シンプルに言うとモブ顔な男。中学からの俺の友人、小林だ。


「よぉ小林。相変わらず今日も凡人な面構えだな」

「うるせーな。お前だって人のこと言えないだろ。それに朝の挨拶はおはようだ。パパとママの教育が足りなかったのか?」


 お互いそんな軽口を叩きながら、小林は俺の横に並んだ。こいつとは中学1年からの付き合いで、何となく気が合ったし、頭の出来も同じくらいだったので高校も同じ。しかもクラスまで一緒というなかなかの腐れ縁だ。ついでに家も近いので、俺と同じバスで毎朝学校へ通っている。


「小林、お前の顔はもう見飽きたと思ってたんだが、普段どうでもいいと思っていたものが、突然ありがたく思える時ってあるんだなぁ……」

「中田、お前何気にすげぇ失礼な事言ってるぞ? あれか? 確かお前ん家、両親週末まで居なかったよな? 本当にパパとママが恋しくなったとか?」

「ちげーよ! ただちょっと朝からサプライズがあってちょっとブルーになってるだけだ。気にすんな」

「ま、どうせお前の事だから、ネットでエロ画像漁ってて、ウイルス感染でもしてブルーになってんだろ? お互い彼女なんて居ないからその気持ちは良く分かるが、海外のエロサイトはウイルスが多いらしいぞ? あ、バス来た」


 俺がどう反応したものかと考えていると、空気を読んだようにバスがやってきた。小林はさっさと乗り込んだが、俺は翔子をどうしたものかと迷いつつ、後ろで待っている乗客の無言の圧力に負けて、結局しぶしぶと乗り込んだ。


 バスに20分程揺られている間、小林がいつもの調子でくだらない話をしてきたが、生憎今日はそんな話に乗る気にならず、俺は曖昧に相槌を打っていた。


「そういや今日、小テストだったよな? 中田、お前それで学校来たくなかったとか?」

「お前と一緒にすんな。俺は一応ちょっとは勉強したし、生物は割と得意なんだよ」


 学校最寄のバス停に降り立つと、小林が憂鬱そうに小テストの話題を出してくる。お互い勉強がそれほど得意じゃない上に、小林はどちらかというと文型の科目のほうが得意なので、今日の結果を予想すると俺よりもっと陰鬱な気持ちになるのだろう。


「今日はお前の方に軍配が上がるだろうが、あくまでこれは小テストだからな? 最終的な勝負は夏休み前の期末テストで決まる。そもそも学校の勉強で勝負を決めるなんてバカバカしいと思わないか?」

「いきなり何言ってんだお前は?」

「いやさ、高校入って最初の1年間は良かったんだよ。お前と一緒なのはムカつくこともあるけど、まあまあ楽しいし、クラスの連中も嫌いじゃない。でもな……」


 小林はそこまで言って、呼吸を整える。後に続く台詞は大体予想できる。


「女! 女子が居ないんだよ! 何で俺たちは男子校なんか選んじまったんだ! 嗚呼、俺の馬鹿! 何で男子校には1人も女子が居ないんだ! 中田、お前もおかしいと思うだろ!?」

「掃除のおばちゃんとか、保健室のおばちゃんとか、あと学食のおばちゃんとか居るだろ」

「おばちゃんばっかじゃねーか! あれは生物学的に女のカテゴリーってだけで、同じ魚類でもマグロとグッピーは違うだろ!」


 全世界のおばちゃんに袋叩きにされそうな台詞を小林は熱く語る。いつもなら小林のノリに合わせてやるのだが、心労のせいかどうにもテンションが上がらない。


「あー、まぁな……」

「中田、何かお前本当に調子悪そうだな……親が居ないからって店屋物ばっかり食ってるんじゃないだろうな?」

「店屋物以前に朝飯食ってねーんだ。そのせいでテンション低いっつーか……」


 まぁ小林ほどがっついては無いが、俺も、というか男子校の学生なら似たような考えは多かれ少なかれ持っているだろう。高校1年の時はしっぽの消えないカエルの如く、中学生感覚から脱却しておらず、新しい生活に慣れるので精一杯だった。


 2年にもなると余裕が出てきて異性を意識し出す。そして気付いた頃には女子高生は未知の世界へ。人生とはままならん物だ。


 ちなみに念のため、回りにおばちゃんが居ないか辺りを見回したが、幸いにも存在しなかった。関係ないけど、おばちゃんから見たら男子高校って逆ハーレム状態なんだろうかね。


「まぁいいけどよ。あんまりしんどかったら保健室でも行けよ。じゃ、行こうぜ」


 小林とくだらない話にかまけている間に、俺たちはいつの間にか校門の前まで付いていた。先を歩く小林の背中を見て、翔子の事をこいつに相談しようかとも考えはしたのだが、俺自身が現状を全く把握していないので、結局話はしなかった。



 そこから先は特筆する事も無い。何と言うか、本当にいつも通りの1日だった。クラスの連中と適当に話をして、小林に授業の合間合間に絡まれて、朝の出来事なんか無かったんじゃないかと思う、そんなありきたりの日常……のはずだった。


「あれ? 何かおかしいな……?」


 違和感に気づいたのは午後になってからだ。今日の小テストは午後の最後、科目は生物。あくまで小テストなので別に成績に影響するわけではないのだが、こういう所でサボると後々しっぺ返しがくるのは昨年学んだので、今回はある程度は予習していた。それに生物は割と得意な方だ。にも拘らず、実際にテストが開始してみると、何だか上手く頭が働かない。


 朝飯を抜いた分、昼飯は学食でがっつりリカバリーしたのだが、相変わらずだるさが抜けない。むしろ食いすぎたせいで頭の回転が鈍ったのかもしれない。


 別に痛いとか苦しいとかは無いが、もやもやした物が纏わり付いているような、体の芯がブレるというか、何とも言えない奇妙な感覚がずっと取れない。


「何つーか……ビミョー……」

「何だよ中田、お前、生物は得意なんじゃ無かったのか?」


 小テスト終了後に教科書で自己採点をしてみたのだが、案の定ケアレスミスをしまくっていた。これじゃギリギリ合格点行くか行かないかと言った所だ。


「今日は朝から色々想定外の事が多くてな、脳みそのリソースをテストに割く余裕が無いんだよ」

「小テストなんかどうでもいいじゃん。今は終わったことを喜ぼうぜ?」


 小林は上機嫌だ。普段生物の授業で負けっぱなしだが、今回はいい勝負が出来た事を喜んでいるようだ。近いうちに国語の小テストもあるので、トータルだと俺が負ける確率が高い。別に大した問題じゃ無いのだが、こいつに負けるのは何となく悔しい。だが今はそれどころではない。


「小林、俺、今日は真っ直ぐ帰るわ。ゲーセン行くのはまた今度な」

「えー、付き合い悪ぃなおい。そんなに体調悪いのか?」

「体調っつーか、その、今日はちょっと別件で用事があるんだよ」


 行きは登校時間の関係でバス通学しているが、帰りは俺と小林の2人で歩いて帰ることが多い。帰りのバス代を浮かせて、その分ゲーセンやコンビニに行ってだらだらと帰るのがいつの間にか日課になっていたのだが、今日はもう1人の俺が女になって家で待っているとは流石に言えない。


「しょうがねぇなぁ。中田、お前急ぎならバスだろ? たまには俺もバスで帰るわ」

「別にいいけどよ、別に俺と帰る必要ないだろ? ホモなのか?」

「気色悪い事言うな。1人で歩いて帰ると微妙に距離があって退屈なんだよ。それとも何だ? 俺が付いていくとまずいことでもあんのか?」

「いや、別に無いけどさ」


 そんな会話をしつつ、俺と小林は、教科書の入っていない、やたらと軽い鞄を担いで教室を出た。授業終了直後なので、教室無いにはまだ結構な人数が残っていたが、俺は内心かなり焦っていたので、いつもより早足になる。


「なぁ中田、お前やっぱり今日変だぞ? 何か大事な用事でもあんの?」

「大事っちゃあ大事なんだけどさ……」

「まさか彼女でも出来たとか? そんで待ち合わせに遅れそうでやばいとか?」


 小林はにやにやと笑いながら軽口を叩く。


「お前、分かってて言ってるだろ」

「当たり前だろ。お前に彼女なんか出来るなんて非常識な事が起こったら、俺はこの世界で何を信じて生きていけばいいんだよ?」

「そこまで言うか!」


 空しさがこみ上げてくる会話をしながら、俺たちはいつも通りに階段を下り、下駄箱で靴を履き替えて校舎を出る。グラウンドには、これまたいつも通り運動部の連中が居たが、どうにも様子が違う。


 何というか、普段より浮き足立ってるというか、皆やたらと校門の辺りに視線を向けているのだ。小林もその様子に気が付いたようで、少し目を細めて校門の方を見た。


「おい、誰か居るぞ? ジャージ着てるっぽいけど、あれ俺らの中学のじゃねぇ?」


 俺も小林の視線に引きずられるように目を向ける。校門の前には、ジャージを着た奴が一人で突っ立っていた。紺色の野暮ったい――色合い的にうちのジャージに間違いないだろう。


「あれ? 何かあいつこっち来てねぇか? ……って、女の子!?」


 小林が言うように、校門に立っていた奴はこちらに気が付くと、中学生のジャージを着ているくせに堂々と高校の敷地に潜入してきた。遠目からではいまいち判別が付かなかったが、どうも女の子のようで、小走りに駆け寄ってくる動作が何となく子犬を連想させる。


 見慣れたジャージに身を包み、見慣れた――余りにも見慣れたあのジャージ――ていうか、あれ――


「やぁ、待ってたよナカタ君!」


 サイズの合わないダブダブのジャージを着た、小柄なショートカットの女の子――もう1人の俺である翔子は、俺たちの元に駆け寄りながら、俺に対して眩しく微笑みかけた。

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