魔女
「あたしはクレア。こう見えても、魔女の卵よっ」
突然俺の前に現れたその女は、呆然としている俺に向かってにっこりと笑いかけた。
◆◆◆
その女は、いきなり俺のところへ『降って』来た。
俺は庭で一人、月を見ていた。別に失恋して落ち込んでいるとか、そういう乙女みたいな目的じゃなくて、ただ何となく。ただちょっと、くだらない考え事なんてしながら。
その日は満月で、いつになく美しいまん丸な月をしばらく眺めていると、俺はある異変に気がついた。月の真ん中に、人影が見えたような気がしたのだ。ホウキらしきものに乗った、人のような影。
その姿はまるで……。
「魔女……?」
俺は思わず呟き、ポカンとだらしなく口を開けたまま、空から目を離すことができずにいた。その間にもその陰は確実に大きくなって……否、こちらへと近づいてくる。
……やばい。このままでは確実にぶつかる。
脳から危険信号が発信される。それでも俺の身体は言うことを聞いてくれず、目を逸らすこともできなかった。
そして……。
ドンッ
――気付いた時には俺の身体は後ろに倒れていて、上には風変わりな女が乗って(正確には馬乗りになって)いた。
「あらら……また着地に失敗しちゃったわ」
女は照れたように笑って、まるでドジっ子のごとく舌をペロッと出した。普通の男なら『あっ、可愛い……』とか思うのであろうが、この状況でそれをされたところで、ただむかつくとしか言いようがない。
「うん、そんなことはどうでもいいから。早くどいてくんないかな……頼むから」
苛立ちを悟られないようにできるだけ平静を装って静かに言うと、女はハッと今さら気が付いたように
「あっ……はは……ごめんなさいね」
と言って立ち上がった。
月明かりに照らされ、ようやく女の姿がくっきりと露になる。
女は全身に黒い服を纏っており、頭にはコーン型の大きな帽子を乗っけていた。物語の世界に出てくるような、何と言うかベッタベタというか……あからさまにどっかで見たことがあるような格好の、きらめく銀色の長い髪と燃えるような赤い瞳を持つその女は、明らかに人間離れしている。
女は近くに落ちたままのホウキを拾うと、俺に向かって
「ごめんなさいね。迷惑をかけるつもりじゃ全然なかったのだけれど」
と、いやに丁寧な口調で話し掛けてきた。そして、こう続けたのだ。
「あたしはクレア。こう見えても、魔女の卵よっ」
◆◆◆
「何……黙りこくっちゃってどうしたのよ」
俺がしばしポカンとしていると、女――クレアが怪訝な表情で俺を見た。
「いやぁ……魔女ってさ、本当にいたんだな」
感心してそう言うと、クレアは意外そうな顔をした。
「あら。もしかして魔女の存在を信じていたりするのかしら?」
「信じているというか……そういう非現実的な存在の有無っての? それを調べるのも、俺の仕事の一つなんだ」
「ふぅん……おたく、さしずめ人間世界でいうところの『カガクシャ』ってやつかしら?」
「まぁそんなとこだな。だから魔女が本当にいるんだと証明されても別に驚かないし、受け入れるよ? 俺は」
そこまで言ったところで、クレアは突然声を上げて笑った。
「アハハ! 面白いわね。あたし、結構長い間生きてきたけれど、あんたみたいな人間に出会ったのは初めてだわ」
「それはどうも」
「気に入った。あんた、名前はなんていうの?」
「月島祐輔だ」
俺が名乗ると、クレアは満足げに笑って
「祐輔ね。よし……決めた。あんたをあたしの手下にしてあげる。これからあたしの仕事、手伝ってもらうわ」
俺は何となく面白そうだったし、暇だったし、何より魔女という存在の生態を調べる絶好のチャンスだと思ったから、その提案に了承した。
「いいぜ」
しかし……一つだけ、引っかかることがあった。
「……だが、俺があんたの手下になるっていうのだけは気にいらねぇ」
「あら。ずいぶん強欲な人間ね」
「当然だろ。俺は男だぜ。それに人間だ」
「そんなに偉いものかしらねぇ」
クレアは特に気を悪くした様子もなく、苦笑を浮かべながら
「仕方ないわね。それじゃ『相棒』というのはどうかしら」
と、代替案を提示してきた。
『相棒』か……なかなか悪くねぇじゃん。
「わかった、じゃあそれでいいぜ」
俺が頷くと、クレアは満足げに微笑んだ。
「……で? 仕事って、一体何をすればいいんだよ」
話を元に戻そうと俺が質問すると、クレアは早速俺に一枚の写真を見せてきた。
「まずは、この人を探すのを手伝って欲しいの」
俺はその写真に写る見覚えのある顔を見て、思わず目を見開いた。
「広海……?」
「あら。知っているの?」
クレアは驚いた様子で俺に尋ねる。知っているも何も、コイツは……長瀬広海は、俺の……。
「俺の……親友だ」
俺がポツリと呟くと、クレアは笑って
「なら話が早いわねぇ。祐輔、早速案内しなさいよ」
そう言ってホウキにまたがろうとした。俺は反射的にそれを止めた。
「ちょ……ちょっと、待ってくれ」
「何よ」
クレアは案の定、渋い顔をする。
「目的は……なんだ? そいつに会って、何をしようって言うんだ……?」
俺はクレアの表情になど構わず、慎重に尋ねた。俺の大事な親友に何か危害を加えるのではないかと危惧したからだ。例えそれがクレアからの頼みであっても、それだけは絶対に許せなかった。
クレアはそんな俺の心情を察したかのように、
「心配しなくても、あんたの大事な人を……親友を傷つけるようなことは絶対にしないわ。訳なら後で話すから。さ、早く乗って」
と微笑んで、再びホウキにまたがろうとした。
「ま……待ってくれ!」
俺はそれを再び止めた。また、クレアが怪訝な顔をする。しかしそれよりも俺には、どうしても確かめておかなければならないことがあったのだ。
「今度は何よ……」
「乗れって……まさか俺も、それで……行くのか……?」
俺はクレアがまたがっているホウキを指差した。情けないことに自分でも、酷く声が震えているのが分かる。
「当たり前じゃない。あたしは魔女よ? これ以外でどうやって移動するわけ?」
「ほら、そんな遠くないしさ。歩くとか……」
「嫌よ、疲れるもの。魔女ってMPは高いけど、HPは異常に少ないのよ」
「魔女の癖にゲーム用語使ってんじゃねぇよ!」
「何言ってんの。あたしの世界では日常で普通に使われてる言葉よ」
「マジで……? じゃ、じゃあ俺は歩くから。クレア一人で……」
「案内しなさいと言ったでしょう。一緒に乗らないでどうするの?」
「っ……俺、高所恐怖症なんだが」
恐怖で震える自らの身体を抱き締めるようにしながら、俺は必死で首を横に振った。クレアはそんな俺を見ると、嘲るように笑う。
「何よ。あんた、魔女に興味あるんじゃなかったの? せっかくこのあたしが特別にちょっとだけ魔女の気分を味わわせてあげると言っているのよ。ありがたく思いなさいな」
「いやいや、それとこれとは話がちg」
「つべこべ言わずに早く乗りなさい! 男なら覚悟を決めるのよ!」
「いや、マジで……やめてくれって!」
俺の必死の抵抗は、最終的にクレアの魔法で遮られてしまった。身体を操られるようにして、無理矢理ホウキに乗せられる。その瞬間、すぐにホウキは空に浮かんだ。
「ちょ、マジで……高い所嫌ァァァァァァァ!!」
◆◆◆
ドシンッ
「いてて……」
「また、着地失敗ねぇ。ダメダコリャ」
「ダメダコリャじゃねぇ!! いいからさっさとどけやこのダメ魔女がァァ!!」
「誰がダメ魔女よ! ったく……はいはい、今どくわ」
再び冒頭と似たような状況に陥ったものの、とりあえず俺たちは目的地である長瀬広海の家に辿り着いた。
着くや否や、クレアはやたらと急かしてきた。
「早く、あの子呼んでよ。広海クン……だっけ」
「はいはい……分かりましたよ」
俺は携帯電話を取り出し、すぐに広海の番号を呼び出した。
数回のコール音の後、わりと早く向こうが通話ボタンを押す音がした。
『……もしもし?』
眠そうな親友の声が、通話口から聞こえてくる。
「もしもし広海? 俺だけど」
『祐輔か……こんな夜中にどうしたんだよ』
「わりぃな。……ところで重ね重ね申し訳ないんだが、今からちょっと外に出てきてもらえねぇか? 緊急の用事なんだ」
『今から? 親父に怒られるよ』
「そこを何とか。すぐ終わらすから……多分」
『うーん……』
しばしの沈黙。無茶な頼み事だとは分かっているが、なんせ相棒であるクレアの頼みなのだから、協力せざるを得ない。
やがてかすかな吐息と共に、沈黙は破られた。
『……お前の頼みなら仕方ない。すぐに窓から出て行くから、待っててくれ』
「ありがとう。……早くな」
『了解』
電話を切ると、間もなく広海の寝室の窓が開き、ヒラリと広海が降りてくる陰が見えた。俺の姿をすぐに見つけたようで、迷いなくこちらへやってくる。
「緊急って、一体なんなんだ? 祐輔」
「いや……正確に言えば、用があるのは俺じゃなくてコイツなんだけど」
訝しげな顔の広海に俺は苦笑して、隣にいるクレアを指差した。クレアは人当たりのいい笑みを浮かべながら広海に話し掛けた。
「初めまして、広海クン。わざわざ来てもらってごめんなさいね。あたしの名前はクレア。今日はね、あなたにどうしても会ってもらいたい人がいて……こんな夜中に不躾だとは思ったのだけれど、こうして訪ねさせてもらったの」
「会ってもらいたい……人?」
不思議そうに首をかしげ、広海が問う。俺も訳がわからず、ただその様子を呆然と見ていた。
「あなたも良くご存知のはずよ……出てきていいわ」
クレアは広海の質問に答えながら、誰かに向かって呼びかけた。
『広海』
柔らかな優しい声がしたかと思うと、間もなく俺たちの前に一人の女性が現れた。広海はその女性を見るなり、驚きの表情でその場に固まった。
「っ……か、母さん……!?」
◆◆◆
その女は、つい最近亡くなったという広海の母親・長瀬あずみだった。
彼女は病を患っており、ずっと病院にいることが多かったというので、俺は一度も会ったことがなかった。しかし、それでも昔から広海が彼女を大切にしていたことは知っていた(マザコンとかではなく)。
「母さん……どうして、どうして俺たちを置いて先に行っちまったんだよ……」
広海は涙声で母に問いかけた。
『ごめんね、広海。母さんが病気になってしまったばっかりに、あなたにはずっと、つらい思いをさせてしまったわね。母さんね、もうすぐ旅立たなくてはいけないの。そうしたら本当に、あなたたちに会えなくなってしまう……。だけどその前に母さん、どうしても伝えたいことがあったの。だからそこのクレアさんに協力してもらって、こうしてあなたのところに来たのよ』
「伝えたい……こと?」
広海は今まで下げていた目線を母に合わせる。あずみは静かにうなずき、淋しそうに笑いながら広海の頭を撫でた(触れられないため、正確には撫でるジェスチャーだったが)。
そして、穏やかな声でゆっくりと語り始めた。
『――私は、病気のせいであなたや父さんにたくさん迷惑をかけてしまったわ……。それでもね、私はあなたたちのそばにいられて、本当に、とっても幸せだった』
広海はその間、無言でうつむき、唇をかみしめていた。今にも泣きだしてしまいそうな表情だ。そんな息子の様子を知ってか知らずか、あずみは続けて話した。
『もしも……もしも、父さんに新しい女性ができたとしても……あなたに、新しい母さんができたとしても、どうか私を忘れないで。母さんはあっちに行っても、ずっとあなたたちのことを愛しているわ。だからね……私を、あなたを生んだ本当の母親のことを、ずっと覚えていてほしいの。長瀬あずみという存在を、心の片隅に置いていてほしいの』
そこまで一気に語ったあずみは、不意に言葉を詰まらせた。彼女も、泣いているのかもしれない。
『わがままを言っているってことは、十分わかっているわ。でも、でも……』
「忘れるわけねぇだろ」
ずっと黙っていたままだった広海が、あずみの言葉を遮るように突然声を上げた。
『え……』
驚愕のためか、あずみの声がかすれる。広海は顔を上げると、涙で濡れた瞳を細め、口角を上げ、にっこりと笑顔を作った。
「母さんはずっと俺の自慢の母さんだ。父さんにとっても同じだよ。だから……だから、母さんのその願いはわがままなんかじゃ決してない。家族として、当然の望みだろう?」
あずみはほっとしたような嬉しそうな顔になって、
『ありがとう』
と言った。そして、
『あ、そうだ。もう一つ、あなたに頼みたいことがあるの』
と、思い出したように言った。
『クレアさん、あれを』
不意にあずみが振り向き、俺の横に立っていたクレアに声をかける。クレアはわかったというようにうなずくと、懐から一通の手紙を取り出し広海に差し出した。
「はい、どうぞ」
「これは……?」
受け取った広海が首をかしげる。あずみは詳しいことを語らず、ただ意味深な笑みを浮かべ、
『父さんに、渡してほしいの』
と言った。
「……わかった」
あずみの表情で大体の意味を理解したらしい広海は、おとなしくうなずくと、手紙を自らの懐に入れた。
それからあずみは、再び俺とクレアの方に向き直った。まずはクレアに、
『今日は本当にありがとう、クレアさん。最後に息子に会うことができて、とてもうれしかったわ。本当に感謝しています』
と言って、笑いかけた。
「どういたしまして」
クレアも微笑みを返す。
『これからも……魔女修行、頑張ってくださいね。私もあちらであなたを応援していますから』
「ありがとう。どれくらいかかるかわからないけれど、いつかは立派な魔女になれるように頑張りますね」
そんな会話を交わし、二人は手を重ね握手の体勢をとった。
それからあずみは俺に向かって
『月島祐輔君、だったわね』
と尋ねてきた
「はい、そうです。初めまして」
俺はそう返し、ぺこりとお辞儀をした。親友の親に亡くなってから出会うというのも妙なものだと思った。
『初めまして』
あずみも会釈を返してくる。
『あなたも今回協力してくださったのよね。どうもありがとう。あなたのことはいつも、病院で広海から聞いていたのよ。これからもどうか、広海と仲良くしてやって……広海の、支えとなってあげて。お願いします』
「任せてください」
俺はにっこりと笑ってうなずくと、あずみが差し出した左手に、自らの左手をそっと重ねた。
『これで、もうこの世に未練はないわ』
あずみはすべてを終え、満足したかのように微笑む。その表情に一瞬、哀しみがよぎった。
『安心して……向こうに逝ける』
「母さん……」
広海は目に涙をためながら、母を呼ぶ。あずみはそんな広海の体を抱きしめるように包み込むと、
『強い人間に、おなりなさいね』
と囁いた。
名残惜しげに広海から離れたかと思うと、あずみは徐々にその実体を失っていく。
『さようなら』
最後に見えたのは、とても優しい微笑みだった。
「母さん……!」
広海は母が消えてからもしばらく、その場で声を押し殺して泣き続けた。
俺たちはその光景をただ、黙って見つめることしかできなかった。
◆◆◆
しばらくすると、広海は顔を上げた。どうやら泣き止んだようだ。目はずいぶん赤くなり、まぶたが腫れている。言っちゃ何だが……ひどい。
そのまま広海は俺たちの方に向き直り、笑った。
「ありがとう」
広海がポツリと言った言葉にクレアは、
「必死に探した甲斐があったわねぇ」
などと言う。思わず俺は鼻で笑ってやった。
「何言ってんだか。俺がたまたま広海のこと知ってたからたどり着けたんだろう? クレアも俺に感謝しろっつーの」
「あら、そういえばそうだったわね。はいはい、ありがとうアリガトウ」
「棒読みじゃねぇか。感謝の気持ちが微塵も伝わってこないんだが」
俺たちのくだらないやり取りを見ていた広海は、クスクスと笑った。
「お前ら、なんだかんだ言って結構仲いいのな」
「「いや、全然良くないし!!」」
「あはは、息ピッタリだ。……さて、俺もそろそろ戻らねぇとな」
ひとしきり笑った後、広海はそう言ってうーん、と伸びをした。その表情は何処か清々しかった。母親に会ったことで、何かを乗り越えたのだろう。
俺は何となくほっとした。クレアも隣で優しく微笑んでいたが、やがて気を取り直したように、さぁ、と声を上げた。
「あたしたちもそろそろお暇しないとね」
「あぁ、そうだな」
「そんじゃさっさと乗りなさい、祐輔」
クレアがこともなげにホウキにまたがり、俺に声をかける。
「いや、だから何度も言うが俺は高所恐怖症……」
「つべこべ言わないの。男でしょうが。ほら、さっさと乗る!!」
「ちょ、おま、引っ張るなって……うわ、浮かんだ……落ちる! い……いやぁぁぁぁぁぁ!!」
◆◆◆
「……そういえばあいつ、高所恐怖症だったよな。大丈夫かな」
広海は慌ただしく夜空へと消えていった祐輔たちを見やると、少し笑みをこぼしながら我が家へと入っていった。
広海が家に入ると、いつの間に目を覚ましたのか、玄関に父・聡がしかめっ面で立っていた。
「広海……お前、こんな時間に無断で外出するなんて、一体何を考えているんだ?」
あまりに予想通りの反応に苦笑いしつつ、広海は先ほどクレアを通じて預かった母親からの手紙を聡に渡した。
「なんだ、これは……」
「母さんからだよ。……まぁ、信じるか信じないかは、親父次第だけどね」
何処かで聞いたようなフレーズを口にすると、広海はあくびをしながら自室へ戻っていく。聡は息子の後姿を眺めながら、ぽかんとしていた。息子に説教をしようとしていたことも忘れて。
母さんから……ということは、まさか、あずみが?
いや、そんなはずはない。あいつは……ついこの間、死んだはず。
そんなことを色々と思いながら、一人残された聡は、先ほど息子から渡された手紙を半信半疑で開く。
中身を見た瞬間に、聡は手紙を握りしめて、一人静かに涙を流した。
中には見間違えるはずもない……愛する妻の字で、ただ一言、こう書かれていた。
『今まで、本当にありがとう。ずっと……愛しています』
◆◆◆
ドシンッ
「ってぇ……また失敗かよ」
「本当ねぇ……いい加減精進しないと」
「だから、そんな悠長なこと言ってないで早くどけやァァァ!! っていうかこのやりとり何回目!? 成功確率低すぎにも程があるだろうが!! どんだけ未熟なんだテメェは!!」
「相も変わらず五月蠅い奴だわね……」
クレアは俺の小言にうんざりしたような顔をしながら、それでも言われた通りちゃんと俺からどく。
いや、うんざりしているのはこっちだから。いつも着地のたびにひどい目遭わされてるのは俺の方だから。
心の中で悪態をつきながら、俺は大きなため息をついた。そんな俺を横目で見やると、クレアはおもむろに
「さて、あたしも……そろそろ行こうかな。次の仕事もあることだし」
とやたら大きな声を上げ、ホウキにまたがった。
「あのさぁ、一ついいか?」
……が、またもや俺はそれを遮る。
「……何よ」
クレアはいったんホウキから降りた。心なしか不機嫌そうに見える。少し気になったが、とりあえず俺は先ほど浮かんだ疑問をクレアにぶつけた。
「どうして……あの人の、あずみさんの願いを叶えたんだ? そういうことをするのも魔女の仕事なのか?」
人(?)助けなどといったお人よしなことをしてやるのが、魔女の仕事とはどうしても思えない。俺が勝手にそういうイメージを抱いているだけなのかもしれないが。
クレアはフッと笑った。
「まぁ、確かにそうかもしれないわねぇ……。人助けというのは魔女の仕事、というより修行の一環なのよ。でもね、あたしが単にお人よしだから、という理由が一番大きいかしら。まぁ単に暇だったからってこともあるんだけれど。たまたま空を飛んでいたときにあずみさんに会ってね……頼まれたの。断れなかったというか、なんというか。とにかくそんな感じよ」
「ふぅん……そっか」
まぁ、結果的には広海にとってもあずみさんにとっても――きっと、広海の父親にとっても――いい結果になったのだから、クレアのしたことは間違いではなかったのだろう。クレアにとってもプラスになったというのだし。
「わかっていただけたかしら?」
「わかったけど……」
俺はそこで、少し言葉に詰まる。
「何よ。あたし、もう帰りたいんだけど」
クレアの態度は相変わらずだ。俺は少しだけため息をついて、もう一つ生まれた疑問をぶつけてみた。
「なんかお前さぁ、さっきからおかしくねぇか? 急によそよそしくなるし、不自然なほど早く帰りたがるし。せっかく力添えしてやったんだから、少しくらいなんか感謝の言葉とか、そういうのがあったって……」
「――だから」
「え?」
俺が言い終える前に、クレアが重なるように小さな声で何か呟いた。思わず聞き返すと、クレアはイライラした様子で叫んだ。
「だからぁ! 寂しくて泣いちゃいそうだからって言ったのよ!!」
何度も言わせるんじゃないわよ馬鹿!
顔を赤くし、潤んだ目で急にそんな風に怒鳴られたので、俺は思わずポカンとした。しかし、おおよそクレアらしくないそのセリフに、だんだんと可笑しさがこみ上げてきた。
「何笑ってるのよ!」
一人笑いをかみ殺す俺に、クレアはさらに顔を紅潮させながら怒鳴る。
「全く……ホント馬鹿だな、お前」
笑いをこらえながら、俺は言った。
「また逢えるに決まってんじゃねぇか。ってか、絶対逢いに来てくれるだろ?」
なぁ、相棒?
クレアは一瞬驚いたように目を見開いたが、やがて嬉しそうに目を細めて
「そう……そうよ。あんたはあたしの相棒だものね。また、絶対逢いに来てやるんだから」
と言った。
「あぁ、待ってる」
俺はクレアの前に右手を差し出す。クレアは潤んだ目で微笑み、がっしりと俺の手を握った。
少ししてお互いに手を放すと、クレアは泣き笑いの顔で「じゃあね」と言い、ホウキにまたがり忙しなく空へと消えていった。
夜明け前の空に浮かぶ、変わらぬ影に向かい、俺は手を振り叫んだ。
「絶対また来いよな、クレア。今度は人間の世界のこと、いっぱい教えてやるからよ」
高校時代、部誌に載せた作品になります。
魔女が出てくる以外にファンタジー要素はほとんどないですね…何でしょうかこれは(←聞くな)
若干いつもより…いやいつも以上にラノベっぽくなりました。こういったものがお嫌いな方は本当にすみません。
実はファンタジーを書いたのはこれが初めてです。本当は非日常系とか異世界とかって苦手なんですよねぇ…思いつかない←
思いついたとしてもまとめられないし、伏線回収ができない←
んー…やっぱり私には日常系が合ってるんですかね。いつかは壮大なファンタジー…書きたいなぁ。
…精進します。
ではでは。




