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第30話 奇襲ですぅ 【さん】

「なるほど、わからん」

「まぁみき姉、そう言って…やるなよ…」

 はぁー、またやらないとダメなんですかぁ?

 もうあたしの言葉には信用ないんですよぉ?

 これの前の前回のあらすじでは堂々と格好つけて“この後、全てが明らかになる”って言っておきながら、本編では全然明らかになってませんでしたからね。

 伏線回収しっかりしてくださいよー。

 迷惑かかるのあたしなんですからね?

 全く…。

 え?自己紹介がまだって?

 あー、はいはい、やりますよぉー。

 えー、私ロングヘアーの巨乳ロリっ子幽霊でお馴染みの桜井奈緒です(棒読み)。

 え?ちゃんとやれって?

 だったらあなたもちゃんとやってくださいよ。

 はぁー。

 それじゃあもうあたしの言葉には信用ないんですけれど、そして気も乗りませんけれど、やれって言われたので前回のあらすじを始めまーす。

 前回、司さんが夕食後にテレビを見ていたら、突然お腹に激痛が走りました。それはまるでお腹の中から針で刺されるような痛みです。

 司さんはそのあまりの激痛にその原因すらも推測出来ず、また身動きを取ろうとすると全身に激痛が走しります。お腹の痛みが全身を支配しているような――お腹を起点とし、身体に張り巡らされた血管の中に無数の針が形成し、動こうという意思を持つ度に内側から血管を傷付けるように。

 自分でも何言ってるかわかりませんがそんな感じなんです。

 しかしだからと言ってそのままジッとしていると、当然というか、下腹部に猛烈な便意が込み上げて来ました。その速さたるや光のごとく。

 つまりは下痢です。

 司さん、今世紀最大のピンチです。

 さぁ、これから司さんは…はぁ~あ、ど~なんでしょ~ねぇ~。

 え?

 あらすじが全然違うじゃないかって?

 うるせーです。


「本編に全くかすりもしないあらすじ紹介と最後の投げやりっぷりは凄まじいね桜井さん」

「こっちはやる気ないんですよ祐介さん」

 それでは本編始まります。



『だから幽霊なんだろうって、何訳わかんないこと言ってんの?やっぱりあんた頭大丈夫?』

 女子高生の幽霊は俺の言葉に対して嘲笑する。

「お前、それしつこい」

『しつこいって言ったって、あんたが意味不明なことばっかり言うからじゃんか。むしろあんたの頭を心配してあげてんだからありがたく思いなよ』

「そんな心配いらねぇよ」

 そんな心配は亮平にでもしとけ。

 こう見えても成績は上位の方だ。

「だってお前は――」

『今更だけど気安くあたしのことを“お前”って呼ぶな。何かムカつく』

 女子高生の幽霊は本当に今更なことを言う。

 しかもその理由が“何かムカつく”って、まぁ、確かに知らない奴に“お前”と呼ばれたらいい気はしないが。

「そんなこと言ったって第一お前の名前を俺は知らないし、そもそもお前だって俺のこと“あんた”って呼んでるじゃないか」

 とは言ってみたが、結局のところ、今更どうでもいいだろそんなこと――というのが俺の気持ちだった。

『そんなこと知るか、いいから“お前”っていうのやめろ。あたしは(さかき) 凛音(りんね)だ』

 ふんっと鼻を鳴らし、その女子高生の幽霊――榊凛音は俺に向かって中指を立てる。

 何そのファックサイン。

 ていうかこいつ、自己紹介したってことはこれから名前で呼べってことなのか?

 ………。

 別にお前でもいいじゃんか。

 俺は溜め息を吐き、話を本題に戻す。

「お前は――榊は、自殺で死んだんだろう?」

 俺はそう、あたかも最初からわかっていたかように言った。

 その自分の仮説を、まるでそれが定説であるように――断言した。

『は?何であんたにそんなことがわかんの?心が読める幽霊でもないのに、それにあたしは自分が何で死んだかなんて一言も言ってないのに。予想で言ってんならあんた、それはかなり失礼なことだぞ?』

 これであたしが自殺じゃなかったらどう責任を取ってくれんだ。

 榊はそう言いながらおもむろに俺を睨んだ。

 まぁ、確かに思い付きで、しかも本人を目の前にして自殺したなんて言うのは、榊は失礼だと言っていたけど、実際は失礼なんて言葉で片付けていいものではないけれど、それでも俺だって別に思い付きで言ったわけじゃあない。

 でもかと言って、それは決定的な根拠ではない。

 非常に曖昧な――こじつけと言っていい。

 そんな不安定な根拠を、俺は言う。

「“努力することを諦めたんだ”」

 だからお前は――死んだ。

 自らの意思で。

『はぁ?ちょっとあんたさぁ、いくらなんでもそれはこじつけが過ぎるんじゃあないの?もしかして“努力しない奴はもう人として終わってる”ってあたしが言ったのをそのまま捉えちゃったりする?文字通り?そのままの意味で?比喩だって気付かずに?もしそうなら心配を通り越していっそあんたを楽にしてあげたいよ』

 さっきの続きするかい?と、榊はいやらしく笑う。

 不覚にも言葉だけ聞けば、何ともいやらしい言葉だなぁと思ってしまった。

 自重しろ俺。

『まぁ、可能性としては、自殺をしたと推測する気持ちもわからなくはない。確かに今の中高生の中で自殺する奴は少なくはない、むしろ多いほどだ。だけど、自殺する動機というものは日常を平々凡々と暮らしているような奴らには想像のつかないほどの痛みや苦しみのそれだ。生きていくのが辛くて辛くてどうしようもなくなったそのどす黒い負の感情こそが動機なんだ。それをあんたはあたしが努力することを諦めたから自殺したって?努力することを諦めた程度のことで人生をも諦めようと思う奴がいるか?』

 馬鹿馬鹿しいと、榊は鼻で笑った。

 確かに動機としては薄い。

 比べることのできないくらい薄っぺらい動機だ。

 でも。

 それでも。

 努力することを諦めた人間にも確実に“どす黒い負の感情”は染み付いているんだ。

「お前は努力することを諦めて自ら死を選んだんだ。もっとわかりやすく言ってやろうか?お前は他人の才能やセンスに気圧されて、そして“大好きなギターに対する熱意をも蒸発させて”最後には自殺したんだ」

 そう言えば、こいつは俺のギターケースからギターを取り出したとき、一目見てテレキャスターだとすぐわかっていた。音楽をBGM仕様にしたり、一種のファッションとして取り入れていたり、さらには音楽に興味のないような人間だったら数多くあるギターの中から一目見ただけでわかるはずがない。わかるとするなら、それは楽器マニアか演奏者だ。そしてこいつは間違いなく後者であり、それはこいつが最初に歌ってた下手くそな歌が証明している。

 そしてあの下手くそな歌がお前が努力を諦めたということの何よりの証拠だ。

 てか普通に忘れてるなよ、そんなこと。

 普通に考えればそれが俺を襲った直接的な動機だってわかるじゃあないか。

『ああ…、そんな歌も――歌ってたな』

 確かにあんたの言うとおり、あたしは“ギターをやっていた”よ。

 でも――と榊は言う。

『だからって別にあたしは努力してなかったわけじゃない』

 そして俺を見た。

 真剣な眼差しで。

『それが自殺した原因かはともかく、というかあたしが自殺したかしないかはともかくとして、あたしはギターに対しての努力を諦めたつもりはない』

「まぁ、努力をすることを諦めたと言っても、お前なりに努力はしただろう。人によって努力――例えば勉強において、毎日欠かさず家でその日習ったことをしっかり復習をしている人は当然努力しているし、普段は家で勉強しない、あるいは宿題すらも真面目にやらない人が、突然宿題をやりだすことだって、その人にしてみればそれも立派な努力だ。つまり人によって努力の感じ方は様々だ」

『そうだ、あたしはあたしなりに精一杯努力してきたつもりだ――いや、精一杯努力してきた。あんたはこうして言葉ではいかにも中立的な意見を述べているけれど、でも心の中ではきっとあたしの努力を否定しているのかもしれないけれど、それでもあたしは精一杯努力をしてきたんだ。たとえあんたがそれを否定したとしても、あたしは胸を張って断言できる』

「でも、“その成果”はなかったんだろう?」

『え?』

 榊は俺の言葉に目を丸くした。

 不意をつかれたかのように。

「お前は一生懸命努力をしていた、それをお前が言うなら俺は言葉上でも心の中でも否定しない。でも才能を持つ人間を憎み、嫉妬し、忌み嫌っているということは、その努力は実らず、成果も得られなかったということになるんじゃないのか?」

 もしこいつの言う努力が実っていたならば、才能を持つ人間を憎んだり嫉妬なんかしないだろう。努力で得たものは力となり、そして成果に繋がるのだから。

 極論を言うならば。

 こいつも“才能を持つ側の人間”になっていたはずだ。

「努力はあくまでも過程であって結果じゃない。だからいくら努力をしたと豪語しても、成果という結果を得られないなら――努力してないのと同じだ」

 つまり――努力することを諦めたのと同じだ。

『…………』

 榊は俺の『お前』という言葉にすら反応せず、うつ向いて何も喋らない。

 しかもうつ向いているため、少し長めの金色の髪が榊の顔を覆っているので、今榊がどんな表情を浮かべているのかわからなかった。

 でも、決していい表情をしてはいないだろう。

 今まで榊は何かと俺の言うことに対して反論してきた。

 自信を持ち、確信を持って俺に反論してきた。

 しかし今榊が、しかもうつ向いて一言も発さないということは、俺の言ったことに対して反論しない――いや、反論したくてもできない。

 それはつまり。

 榊は俺の言ったことを肯定したんだ。

 努力の成果がなかったことを。

 そして努力をすることを諦めたことを。

『………って…うな…』

「え?」

『お前って言うなあ!!』

 榊は突然うつ向いていた顔を勢いよく上げて、俺に向かって大声で怒鳴った。

「うわっ!!」

 び、びっくりした…。

 いきなりの怒鳴り声に腰が抜けそうになったじゃねーか。

「い、いきなりそんな大声出すなよ、ここ住宅街だし、それに今は夜なんだから少しは――」

『うるさいうるさいうるさい!!!何回も言っているだろう!?あたしのことをお前って言うなって!!あんた何様だよ!?ちゃんと名前教えたんだから名前で呼びなよ!!』

 榊は俺の注意すらお構いなしに、暴れるように叫び散らした。

 榊とはついさっき出会ったばかりなので『今までの』という言い方に少し語弊があるかもしれないけれど、それでもこいつを出会ってから今の今までこんな子供が駄々をこねるように怒ったのはなかった。俺の首を絞めたり、鋭い目付きで睨まれたことはあっても、まるで感情の制御が効かなくなったようにこんな小さなことで逆上することはなかった。

 だから俺はそんな榊に少し驚いた。

『小さなことだって…?ふざけるな!!そりゃああんたからしてみれば他人を“お前”と呼ぶことに対して何も思わないだろうよ、それがあんたにとって――あんたら有能な人間にとって当たり前のことなんだから。他人を“お前”と見下すのは当たり前のことなんだから!!』

「い、いや、別にそれはお…榊のことを見下すつもりで言ったんじゃあ…」

 そうだ、俺は別に榊を見下してなんかいない。

 仮にそうだとしても認めちゃダメだ。

 それを認めるということは――。

『見下してるよ!!見下して、哀れんで、馬鹿にして、優越感に浸りながら自分の才能を無責任に披露して――無能な人間に見せかけの希望を与えるんだ』

「見せかけの希望…?」

『ああ、そうだ。ライブにしたって、動画にしたって“どんなに難しいフレーズでも練習をすれば必ずできるようになる”という希望を与えつつも凡人には到底たどり着かないギタープレイを涼しい顔でやってのけるじゃないか、このくらいは普通にできるみたいな顔してさ。心の中では『お前らにはできないだろう』ってほくそ笑んでるくせに。そしてそれに気付かず、ただ与えられた希望にすがる無能な人間は、きっと自分にもできると信じて必死に練習するけれど、それは結局は自分の無能さを痛感させるだけで何の希望にもならないんだよ。希望になっているのは有能な人間だけだ。あたし達のような無能にとってそれは――“絶望”だ』

 ………なるほど。

 こいつの言っていた“無責任”の意味がようやくわかった。

 でも。

 わかっただけだ。

 同情なんて――するか。

「そりゃあ見下されるわ」

 そして俺は、榊を思いっきり見下した。

 ワンピースの蛇姫のごとく。

『あんたそれ、見下してるってより見上げてるんじゃ…』

「うるさい。今俺はお前を馬鹿にしたんだぞ?冷静に突っ込んでる暇があったら激昂しろよ」

 じゃないと今いいところなのに話が盛り上がらないじゃないか。

『知るかそんな製作者の事情は』

 メタ発言はやめろ。

 とにかく。

「そりゃあ見下されるわ、そんな考えなら」

『そんな考えってどういうことだよ』

「そんなのお前の固定観念じゃあないか、もっと言うなら被害妄想だ」

『被害妄想だと?』

 そう返してくる榊に、俺は一呼吸おいて言った。

「“どんなに難しいフレーズでも練習すればできるようになる”という希望の、どこに見下す意思がある?」

 自分の言うことを言ったそばから否定してしまうかもしれないけれど、見下す意思が百パーセントないとは言い切れない。人は誰でも心の中に悪を持っているのだから。

 でもそれは逆に言ったら“練習すればできるようになる”という希望も必ずあるということだ。

 無能だろうが。

 有能だろうが。

 結局は“同じ人間”なんだから。

 同じ人間である以上、希望なんだ。

 そしてそれは――対等という意思だ。

「榊」

 俺は、手元にあったギターケースからギターを取り出し、榊に差し出した。

 榊は俺の行動に当然のように首を傾げる。

「俺にお前のプレイを見せてくれよ」

 演奏のことを『プレイ』と言ったことに対しての恥ずかしさはあったけど、口に出てしまったのはしょうがない。

 俺は格好つけたがりなんだ。

 そんな俺に対して榊は、

『キモッ』

 と初めて俺に笑顔を見せて、俺の差し出したギターを手にとったのだった。



 こうして三話に続いた俺の話は、煮え切らない、何かよくわからない形で終わりを迎えて、俺は、首を絞められて生死をさ迷いながらも何とか無事に家にたどり着いた。家に着いた時にはもう夜の十時を過ぎてしまっていたが、その頃には両親はすでに寝ていたので(と言っても起きていても別に怒られたりしないのだけど)、物音を立てないようにして自分の部屋に入った。

 まぁ、だらだらと続いた俺のどうでもいい話にオチなんてものはないのだけれど、強いてつけるなら――。


「あ、あのぉー、榊先生?」

『ん、どうした?』

「俺に、いや、僕にギターを教えてください」

『いいけど、住み込みで教えなきゃいけないの?』


 あの卑屈で被害妄想の激しい金髪の女子高生の幽霊は、俺よりギターがめちゃくちゃ上手かったということだ。

「榊先生、寝るときは僕のベッドをお使いください」

「こいつ、あたしの演奏を聴いた瞬間にころりと態度を変えやがって…」

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