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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

彼らの選択

作者: しゅか

ああ、ごめんなさい神様。私は、愛してしまった。


***


私とあの人が出会ったのは3年ほど前のことでした。私たちは旅一座の一員で、彼は見習い医者として一座の専属のお医者様に弟子入りしたばかりのことです。


みんなの前で紹介される彼はやや大人びて見え、その姿に私は何か違和感を感じました。思えば、その違和感をもっとよく考えていればこんなことにならなかったのではないかと思います。


一座のみんなと握手してきて、最後に私と握手した彼の瞳は感情を伺わせない、冷たい視線を向けてきました。この時から私はきっと彼に好印象を抱かれていないと思いました。


最初は緊張していたのか、必要最低限のことしか喋らなかった彼ですがフィーア、あなたが好奇心旺盛に話しかけてくれていたおかげで少しずつですがみんなと打ち解け始めていたように感じました。そうすると最初に感じた違和感を感じなくなり、私は彼に親しみを持ち始めました。出会ったとき、あんなに冷たい視線に晒されたのにもかかわらず。


彼は徐々に私に話しかけてくれるようになりました。最初はぎこちなく、慣れてくると柔らかな声で。そんな彼の姿を見て、ますます親しみをもったのです。話してみて分かりましたが彼は口数が多い方ではありませんでした。だから、私がぽつぽつと言ったことに少し反応を返す、そんなやりとりをたくさんしました。


私の心は彼の内面に触れるたびに惹かれていったように思います。だけど、どこかで好きになってはいけないと、警告を出していました。


フィーアには黙っていたけれど、伝えていないことがあります。まず、私たちがなぜ旅一座にいるのか、本当の両親はどうしたのか、なぜ、身を隠すような真似をしているのかを。


その全てを伝えます。怒らないでほしいと願っても、あなたはきっと怒るでしょう。それとも私を憐れんでくれるでしょうか、私があなたの代わりでしかなかったことを。


あなたは生まれた時から、特別な存在だったのです。


私たちは異母姉妹でした。祖国では名の知れた一族であり、私の父と母はいわゆる政略結婚で、愛がなかったとは言いませんが暖かな家庭ではありませんでした。それも母が一族の長であるからが理由でした。父は、母の苛烈な性格をあまり好きではないようでした。そんな父が心から愛した女性の子がフィーア、あなたなのです。


母は別にそのことを気にやんではいませんでした。お互いの利益があったからこそ結婚を決めたような人でしたから。ただ、あなたの存在は別でした。


私たちの一族には、特別な力が備わっているのです。世界を変えるような、そんな大きな力が。


本来なら私に受け継がれるはずのものが、あなたに備わってしまったことが、悲劇だったのです。


母は幼い私に力の兆候が出てこないのをずっと訝しんでいました。ある程度月日が経った頃、私にその力がないことを悟ると母は父に詰め寄っていました。


父は母の激昂に驚き、そして怒りをあらわにしました。


そうして始まった争いは、あなたが連れてこられたおかげでさらに激化しました。


父は母を厭うようになり、その血を引いている私を疎んじ始めました。そして連れてこられたあなたを溺愛するようになります。母はそれが許せなかったらしく、これまで以上に厳しくあなたに接するようになっていきました。その争いはとどまることを知らず、私のことは忘れられていきました。


母に呼びつけられて、ありもしない力の制御を覚えさせれることもなく、また父に困った顔をしながらおそるおそるといったように頭を撫でられることもなくなりました。


ただただ人形のように、与えられた部屋にひとりでずっといたのです。フィーアが私のことを見つけてくれたことはよく覚えています。あなたのおかげですべてが壊れてしまったと、思いました。だけど、あなたもまた壊されたうちの一人だと瞬時に悟ることができました。


母の常軌を逸した躾に父は怒りはすれど止めなかった。止めさせようとするほどの愛情を持ってはいなかったのでしょう。父にとってあなたは、ただただ母によって連れてこられたかわいそうな女の子でしかなかったのです。


父の表面上の愛情はあなたを癒すどころか、逆に追い詰めていたのです。まだ年端もいかぬ子供にすら分かることを大人たちは分からなかった。


姉として、あなたから暖かな家庭を奪ってしまったものの責任として、私はあなたをどうにかしてやりたかった。


あなたが連れてこられてから、初めて母に会いに行きました。母は私の姿を認めると、後悔と恐れと怒りがないまぜになった感情を顔に浮かべました。私が会いにいくまで、きっと忘れていたのでしょう。別にそのことを悲しみませんでした。あなたが見つけてくれたから。


そうして、様々なことを言いました。なぜあなたが連れてこられたのか、どうしてそこまで辛く当たるのか、どうして、どうして家族として慈しんでやれないのかと。


そう言うと母は静かに泣き始めました。どうして泣いたのか、今でもわかりません。家族として接してやれなかった自分を責めていたのか、それとも娘に諭されるまで気づかなった自分の愚かさに涙したのか。しばらくして母は私に泣きながら頼んできたのです。


私に身代わりをしろと。


母はぽつぽつと一族の力について話し始めました。本来なら私に宿るはずだったその力、強大すぎるその力は様々なモノに狙われると。


力を利用したいもの、逆になくしてしまいたいもの、理由は人それぞれですが、結局は命を狙われるというものでした。


見捨てることもできないくらい、あなたの力は強大だったのです。


母に言われたことはひとつだけ、私がその力を持っている振りをしていればいいと。もしかしたら死んでしまうかもしれない、いや、きっとそうなるだろう。でも、でもお願い。この世界を、捨てないで。


そう母に懇願され、私は拒否することもできずただうつむいただけでした。しかし母はそれを了承と捉えてあなたのかわりをさせる準備をし始めました。


その後、父に会いに行きました。父は私を視界に入れると罵倒を投げつけてきましたが、私は一言父に告げました。


あなたの娘の代わりになります。


そう告げた瞬間、父は般若のように歪んだ顔を一変させ、理解できないという表情をのぞかせました。わなわなと口を開き、意味のない言葉を発していました。


父にあったのはそれが最後でした。


私が力をもった娘だと、母は大々的に宣言しました。その効果は凄まじく、私に身の安全という状況が一気になくなりました。


1年後、我が家は族に襲われました。家に火を放たれ、使用人たちなどを次々に殺していって私を探し回っていました。私はあなたの手を引き、母のもとへ走りました。


そうして母の部屋につき、ふすまを開けるとそこにいたのは背中を大きく切りつけられた父と、血まみれになった刀を持った母の姿でした。


私たちの姿を確認すると母はまずあなたに術をかけました。ここでの出来事を、過ごした日々を決して思い出さぬように、きつくきつくかけました。


瞳に光を失ったあなたを支え、私は母を見つめました。母は私に微笑み、私とあなたを抱きしめました。


愛していたよ、私の唯一の子。お前には、もっともっと普通の暮らしを与えてやりたかった。誰かの代わりになるために、お前を産んだわけじゃないのに。私が不甲斐なかったばかりに後始末ばかり頼んでしまう。さあ、もうお行き。もうじき追っ手も来るだろう。しばらくは時間を稼いであげるから、そのあいだに遠くに逃げるんだ。できれば、長生きしておくれ。私の望みは、お前が生きて幸せになることだけなんだ。


最後に、ごめんねと言われました。


そのあとの記憶は曖昧です。力が完全に抜けてしまっているあなたを抱え、山に入り、道なき道を走り、満身創痍になった私を今の旅一座の人たちに拾われたのです。


長々と昔の話を語りましたが、これが私が見てきたものです。子供ゆえにわからなかったことも多かった。ただ、今でも分かることは私はあなたの身代わりでしかないことなのです。


これで、疑問もとけたでしょう。私たちは追われる身、常にどこかに身を隠して移動しなければならなかった。だからこそ旅一座というものはとても好都合でした。最初は彼らの好意を利用しているようで居心地が悪かったのですが、今では半ば諦めの域に達しました。


どこまで私たちの情報が伝わっているのかわからなくて、見知らぬ誰かはいつも疑っていた。でも、いつも、いつもフィーアが怪しい人たちじゃないと伝えてくれた。


フィーア、私の大切な妹。大事な、家族。私はきっと母を裏切った。


好きになり始めていた彼が、彼こそが、私たちを狙う刺客だったのです。


なんとなく、そんな気はしていた。彼は治癒魔法はてんでダメなのに攻撃魔法だけは誰よりも強力で、凶悪だった。


私の思い違いであればいいとなんど願ったことか。


彼から告白されたとき、一瞬心が舞い上がったけど、すぐに冷えてしまった。どうして、私に告白したのだろうと考えだしたらキリがなかった。疑う気持ちと、信じたい気持ちが綯交ぜになって、とても辛かった。


彼に、ただ好きと、伝えたかった。でも、伝えてしまったら、私が壊れてしまうと思った。


私はあなたの身代わり、そう心に念じても思いは止まらなかった。


でも、それも今日で終わりです。


彼に、この近くにある湖で月を見ようと誘われました。普段誘うなんてこと、したことない彼がそんなこといったから、私は分かってしまった。


彼はそこで殺す気なのだろうと。


不幸中の幸いなのは、彼が力を持っているのは私だと勘違いしていることでした。これで私は母の頼みを聞いてやれる。


大好きよ、フィーア。彼を恨まないでというのは酷な願いかしら。


できればもっとあなたと一緒にいろんなところを見て回りたかった。初めて触れた世界は、とても綺麗で、愛おしくて、とても捨てられるようなひどいところじゃなかった。そして、その世界をより鮮やかに色づけてくれたのは彼だった。


私はこの世界を、そして彼を愛してしまったから、もう逃げられなかった。


ごめんなさい、こんな方法でしか、守れない。


でも、後悔はしていない。あなたとたくさんしゃべれた、一座のみんなと楽しく生活を送れた、何より、彼に出会えた。


この出会いに、感謝を。


アルネリス・フィース


***


思ったより長く書いてしまった。彼はきっと待っているだろう。あの、底まで見える綺麗な湖のほとりで。


ここで私が行かなかったら、彼はまたここに戻ってきてくれるだろうか。そんなわけはない。あんなバレバレな誘い文句を言って、悟られたと思わない方がダメだろう。


でも、私は乗ってあげる。その下手な芝居に。


死ぬのは怖い。でも最期に彼に会えるなら、それでもいいと思ってしまう。


相当末期だな、これは。苦笑してしまう。こんなにも恋焦がれるなんて思わなかった。誰か一人を切望するなんて、思わなかった。


彼に好きと言われたら、どんなに嬉しいだろう。彼と心を通わせられたら、もう幸せなんてものじゃない。ありもしない未来を、想像して少し涙が出てしまう。


そんなありえない未来、来るはずない。彼が彼である限り、私が私である限り、ずっと。


お気に入りのワンピースに身を包んで少しだけ化粧をする。せめて最期の姿はキレイでいたかった。


すべての準備を整えて、部屋の窓を開ける。夜風が気持ちよくて、目を閉じた。


覚悟はもう、決まった。静かに部屋を開け、玄関に向かう。音を立てずに、慎重に。


誰にも気づかれずに外に出れて、ホンの少しにやけてしまう。いたずらがうまくいったような気分だ。


本当に湖は近くて、歩いて10分も経たずについてしまった。


そうして気づいた。私は囲まれている。


湖の近くまで歩くと、黒装束の人間に囲まれた。完全に逃がさない、という意思表示みたいだ。


そんなことしなくても、もう逃げる気なんてない。


胸にかけたペンダントを触る。彼がくれた最初で最後のプレゼント。これがあれば、何があろうと私は大丈夫。たとえそれが死ぬ間際だとしても、私は私のままでいられる。


周りを囲んでいた人間たちが一気に詠唱を始める。空気がびりびりと鳴り始める。


遠くから、二人こちらを伺っているのがわかった。私は何の根拠もなく、かたっぽが彼だと確信した。


死ぬ前に、一目見れた。そのことが嬉しくて、つい微笑んでしまった。周りが息を呑む様子がわかる。


でも、私に周りなんて見えていなかった。彼しか、彼しか見えていなかった。


今まで伝えられなかった気持ちが溢れてきてしまった。どうしよう、涙も出てしまう。


ただ、無意識に口を開いた。


『あ い し て る』


声に出していたかわからない、ちゃんと伝わったのかさえ分からなかった。でも、思い残すことは何もなくなった。


ああ、痛いな。血が、たくさんでてる。どうしよう、とめられない。いっぱい、でてる。イオルがみてる。なにか、いってる。きこえない。な、に?さいご、に、き、きたか、った、な…


***


男は仲間たちに見つめられながら血だらけの女に駆け寄った。触れてみると血で手が真っ赤になった。


服が汚れるのも気にせず、女を強く強く抱きしめた。もう冷えるしかないその体を温めるように。


「イオル。俺たちはもう行く。…後始末、頼んだぞ」


仲間の声は男に届いているのか、反応があまり見られない。しかしこれ以上いっても無駄と思いそれぞれ散っていった。


一人になった男は、夜が明けるまでその状態を保っていた。


朝日が上り、男は少しずつ現実を受け入れる準備をした。絶対に来ると思わなかったのに、とひとり誰に聴かせるわけでもなくつぶやいた。


「愛してる。ずっとずっと、愛してる。君の手を引いて、逃げてしまえばよかった。あいつらなんて、裏切ってしまえば良かったんだ。君のいない世界なんて、いらなかった。どうして俺はそんなことも気づかなかったんだろう。本当に大切なものはこんな近くにあったっていうのに」


そろそろ一座のみんなが二人がいないことに気づくだろう。すぐにここは見つかって、自分はきっと殺される。それでもいいかなと、思うけれど。


「俺は、君と一緒にいたいんだ。ずっと、ずっと、それこそ永遠に」


何かにとりつかれたような顔をしながら、男は一歩ずつ湖に近づいていく。血まみれの女を抱えながら。


「アーネ、ずっと、一緒にいてくれないか」


その声に応えるものは誰もいなかった。

このお話はもともと違うお話の中に組み込んであったものなのです。設定もそれに準じていて、ちょっと伝わりにくいこともあったと思います。突然魔法出てきちゃったよみたいなね。誤字脱字などございましたら是非ご連絡ください

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