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【番外編】ミッション・オブ・ブラジャー(後編) ~喫茶店の攻防~

 翔子に押し込まれるような形で、俺達は喫茶店へと足を踏み入れた。

 外装同様、店内も落ち着いた雰囲気で、テーブルから椅子まで全てアンティーク家具の木造。

 天井には木で出来たプロペラみたいな奴がぐるぐる回っていて、少し古風な喫茶店という感じでなかなかに好印象だ。


「いらっしゃいませー」


 俺達がドアを潜ると、カウンターの奥にいた女性店員が小走りで俺達に近寄ってきた。

 真っ白なエプロン姿と、それとは対照的な綺麗な黒髪を後ろに束ねている可愛らしい子だが、やたら若い。

 下手すると中学生くらいに見えるけど、働いてるってことは最低でも高校生か。


「あの、このチラシ見て来たんですけど」


 翔子は先ほど俺が破り捨てたくなった、(くだん)のクソチラシを店員に見せる。

 店員の顔を見て一瞬固まった後、不意に辺りを見回す。


「ああ、これね。単なる割引券じゃなくて彼氏が居ないと駄目なのよ」

「彼氏ならいるよ」

「え、どこ? 外で待ってるの?」

「こいつ」


 俺の事をこいつ呼ばわりしつつ、翔子は親指でぶっきらぼうに俺を指差す。

 その瞬間、女性店員は野生の猿がいきなり目の前に飛び出してきたのを目にしたように驚く。


「えっ、これ?」

「うん、まあ。ナカタ君って言うんだけど」

「え、やだ……嘘でしょ? 信じられない。何で貴方みたいな可愛い子が、こんなのと付き合ってるの?」

「お前ら、さっきから人のことボロクソ言ってんじゃねえ」


 店長さん、こんな奴に接客業やらせちゃ駄目だって。

 さすがに温厚な俺といえど、この扱いはあんまりだろう。

 つい大声をだしてしまったが、半端な時間帯なのに割と客が入っていて、客席から一斉に視線が向いてきたので慌てて黙る。

 いや、翔子と俺が外見では釣り合わないくらいは自覚しているが、さすがにここまで罵倒されたら腹が立たないはず無いだろ。

 大体、俺と翔子は中身は同じで、こいつが偽装表示されてるだけだ。


「あんた、この子の弱みを握って脅迫してるんじゃないでしょうね」

「人聞きの悪い事を言うな。俺と翔子は健全な付き合いをしてるんだ。さあ、観念して俺達をテーブルへ案内してもらおうか」

「くっ、世の中間違っているわ」


 間違ってるのはお前の接客態度だよと内心で突っ込みを入れつつ、態度の悪い店員が俺と翔子をしぶしぶ二人用の席へ誘導する。

 場所は端の席で、翔子は明るい日差しが差し込む暖かい方、俺は壁側の暗くてひんやりした席に強制的に座らされる。

 この野郎、絶対狙ってやがる。


「飲食店の癖になんつー態度だ。もう二度と来てやんねーぞ」

「別に来なくて良いわよ。あ、でも可愛い子は歓迎だから、あなたは来ていいわよ」

「あははは……」


 翔子に対しては180度違う態度で接するクソ店員め。

 だが残念、そいつも俺なのだ。

 翔子も反応に困っているらしく、曖昧に笑って応えている。


「ねえ、あたし八重樫慧(やえがしけい)って言うんだけど、あなたの名前は?」

「私? 翔子だよ。春川翔子って言うけど」

「翔子ちゃんね。その制服、あたしと同じ中学の奴なんだけど、もしかして転校生?」

「うん。近いうちに転入する事になってるんだ。2年生だけどね」


 翔子がそう言うと、八重樫と名乗った店員がぱっと顔を輝かせた。


「そうなんだ! 私も2年なのよ。私、同じ学校の美少女は全部チェックしてるんだけど、あなたは見たこと無いからおかしいと思ったのよー。一緒のクラスになれると良いわね」

「え、ああ、そ、そうだね」


 急にフレンドリーになった八重樫は、若干引き気味の翔子の両手を掴み、ぶんぶんと振り回す。

 ……ん、ちょっと待った。


「おい、ちょっと待て」

「何よ? ええと、ダルメシアンだったっけ?」

「中田だっつーの! つーかお前、中学生のくせに何バイトしてんだよ。法律違反じゃねーのか」

「ここ、あたしのお父さんの店なのよ。だからバイトじゃなくて家事手伝い。まあ、あたしは注文取るだけなんだけど」


 そういや、ここの喫茶店の名前YAEGASHIだったっけか。

 どうりで傍若無人に振舞ってる訳だ。

 地の利を生かしてやりたい放題しやがって。


「ねえ、それよりあんたさ、こんな可愛い子ととどうやって付き合ったのよ? やっぱり暴力?」

「普通にだっ!」

「嘘よ。どうせ人に言えないような手段で付き合い始めたのよ。私には慧眼があるのよ、慧だけに」


 確かに嘘ではあるのだが、お前の目は節穴だ。

 まあ、ある意味で翔子との関係は人に言えないのだが。

 しかし、本当に態度悪いなこいつ。

 初見の相手にここまで言う奴は中々居ないぞ。


「ナカタ君はそんな事しないよ。確かに見た目はふつ……まあ微妙かもしんないけど、一生懸命探せばいい所もあるんだから」


 見かねた翔子が俺の援護射撃に入ってきた。

 俺が悪く言われるという事は、中身が俺である翔子にもダメージが入るのだから当然だ。


「仕方ないわね。ま、今回はそういう事にしておくわ。あたしでよかったら何でも相談に乗るからね」

「それよりさ、私達お腹空いてるから、注文お願いしていいかな?」

「そうだ。いつまでも俺達に張り付いてないで仕事しろよ」


 八重樫のあんまりな態度にすっかり忘れていたが、俺達は休憩するためにこの店に入ったのだ。

 半額だか何だか知らんが、こんな店、さっさと食ってとっとと退出しよう。


「ちっ……かしこまりました」

「舌打ち聞こえてんだよ。俺達は客だぞ」

「翔子ちゃんは良いけど、あんたはおまけよ。今日だけは翔子ちゃんに免じて、特別にうちで食べる事を許可するわ。で、何頼むの? どうせ一番安いケーキセットでしょ。あんたの貧相な顔を見れば分かるわ」


 なあ皆、俺キレていいよね?

 もう休憩とかはどうでもいい。少しでもこいつにダメージを与えなければ俺の気が済まん。

 よし、ここは敢えて一番高い奴を食ってやろう。

 それも普段は他の客がなかなか頼まないような奴がいい。

 たいていの場合、その手の豪華メニューは店の箔付けみたいに採算度をあまり考えずに置いている筈だ。

 それなりにコストが掛かっている物を、普段の半額で提供せねばならんのだ。

 ふはは、ざまあみやがれ。


「よし、じゃあこのスペシャルゴールデンパフェとかいう奴を注文してやろうじゃねえか!」

「「え?」」


 注文を取る紙を持つ八重樫と、横で座っていた翔子の声がハモる。

 

「ナカタ君? それ、物凄く高い奴だけど大丈夫なの?」

「大丈夫だ。問題ない」


 俺は口元を歪ませながら、出来る限り余裕の表情で言い放つ。

 確かに俺も痛手を負うが、半額ならまだぎりぎり耐えられるレベルだ。

 例え翔子のブラジャーを犠牲にしても、この八重樫とかいう生意気な店員を少しでも苦しめたいという願望が俺の中で最優先事項になっている。

 (おとこ)たるもの、絶対に引けない戦いという物があるのだ。


「あんた、本当にそれでいいのね?」

「くどい。武士に二言は無い」

「武士って何よ。ま、良いわ。せいぜいあの世で後悔するといいわ」


 悪の魔女みたいな台詞を残し、八重樫は踵を返し厨房へと消えていった。


「ねえナカタ君」

「ん?」

「その、なんとかパフェとかいう奴、1つしか注文しなかったけどいいの?」

「あっ」


 しまった。売り言葉に買い言葉みたいな感じで注文したせいで、2つ頼むのを忘れてた。

 というか1個の値段が高すぎて、脳が2つ頼むのを無意識下で拒否していた。

 やべえ、俺すげえ間抜けじゃん。

 

『おほほ、あんたみたいな貧相な男は、半額商品すら一つしか頼めないのね』とか言いながらパフェを持ってくる奴の姿が脳裏に浮かんび、俺はテーブルに突っ伏しながら両手で頭を抱えた。

 くそっ、何という失態だ。


「どうする? 今から八重樫さん呼びなおす?」

「それは負けを認めたことになるから嫌だ」


 仕方ない。ここはプランBに変更だ。

 優秀な軍師は、不測の事態でも最良の手段を打てるものなのだ。

 ただの行き当たりばったりでは断じてない。


 プランBの概要はこうだ。

 本当は俺も食いたいのだが、パフェはあえて翔子に譲る。

 そして即座にこう言うのだ。

 『俺は彼女が楽しそうに食べるのを見ているだけで満たされるんだよ』と。

 これで俺の器のでかさをアピールできる。

 これだ、この作戦で行こう。


「どしたのナカタ君? 何か凄い神妙な顔してるけど」

「いや、何でもない。魔女に対抗する作戦を練っていた所だ」

「魔女って……」

「お待たせしました。スペシャルゴールデンパフェでございます」


 さほど時間も経たないうちに、手際よく巨大なパフェが運ばれてきた。

 なんていうか、名前と値段に負けない凄まじいボリューム感だ。

 普通のパフェが入ってるグラスより倍以上でかい。

 女性が好みそうな綺麗にフルーツがふんだんに盛り付けられていて、お菓子版ラーメン二郎といった感じなので、俺の中でスイーツ三郎と名付ける事にした。


 いや、三郎はどうでもいい。

 ドヤ顔をしているはずの八重樫に迎撃体勢を取らねばならん。

 奴が運んできたトレーからパフェを受け取ろうとした時、ある異変に気付いた。

 八重樫の奴、何故か渋面を作ってやがる。


「あんた、とんでもない事をしてくれるわね」

「え、な、何が?」

「とぼけんじゃないわよ。翔子ちゃんと二人で食べるために、わざと一つしか注文しなかったんでしょ!」


 あー、そう来たか。

 よく見るとパフェは一つだけど、スプーンはしっかり二人分用意されている。

 これは想定外だったが、八重樫にダメージを与えられたのだから結果オーライだ。

 全く、戦場ってのは次から次へと予想外の事が起こるもんだ。


「じゃあ、どうぞごゆっくりお召し上がり下さい。あ、ナカタはさっさと帰っていいわよ」


 八重樫はそう言うと、不機嫌そうにテーブルの真ん中に巨大なパフェを置き、どさくさに紛れてそっと翔子の手を握りつつスプーンを手渡す。

 一方、俺用のスプーンは、俺が食べる側にエクスカリバーの如く突きたてた。

 いや、これは聖剣の差し方じゃない。

 墓とかに備えるご飯に立てる箸だ。


 俺が文句を言う前に八重樫は電光石火の速さでテーブルから退避し、他の客の所に行ってしまった。

 他にもカップルらしき奴らも居るのだが、他の客にはにこやかな笑顔を振りまいているのが遠目からでも分かる。

 くそ、一体なんなんだあいつ。


「何だか、えらい店に来ちゃったねえ」

「訳わかんねーよ。あいつ一体何なんだよ」

「よく分かんないけど、あんまり係わり合いにならないほうが良さそうだね」


 俺と翔子は微妙な雰囲気に包まれながら、巨大なパフェに口を付け始める。

 確かに隠れた名店というだけあって、ボリュームがある割にあまりしつこい甘さが無く、味は確かに美味い……のだが、いかんせん接客が壊滅的だ。

 楽しみにしていたはずの翔子も、先ほどまでの空気で縮こまってしまい、結局二人で黙々と糖分を摂取しているうちに、いつの間にかパフェは無くなっていた。


「じゃあとっとと店出るか。翔子、お前ももういいだろ?」

「うん。何か逆に疲れた」


 八重樫からしたら冴えない彼氏を糾弾していただけなのだろうが、翔子は俺の半身なのだ。

 俺の至らなさを突かれれば、翔子だって何とも言えない気持ちになる。

 つーか、カップルイベントやってる店が険悪な雰囲気を作ってどうすんだよ。

 あの企画考えたのは八重樫の両親なんだろうが、明らかに人選ミスだ。

 短期間でも別のバイト雇えばいいのに、何であんな奴にやらせてるんだろうな。


「会計お願いしまーす」


 翔子が入り口で叫ぶと、店の奥のほうでテーブルを拭いていた八重樫が、凄まじい勢いで入り口のレジのところに戻ってきた。


「何だぁ、もう帰っちゃうのね。ねえ、あたしと同じ中学だし、よかったら連絡先教えてくれない?」

「え、いや、あの、それは……」


 八重樫は翔子の両手を掴んで、目をきらきら輝かせながら懇願する。

 翔子が引いてるのにもお構いなしなので、さすがに俺が割って入る。


「お前な、いくら自分ん家の店でもさすがに態度悪すぎるだろ。大体、カップル半額イベントなのに引き裂くような真似してどうすんだ」

「当たり前よ。引き裂くためにやってるんだから」

「なん……だと……?」


 凄まじい事を言い放ちやがりましたよこの小娘。

 俺と翔子が固まっているのを見て、八重樫は何故か得意げに続ける。


「あたしね、可愛い女の子が大好きなの。そんな可憐な子が、臭くて汚い男の毒牙に掛かるなんて黙って見てられないのよ。だからこうしてビラを撒いて、うちに来た子を吟味してリサーチしてたってわけ。いわば撒き餌ね」


 あのクソみたいなチラシはこいつが作ったのか。

 てっきり親御さんが考えた企画だと思ったのだが、諸悪の根源はこいつだったらしい。


「でもね、可愛い女の子でも、私の慧眼に叶う美少女って中々居ないのよ。だから翔子ちゃんが来たとき、これは運命だと思ったわけ。ナカタとか言ったわね。そういう訳だから、あんたの彼女、あたしが貰うから」


 何がそういう訳だからだ、アホかこいつ。


「知るか! 行くぞ翔子」


 これ以上相手にしてると色々おかしいことになりそうだったので、俺は叩きつけるように金をレジに突きつけ、そのまま翔子の手を掴んで引っ張り出す。


「え、あ、じゃあ、ごちそうさま」

「くっ……! 手なんか握っちゃって! いい、ナカタっ! 翔子ちゃんは絶対にあたしのハーレム計画のセンターに入れるんだからね!」


 きいきい喚く八重樫を尻目に、俺と翔子は逃げるように喫茶店を後にした。

 この近辺には暫く近寄れないな。

 なんだか最近、俺達が行ける店がどんどん少なくなってる気がするが気のせいだろうか。


「はー、えらい目にあったねぇ」

「お前があの店に入ろうなんて言うからだぞ」

「しょうがないじゃん。あんな店員が居るなんて書いてなかったし。むしろ看板娘が居るみたいな事書いてあったし」


 あの八重樫とかいう女、普段は可愛い看板娘に擬態しているのだろう。

 そして自分の獲物となる美少女と、それを邪魔する男を補足すると、ひそかに忍び寄り、唐突に牙をむいて狩りをする恐るべきハンターだ。

 翔子とは学校が同じらしいし、決して油断してはならない相手と出会ってしまった。

 

「あーもう、今日はやる気が失せた。帰るぞ」

「休憩に入ったのに、余計疲れちゃったねえ」


 高い金を払って食ったパフェは美味い事は美味かったが、精神的な面を考えるとコストに見合わないし、本当は翔子の下着を買いに行く予定だったのだが、とてもそんな気にはなれない。

 仕方ない、今日は帰還せざるを得ないな。


「ねえ、ナカタ君」

「何だよ?」

「その、私達ってやっぱり付き合ってるように見えるのかな?」


 いきなり翔子が訳の分からない事を言い出したので、俺は面食らってしまう。

 でも翔子の表情はひどく真剣で、冗談で言っているわけではないらしい。


「いきなり何言ってんだよ。俺はお前だぞ? 禁断の恋ってレベルじゃねえぞ」

「で、でもさ、私達って設定は従姉妹同士な訳じゃない。てことは、結婚とかだって出来るわけだよね?」


 八重樫の野郎……あのパフェにやばいクスリでも盛ってたんじゃねえだろうな。

 俺の考えを見透かしたのか、翔子が不機嫌そうに眉を吊り上げる。


「真面目に考えてよ。私達って、もともとは同じ存在なんだよね? でもね、最近、少しずつだけど、私が私である事に違和感が無くなってきてる気がするんだ」

「意味がわからん」

「あのね、上手く言えないんだけど。私達が最終的に元に戻るとするじゃない? でも、元に戻るってどういう意味なのかな? ナカタ君になるのかな? 私になるのかな? それとも、同じ存在だけど、全く別々の存在になっちゃうのかなあって」

「うーん……」


 そう言われると疑問だ。

 翔子は俺の半身だから、今のところ考え方や好き嫌いにそれほど違いは無い。

 けれど、今後こんな感じで生活していけば、男と女、意思を持った存在としての差異はどんどん広がっていくのではないか。

 その時、俺と翔子はどうなっているのだろう。


「だからね。その、お互いの事を誰よりもよく知ってるパートナーなんだから、うまく付き合っていきたいって言うか……私に彼氏扱いされてナカタ君が不快に思ってるなら、それはなんか、ちょっと悲しいって言うか……」


 翔子は気恥ずかしさと不安さがない交ぜになった表情で、もじもじと俺を見上げている。

 中身は俺の筈なのだが、とても不安定で守ってやりたくなる気になるから不思議だ。

 少し悩んだが、俺は翔子のひんやりとした髪に手を伸ばし、乱暴にくしゃくしゃと撫でてやる。


「いきなり何すんのさ! あー、髪がくちゃくちゃになっちゃったじゃないか!」

「心配すんな。なるようにしかならねえよ」

「え?」

「この先どうなるかわかんねぇし、学校生活も……八重樫とか、まあ色々問題あるとは思うけど、俺は俺で、お前はお前、そんで二人とも元気にしてる。どっかのプロレスラーも言ってただろ、元気があればなんでもできるってな。付き合うとか付き合わないとか、将来の自分だとか、そんなもん生きてれば後からついてくるだろ」


 俺がそう言うと、翔子は一瞬きょとんとしていたけれど、すぐに顔を緩め、いつものへにゃっとした緩い笑顔を浮かべた。


「そっか、そうだね。ナカタ君にしてはいい事をいうじゃないか。よし、褒美として私をおんぶする権利をやろう!」

「ちょっと待て! 何で褒美なのに、俺がお前を背負わにゃならんのだ」

「ナカタ君、君は羽のように軽い女の子を背負うシチュエーションに憧れていたんじゃないの? なあに隠さなくてもいい。私は君なんだから、君の願望はぜーんぶお見通しだからね」

「ぐっ……!」


 この野郎、確かに傷ついた美少女を背負うというのは男のロマンの一つではあるのだが、この場合、中身が俺なのが問題だ。とはいえ翔子が可愛いというのは紛れも無い事実であって、翔子の外見補正から中身が俺というペナルティを差し引いて、その公式の解は……うん、いける。


「全く、重い荷物を背負わされちまったもんだ」

「私、そんなに重くないよ!」

「そういう意味じゃねえよ」

「じゃあどういう意味?」

「秘密だ」

「何それ? まあいいや、さあ、さっさと私を背負いたまえ。ナカタ君」

「はいよ」


 俺が苦笑しながらしゃがみ込むと、翔子が笑いながら背中に飛びついてきた。

 羽のように軽くは無いが、決して重くもない、ほんのりと温かい翔子の存在を感じながら、二人の住む我が家へと足を向けるのだった。

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