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第1話:寝耳に俺

 目が覚めたら知らない美少女が俺の横で眠っていた。全裸で。何を言ってるんだか分からないと思うが、俺も何が何だか分からない。いや、本当に何が何だか分からないんだから仕方ないだろう。昨夜、俺が日課のサイト巡りをして、眠った時にはこんな娘は居なかった。


「一体何なんだ……」


 呆然として俺は1人呟く。高校生である俺は泥酔するほど酒を呑むなんて事は無いし、悲しいことに同衾する女の子の知り合いなど居ない。そもそも女の子の知り合いが皆無なのだが、この際それはどうでもいい。


「う、うーん……」


 すうすうと寝息を立てていた少女が、軽い呻きと共に覚醒しだす。状況はまるで分からないが、何となくやばい雰囲気を感じた俺は、殆ど無意識にベッドから飛び出した。


 少女は眠そうに目を擦り、ぼんやりとした表情で俺の方を見る。俺と少女の視線が合わさると、少女の霞が掛かったようにとろんとした目に、徐々に理性の光が宿っていくのを感じる。


「う、うわっ! 何だ!? お、俺が立ってる!?」

「はぁ!?」


 てっきり悲鳴でも上げられるかと身構えていたのだが、開口一番、謎の少女はこれまた謎の発言を繰り出した。俺っ子なのだろうか、なんてくだらない考えが頭の中によぎったが、そんな事でも考えなければこの不条理に脳みそがオーバーヒートしてしまう。


「えーと……失礼ですがどちらさんでしょう?」

「何!? 何なんだこれ!? 俺が俺に喋ってる!? 何なんだ!? 一体何なんだよこれ!? っていうか何この格好!? は、裸!? 俺、昨日パジャマ着て寝たよ? あれ、ていうか何このふくらみ……!?」

「お、落ち着け!」


 俺はベッドの上で半狂乱になっている少女に少し大きめに声を掛ける。無論俺も落ち着いてなど居なかったが、俺以上に取り乱している姿を見て、逆に少し冷静になれた。


 少女は怯えたようにシーツに包まると、ミノムシみたいになってベッドの上で固まった。俺も立ち尽くしたまま硬直していたが、少女はただでさえ大きな目をさらに見開いて、なにやらぶつぶつと呟いている。


「何で俺が俺に喋りかけてるんだ……ああ、そういやドッペルなんとかとかいう、自分自身の姿を見ると死ぬとかいう伝説があった気がする……そうか、俺は死んだのか……父さん母さん……死ぬ前にもう一度会いたかったな……」

「いや、だからあんた一体誰なんだよ」


 ひょっとしてこの娘はちょっと頭がアレな子なのだろうか。父さんと母さんは今週末まで出張中だし、ドアに鍵は掛けておいた筈なのだが、ひょっとして鍵を掛け忘れていたのでは無いか。それでたまたま家出中のこの娘が、誰も居ない無防備な宿を見つけたと思って進入したとか……無理があるか。


「俺は誰って、俺は俺だよ、中田翔一に決まってるじゃないか!」

「決まってるじゃないかって、中田翔一は俺なんだけど……」

「俺も中田翔一なの! 昨日動画サイト見て眠て。朝起きたら俺が横に居たの!」

「…………頭大丈夫?」

「分からん。おかしくなったのかもしれない。今日は学校で小テストがあるし、試験勉強なんかしたせいで気が狂ったのかもしれない」


 その言葉に俺は面食らう。今日小テストがある事は俺のクラスの連中以外知らないし、うちは男子校なのでクラスの女子という概念が存在しない。つまり、この娘の言葉を信じるなら、間違いなくこの娘は俺自身、少なくとも俺の記憶を持っている事になる。クラスの連中の彼女とかいう線もあるかもしれないが、それはちょっと深読みしすぎな気もするし。


「な、なぁ……お前、本当に中田翔一なのか? 冗談とかじゃなくて?」

「そうなんだからしょうがないだろ……」

「よ、よし! とにかく情報を整理しよう」


 俺は勉強机の椅子を引き出し、ベッドの上で出来損ないのてるてる坊主みたいな格好になっている少女と目線が合うように座った。大分寝癖が付いているが、ショートカットの黒髪が朝日を浴びて健康的に輝いている。


 全身は殆ど見てないので分からないが、顔立ちは童顔で、全体的にかなり小柄。この娘が俺だなんて言われても誰も信じないだろう。ていうか、俺もまだ半信半疑だ。


「じゃあまず俺から行くぞ。俺の名前は中田翔一」

「年は16歳。趣味は動画サイト巡りとゲーム、兄弟は居ない。両親は今週頭から週末まで出張中。そんで毎日夜更かしして深夜までネットを漁っていた」


 少女はすらすらと答える。俺はそのまま質問を続ける。


「得意な科目は?」

「生物」

「好きな食べ物は?」

「ラーメン。こってりじゃなくてあっさり系の奴。ここ最近はラーメンたまやで晩飯を2回食べた。1回目は大盛りとタマゴ、2回目はチャーシュー。財布に入っているのは2千円。たまやのレシートは財布の2段目に今も入ってるはず」

「うむむ……じゃあ最後の質問だ。お前は貧乳派か? それとも巨乳派か?」


 うら若き乙女に投げかけるには余りにも不躾な質問であると思ったが、少女は嫌な顔ひとつせず、むしろ、わが意を得たりとばかりに形の良い口元をにやりと歪ませ、ゆっくりと口を開いた。


「おっぱい……それはおっぱいであることだけで価値がある。大きいとか小さいとか、そんな事を言っているようではまだまだ……何より、重要なのは大小ではなく、誰に付いているかということだ」

「オーケー分かった。お前は俺だ」


 ぐうの音も出ないほどの正論、というか俺と同じ思考回路を持ったこの少女、いや、中田翔一の存在を俺は認めざるを得なかった。勿論同じような考えを持つ男子諸君は多いのかもしれないが、こいつは俺の考えていることを、殆ど一字一句間違えずにそらんじた。これはもう偶然ではない、必然だ。


 俺が椅子から立ち上がり手を伸ばすと、女の俺も良き好敵手を見つけたような表情で硬く握り返してきた。


「で、どうしてこういう状況になったんだと思う?」

「俺が知ってるわけ無いだろ。俺はお前なんだから」


 女状態の俺が不機嫌そうに返事をする。ごもっともな意見だ。暫く2人して頭を悩ませていたが、同時に同じ結論に至る。


「「多分あれだ」」



 昨日、親が居ないのを良いことに、深夜まで好き放題ネットをやっていたのだが、俺と同じようなタイプの人間というのはネット上だと案外居るもので、そこには思春期の青年たちの、性別に関する怨嗟の声が蠢いている。


 曰く、男子学生と女子学生では価値が違いすぎる。曰く、女のほうが男より絶対得。曰く、来世では男ではなく2次元美少女に生まれたい。等様々だ。かく言う俺もそのうちの1人で、昨日寝る前、ため息混じりにこんな呟きをした記憶がある。


「朝起きたら突然美少女に生まれ変わってて、周りからチヤホヤされたりしねぇかなぁ。神様ほんと頼みますよ」


 そして朝起きたら美少女になっていたと言うわけだ。めでたしめでたし。


「なわけあるかぁボケェ!!」

「でも実際なっちゃったんだから仕方ないだろおぉぉ!!」


 美少女になってしまった方の俺が全力で抗議する。そりゃまぁ実際になってしまったのだが、何で俺じゃないんだ。いや、俺である事は確かなんだが、何故か俺は俺のままここにいて、もう1人の俺が美少女になっていたというカオス状態だ。神は一体何をやっているのか。


「でもさ、ありえないだろ? だって願望を言って寝るだけでなれるんなら。この世界は今頃楽園になってるし、極楽浄土も核兵器もいらないだろ? それに何で俺だけ女の子になって、お前は俺のままなんだよ?」

「んなこと俺に聞くな。とにかくなっちまったもんはしょうがないし、解決策を考えないと」

「解決策って……?」

「……………………」


 当然思いつく訳が無い。そもそも原因が分からないのに対策を練るというのは無理がある。女状態の俺も同じ事を考えているのか、二人して押し黙る。このまま睨めっこしていても無駄に時が過ぎるだけなので、半ば無理やりに俺はベッドの上の俺に切り出す。


「とりあえずさ、俺が二人も居たらややこしいだろ? 呼び方を考えないか?」

「うーん、そうだなぁ。とりあえずその位しか今出来ること無さそうだし……」

「よし、じゃあお前の事は翔子と呼ぶことにしよう」

「父さんが俺が女だった場合に付けようとした名前か、仕方ない、それでいいよ」

「あと、その俺っていうのもやめようぜ。俺が俺っ子をそんなに好きじゃないの知ってるだろ」

「お、おう……」


 さすが俺、話が早くて助かる。


「じゃあ俺……じゃなかった、私はお前の事はなんて呼べば良い?」

「別に好きに呼べばいいだろ」

「俺が俺の名前を呼ぶのは何だかな……よし、お前の事は、ナカタ君と呼ぶことにしよう」

「まぁそれでいいか。さて、翔子よ」

「何だナカタ君?」


 お互いの立ち居地がほんの少しだけ決まり、俺たちはようやく落ち着いてきた。精神的に余裕が出てきたので、次のステップに進むべきだろう。俺の思考を全く同じ作りになっている翔子も、俺の考えていることに気づいたのか、少し嫌そうな顔になる。


「単刀直入に言う。お前のおっぱいを揉ませろ」

「まぁそうなるわな……こう言うのも何だが、お前キモいぞ」

「だってさ! せっかくこんな状態になったわけだし、欲望は叶えておきたいじゃないか! お前も俺なんだから分かるだろ!?」

「分かる! 分かるけど! すっごい分かる! でも俺……じゃなかった私は揉みたいのに揉まれる側であって、得するのはお前……ナカタ君だけじゃないか!」

「翔子は自分に付いてるんだから、後で好きなだけ揉めばいいだろ!」

「なってみて分かったけど、自分に付いてるのと人に付いてるのとじゃ全然違うの! 何で私が女になって、ナカタ君は俺のままなんだ!」

「うるせー! 俺が俺のおっぱい見て何が悪いってんだよー!」

「やめろおおおぉぉぉぉおお俺ええぇぇえぇ!!」

「ジリリリリリリリリリリリリリ!!!!!!!」


 俺同士の欲望丸出しの不毛な会話をこれ以上聞きたくないと言わんばかりに、セットしておいた目覚ましが今頃になってけたたましい音を立てる。寝耳に水どころか寝耳に俺というサプライズのせいで、何時もより相当早く起きてしまっていた事に、俺達は今更気がついた。


「今日は金曜日で小テストがあるだろ、よしナカタ君、お前が学校行け」

「はぁ!? お前も俺なんだし。何で俺が一人だけ学校に行かなきゃならないんだ?」

「アホか。俺今こんな格好なんだぞ。学校に行けるわけないだろ!」

「ぐっ……!」


 これに関しては翔子の方が正論だ。言葉に詰まった俺は、仕方なく制服に着替える準備をする。正直学校なんか行ってる場合じゃないと思うのだが、こんな状況を世界の誰に何と相談すればいいのか。


 それに、2人でここに居ても多分碌なことにならない。ここは一旦理由をつけて離れたほうがいいだろう。三十六計逃げるに如かずだ。


「とにかく、ナカタ君は学校に行ってくれ。私は私なりに、元に戻る手がかりが無いか調べておくからさ」

「とか言って、お前引きこもってネットやりまくる気満々だろ」

「そ、そんなことしないよぉ?」

「声が裏返ってるぞ。俺が翔子の立場だったら『どうせ原因が良く分からないし、調べるのはそこそこにして家でだらだらしよう』って考えるぞ。どうだ? 当たってるだろ?」

「……ばれちゃあしょうがねえ」


 本当にこいつ、俺と同じ思考回路でげんなりする。可愛い系の少女の外見だから大分和らいでいるが、翔子側から見たら俺ってどんな感じなんだろうな。


「つーかね、現状だと情報が無さ過ぎてネット漁るくらいしかないじゃん。大丈夫、ちゃんと調べられる範囲で調べ物はしておくからさ」

「まあな……」


 それ以上の会話は不要だと思い、俺は重い脚を引きずるように家を出る。まだ完全に状況を飲み込めた訳ではないが、翔子は俺なのだ。俺が俺だったら、とりあえず自分に関する情報を可能な限り調べるくらいはするだろう。それくらいには俺は俺を信頼している。


「あ、朝飯食うの忘れた」


 朝から凄まじい状況に巻き込まれたせいで、朝飯を食うなどという思考は空の彼方にぶっ飛んでいた。翔子の方は多分これから朝飯を食うのだろうか、それとも慌ててネットで同じような状況の人を探すだろうか。


 俺と同じ人間であるはずなのに、どういう行動をするかは完全に憶測に過ぎない。そんな状況に苦笑しながら、まだぐるぐる回る思考を抱え、俺は学校へと足を向けた。

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