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第28話 奇襲ですぅ 【いち】

何かおかしいです、いろいろと。

「お疲れー、それじゃあまた来週な」

「ああ、お疲れ」

「あ、司、お前ちゃんと来週までに曲作ってこいよー」

「おう、任せろ」

 俺はバンドのメンバーにそう言ってスタジオを出た。



 俺は小田切司。

 祐介の友達で、確か前に祐介達と海に行ったとき出てきたと思うけど覚えてるかな。

 まぁ、覚えてなくても別にいいんだけど。

 俺なんて微妙な位置の人間だし。

 ……どうでもいいか。

 いや、卑屈になってる訳じゃあないんだぞ。

 ぶっちゃけ俺は別に俺の話なんて無くてもいいと思ってるし。

 俺個人の自由がちゃんと確保されてれば俺の話なんていらないんだ。

 ここでいう『自由』というのはバンド活動のことだけど。

 それさえちゃんとできれば俺の話なんてどうでもいいんだ。

 ただまぁ、こうやって個人的に俺の話が挙がるということは――何かあるな。

 ………。

 まぁ、別にいいけど。


 冒頭で言っているように、俺は今日バンドメンバーでスタジオ練習をしていた。

 バンドメンバーでスタジオ練習って言っても、同じ中学だったバカ三人組がただの趣味でやってるだけなんだけどね。

 まぁでも、趣味とは言えど、結構ガチでやってる。

 オリジナル曲作ってライブもやったりしてるし。

 別に将来音楽でやっていきたいとは思ってない――と言えば嘘になるけど、世の中は甘くないのは重々承知してるし、正直俺は音楽をやるためにあらゆるリスクを背負う勇気も度胸もない。

 ただ――楽しいんだ。

 みんなで自分達の曲を作って、自分達の手で演奏する。それでもし曲を聴いてくれた人の中に何かを感じてくれるものがあったら、俺は楽しいし嬉しいんだ。

 まぁ、別に俺らは立派なバンドでもなければインディーズバンドでもない、ただのお遊びバンドだ。

 きっと俺らの音楽で何かが変わるわけでもないし、感動とかそういうのも与えられるわけではない。

 でもこんなお遊びバンドでも人を楽しませたり人を感動させたりできるのなら。

 俺は音楽をやりたい。

 …うん。

 何を言っているんだ俺は。

 何か思い返してみるとすごい恥ずかしいことをベラベラと喋っているな…。

 ………。

 本編行くぞ。



「もう九時か」

 スタジオを出て電車に乗って最寄りの駅に着いた頃、携帯の時刻表示には『21:01』と表示されていた。

 スタジオ練習をするとだいたいこのくらいの時間に駅に着き、家に着く頃になると九時半近くなる。

 まぁでも、極端に遅い時間というわけではないし、親ももう高校生だしと言って門限に対してとやかく言ってくることもないから問題はないんだけど。

 放任主義というわけではなく、きっと俺が女だったらいろいろ言ってくるかもしれない。現に二個上の姉ちゃんには結構厳しいし。

 きっと俺には高校生になったんだからこれからは責任を持ち、よく考えて行動しなさいということなのだろう。

 俺の勝手な解釈だけど。

「家に着いたら早速新しい曲を考えないとな」

 家に向かう最中にふとそう呟いた。

 うちのバンドは主に俺が作詞作曲をしている。たまにベースの奴が作曲をしたり、ドラムの奴が作詞したりもするが、基本は俺だ。

 曲を一曲丸々作るのは本当に大変で難しい。歌詞だったり、アップテンポにするかスローテンポにするか、どういう曲構成にするかとかいろいろ考えなくてはならない。でもその大変な作業を終えた時の達成感はやみつきになるほどだ。

 だから俺は曲を作るのが好きなんだ。

「うーん、最近はアップテンポな曲ばっかり作ってるから今回はロックバラード的なものを作ってみるか」

 そうなると次は歌詞のテーマだな。

 歌詞をあまり過激なものにすると曲とのバランスがおかしくなる。

 言葉遣いも柔らかくしないといけない。

「うーん、どんなことを歌おうか…」

 俺がそう呟いたとき、“それ”の声が、小さく、それでもはっきり聞き取れるほどに俺の耳に入り込んできた。

 ――嫉妬。

「え?」

 俺はその声に反応し、進めてた足を止めて辺りを見回した。

「誰も居ないじゃん」

 所々に外灯があるので夜でも辺りを見渡せる。

 少なくとも俺の視界の中に人と思われるものはなかった。

「気のせいか」

 俺はそう言い、再び家に向かって足を進めようとした瞬間――。

 今度は“歌”が聞こえた。

 いや、聞こえたというより――“歌”が俺の周りをぐるぐると駆け巡っている。

『あたしよりも~ギターが上手い~あなたが羨ましく~そしてぇ~♪』

 まるで即興で考えたようなお粗末で小学生でも作れそうなヘンテコでリズムもへったくれもない陽気な歌。

 そんな陽気な歌声が突然ピタリと止まる。それと同時にまるで季節が冬になったかと思うほどに空気が冷たくなった。

 な、さむっ!!

 何でいきなり!!

 今夏だぞ!?

 俺は突然の不可解な出来事に頭が混乱し、そして今まで味わったことのない恐怖を感じていた。

 俺の背中に嫌な汗が流れ、まるで金縛りにあったかのように体の自由が利かなかった。それなのに反射的にゾクリと鳥肌が全身を走る。

 なんなんだ今の歌は…。

“そしてぇ~”?

 そしてなん……。

『憎い』

「!!!」

“それ”の声は、俺の思考を遮断するのに十分過ぎるほどはっきりと聞こえた。

 さっきの陽気な歌声とはまるで違い、その言葉通り憎悪と憎しみの篭ったドス黒い声。

 そして俺はそのドス黒い声に押し倒されるように――気が付けば仰向けで倒れていた。すると俺の目には何も映っていないのに俺の体にまるで誰かが乗っかっている感覚がそこにあった。

 な、何だ!?

 誰かが――俺の上に乗っている!?

『憎い』

 さっきと同じ調子で“それ”は囁く。

 声自体は小さく、囁くという表現がまさにピッタリなのだが、その声から感じられるドス黒い感情はとても強く、俺の体にビリビリと伝わってくる。

 何が憎いんだ?

 俺が憎いのか?

 もしそうだとしたら、俺が何をしたと言うんだ?

 わからない…。

 いくら考えてもわからない…。

 俺が“誰に”対して“何を”したんだ!?

『に…』

 ていうか何なんだこれ!!

『く…』

 俺霊感ねぇーのにふざけんな!!

『いいイイィいぃ゛いィ゛い゛イ゛ぃぃい゛イイぁあ゛ア゛あ゛ア゛あ゛あ゛ア゛アぁ゛ああ!!!!!』

 普通に怖ぇーじゃねーか!!

「うわっ!!ぐっ…!!あ…っ…」

 鼓膜が破れそうになるほどの――まるで衝撃波のような叫び声が木霊し、辺りを支配する。当然のごとく、俺もその脅威に気負けし、意気阻喪していた。

 だから、すぐには気付けなかった。 

 この“息苦しさ”の原因を。

『がぁああアアアあ゛あぁァ゛ァア゛アあァァ!!』

「がっ…は…、な…に…、なん…だ…っ…」

 息が出来ない。

 声もまともに出せない。

 そしてこの首を締められている感覚。

 顔をしかめ、息苦しさで徐々に意識が遠のいていくこの状況でようやく理解することができた。

 俺は――“何かに”首を締められているということを。

『あ゛ぁあぁ、はあ゛ぁ…にぐいぃィい…、はぁ…、あ゛あぁ』

 落ち着きを取り戻したのか、先ほどより低いトーンで、それでもしっかりと憎悪と憎しみを纏った吐息混りの声が俺の顔を撫でる。俺には見えてないが、恐らく“それ”の顔は俺の眼前にあるのだろう。

 生暖かくて気持ちの悪い声が。

 まるでアイスを舐めるかのように俺の顔中を舐めまわす。

「や…っ…、め……」

 意識的にやったのか無意識にやったのかわからない。しかし“見えないものに触れた”ということはきっと無意識に、体が勝手に反応したのだろう。

 俺の手が“それ”に触れた。

 いや。

 この場合“触れた”という表現は正しくない。

 正確には――掴んだ。

 俺の首を絞めてる“それ”の手首を。


『ちょっと、何触ってんのよ』


 ………え?

 なん…だ…?

 女の…声…?

 俺は恐る恐る目を開けると、そこにはセーラー服を着た金髪の女子が俺の体に馬乗りになっていた。

 恐らく女子高生であろうその女子の二本の細い腕はやはりというべきかしっかりと俺の首を握っていた。

「え…?」

 突然の出来事の連続で何がなんだかわからない状況で、混乱する頭の中すらも整理できないまま、俺はその女子高生を見つめることしかできなかった。

『なーんかシラケちゃった。ちょっと、手ぇ離してってば』

 さっきのドス黒い感情を剥き出しにした声とはまるで違い、言葉通り呆れた口調で言う女子高生が、俺の頭の中に張り付いた混乱を更に煽る。

 とりあえず俺はその女子高生にそう言われて、まるで熱い物を触ったかのように慌てて手を離すと、その女子高生は溜め息混りにゆっくりと俺の体から降りた。

「ゲホッ!!ゴホゴホッ!!ッゴホェ!!」

 首絞めから開放された俺は、喉を抑えながら激しく咳き込む。

『うわー、ゲホゲホ言っちゃって。なんてみっともない姿』

 腕を組み、まるで家畜を見るような目で俺を見下ろしながらその女子高生は言う。

 てめぇがこんなふうにしたんだろうが!!

 俺はそんな文句を吐いてやりたいところだったが、なかなか咳が止まらずそれを口にすることはできなかった。

『まぁね』

「!?」

“まぁね”だと…?

 今こいつは何に対して“まぁね”と言ったんだ?

 まさか――。

『あぁ、あんたの“心の声”に言ったんだ』

 女子高生は表情を変えずに冷たく言い放つ。

「ゲホッ…、っはぁ…はぁ…、お前、俺の心が読めるのか…?」

 気管の圧縮運動が徐々に弱まり、何とか喋れるようになった俺は、頭の中に芽生えた疑問をぶつけた。

『あぁ、読めるよ?あたしは幽霊だからね』

「幽…霊…」

 俺は女子高生――正確に言ったら女子高生の幽霊が自分の正体を幽霊と明かしたことに対してさほど驚きを見せなかった。

 やはりか。て言うか、上に乗られた時点で気付いていたけど。

「はぁ…、はぁ…、ふうぅー…」

 よし、呼吸も整ってきたし徐々に落ち着きも取り戻している。

 俺はもう一度深呼吸をしてから、

「お前は一体何なんだ?」

 と女子高生の幽霊を睨みつけて言った。

『だから言ってんじゃん、あたしは幽霊だって。ちょっとあんた大丈夫?』

その女子高生の幽霊は、俺に睨まれたことに臆することなく、むしろ俺を馬鹿にしたような口調でそう言った。というよりはっきりと馬鹿にした。

『へぇー、あんたテレキャス使ってんだ』

 そして恐らく倒れたときに飛んだのだろう俺のそばに落ちているギターケースを開けて俺のギターを手に取りながら言う。

「お前が幽霊だってことはわかってんだよ。俺が聞いてんのは何で俺を襲ったのかってことだよ」

 んなことわかんじゃん、察しろよそこは。

 すると女子高生の幽霊は、手にしていたギターをギターケースにしまい、はぁーと溜め息を吐く。そして頭を掻きながら、

『あんたらが憎いんだよ。んなことわかんじゃん、察しろよそこは』

 と鋭い眼差しで俺を睨みつけてそう静かに言ったのだった。

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