第23話 鬼ごっこしますぅ 【に】
「あ、藤森じゃん。奇遇だね」
林の入り口辺りで、僕に向けてそう少し大きな声で話し掛けながら手を上げる三上麻衣子。
肩にかからない程度のショートカットで、少し長めの前髪をピンで留めていた。そこから覗かせるクリッとした目と、時折現れる八重歯が印象的で可愛らしい顔立ちをしている。まぁ、果たしてそれが可愛らしいのかと聞かれたら一概にはそうは言えないが、僕は可愛らしく思う。そして、半袖のパーカーにデニムのショートパンツと言ういかにも夏らしい恰好をしていて、パーカーの中にキャミソールでも着ているのか、開けた胸元から見える鎖骨が――何かエロかった。
もう一人の女の子は髪が肩より少し長く、やはり年相応幼い顔立ちをしていた。服装も、Tシャツにスカートと言う感じで、まだまだファッションに興味をおくまで達していないと言ったところであった。大体小学六年生くらいだろうか。
「うん、そうだね」
とりあえず僕は簡単にそう返した。
しかし何で三上がこんなところにいるんだろう。
『人間なんだからそりゃあいろんな所に行くさ』
実際、そんな結論で僕の疑問は解消されるのだけれど。
何となく。
ただ何となく僕は特に考える必要のないことを考えてみた。
そもそも僕のイメージでは、三上と言う人間はこんな自然がいっぱいアップルパイな場所にはあまり訪れることがないと思っていた。
だって友達がたくさんいる、しかも青春真っ只中の(まぁ、僕もなんだけど)女子高生が妹と思われる女の子の手を引いて自然公園に来るなんて誰が予想できるか。
普通なら買い物や映画、カラオケなどたくさん遊ぶことに充実している駅前や、この時期なら海やプールなどに友達と行くと誰しもが予想するだろう。
なのに何故?
僕には理解できなかった。
「そろそろいつものようにラフな感じで話を進めてもよろしいですか?」
僕はその声のする方へ目を向けた。
ストレートヘアーのロリっ子幽霊こと桜井奈緒さんである。
「祐介さんは“私”ではありませんし、ここは平行世界でもありませんし、そもそも文才がまるで釣り合ってません。たとえ影響されても真似できるレベルじゃないんですから普通にいきましょうよ」
「だってあれ面白かったんだもん…」
「子供ですかあなたは。ほら、祐介さんが長ったらしく話を進めてるうちに甲ちゃんがあっち行っちゃいましたよ」
桜井さんはそう言いながら林の入り口の方を指差した。
あら、いつの間にか甲が三上のところにいる。
甲って三上と知り合いなのかな?
…いやいや、さっき甲は『歩美ちゃんだー!!』って騒いでたな。
とすると三上の隣にいるあの女の子と知り合いなのかな。
「祐介さん」
桜井さんが僕のTシャツの端をクイクイッと引っ張る。
「さっきあの女の人のこと“三上”って言ってましたけど、それってこの前マイミクしてきた人ですか?」
「そうだよ。あれが三上麻衣子」
「へぇ~、何か普通ですね」
三上の方をじ~っと眺めながら桜井さんはサラッと言った。
一体桜井さんはどんなのを想像していたのだろうか。
若干気になるが、この際気にしないことにする。
「祐介さんが気にしないのであればそのままスルーで。とりあえずあたしたちもあっち行ってみましょうか」
「そうだね。行こうか桜井さん」
そう言って、僕と桜井さんは三上たちのいる場所に足を運んだ。
「意外だな、三上がこんなところに来るなんて」
「こっちこそ意外だよ。意外と言う一言で締め括ることの出来ないくらい意外だったよ。こんなところに一人でいるなんて」
あぁ、そうか。
僕には桜井さんや甲が見えるから一人と言う感覚が無かったけど、三上にはこの二人が見えてないんだ。
つまり三上からしたら、“ここには僕一人しかいない”と言うように認識されているんだ。
そらこんな公園内の人気のない林に一人でいるなんて友達がいないか、もしくは自然が大好きなのか。
どちらにしても良い印象はない。
高校生にしてみれば。
変人扱いだ。
「まぁ、何となくね」
とりあえず適当にごまかす。
「ところで三上は何でこんなところにいるの?」
「あたし?あたしはこの子と遊びに来たんだよ。あ、この子いとこの木村歩美ちゃん」
三上はそう言って女の子の方を見る。
僕も三上に促されるように、その女の子――歩美ちゃんに視線を向けた。
そう言えばこの子、さっきからうつ向いているけどどうしたんだろう。
ま、とりあえず挨拶しておこう。
「こんにちは、僕は藤森祐介。よろしくね」
「………」
…あれ?
反応なし?
もしかして聞こえなかったのかな?
いやいや、この距離で聞こえないわけないよな。三上と喋ってた時と同じくらいの声の大きさだったし、三上にはちゃんと聞こえてた。
うん。
つまりシカトですね。
「歩美ちゃん、ほら、ちゃんと挨拶しないとダメでしょ?ただでさえこのお兄ちゃんは友達少ないんだから。無視なんて、そんなコンプレックスをバットでフルスイングするようなことはやめなさい」
三上さん?
まぁ、そりゃああなたよりは絶対的に友達は少ないけれど、それこそあなたの発言が場外ホームラン並みの破壊力をお持ちだと言うことには気付いていらっしゃるのですか?
「だってこいつがしつこく話しかけてきたり、あゆの周りウロチョロしたりしてそれどころじゃないんだもん!!」
歩美ちゃんは目の前を指差し、目をギュッと瞑って大声で叫んだ。
…こいつ?
僕は歩美ちゃんの指差す方向に目をやると、そこには大はしゃぎの甲がいた。
甲の『来てくれたんだ!!』とか『一緒に鬼ごっこやろうよ!!』とか言いながら歩美ちゃんを中心にグルグル回るのを見たところ、やっぱり知り合いだったんだ。
「歩美ちゃん、やっぱりいるんだね幽霊」
三上はニヤッと笑いながら歩美ちゃんにそう言った。
え?
どゆこと?
何でここに“幽霊”がいることを三上は知ってるんだ?
「祐介さん、今三上さんは完全に幽霊を意識しました。これで今まで見えてなかった甲ちゃんとあたしの姿が見えるようになりますよ」
え?え?何?
ちょっと待って、思考が追いつかない。
「この子~!?きゃー、超可愛いじゃん!!」
三上は突然目の前に現れたであろう甲の姿に(僕には常に甲が見えてるから確かなことは言えないけど)興奮している様子だった。
てゆーか。
あれ?
普通に仲良くしている…。
いやいやおかしいでしょ。
何かもうちょっとリアクションないの?
だって突然男の子の幽霊出てきたんだよ?
少しくらいびっくりしてあげても良いんじゃない?
『うわっ』とか『出たっ』とか『キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!』とか。
あーあー、三上のやつ甲に抱きついちゃったりして。
あれ完全に姉弟じゃないか。
微笑ましいなぁあ。
「あはは、ちょっとお姉ちゃん苦しいよー」
そうは言っても、甲はまるで嫌がる様子を見せない――むしろ喜んでいた。
「うふふ、甲ちゃん嬉しそうですね」
桜井さんはそんな甲を見て姉のように、あるいは母親のように優しく微笑む。
確かにそうだなと僕も思う。
甲の望むもの、それは“友達”なんだと思う。
ましてや桜井さんや木下さんと違って甲はこの場所に縛られているんだ。
牛乳瓶の中に迷い込んだアリのように。
いや、それよりもタチが悪い。
牛乳瓶は出口があるけど、ここには“出口”はないのだから。
視覚で脳を満たすことが出来ても触覚で温もりを感じることが出来ない。
つまり。
“心を満たすことが出来ない”。
この場所に縛られているのは自分の意志なのか、無意識な思いからなのか分からないけど、それでもああやって嬉しそうに笑う甲の姿を見て心なしに僕も何故か嬉しくなり――怖くなった。
「君、名前はなんていうの?」
三上は甲を抱き抱えて頭を撫でながらそう甲に聞く。
「僕は高橋甲だよ」
甲は気持ち良さそうにそう答えた。
「甲くんね。あたしは三上麻衣子、よろしくねー」
「よろしくね、麻衣子お姉ちゃん」
「麻衣子…お姉ちゃん…!?くぅー!!可愛すぎるぅー!!」
うわぁ…、豪快な頬ずりだなぁ…。
甲の顔ぐにゃぐにゃいってる。
「ありゃ完全におもちゃだね桜井s」
「歩美ちゃんって言うんですかぁー、可愛いですねぇー」
「えへへぇー、撫でられたっ♪」
はぁ~ん、なるほど。
こっちもこっちで姉妹よろしく仲良くやってるわけだ。
へぇ~、そうかそうか。
僕完全にひとりぼっちだね☆
まぁ、普通であれば、ここで三上たちと別れて鬼ごっこ再開となるのだけれど、ありきたりと言うか良くある話で、三上たちも混ざって鬼ごっこをやることになった。
僕たちの世界ではそれが普通なんだよ。
……しかし。
甲はともかく、今日初めて会ったのに(幽霊だから会う機会なんて皆無だけれど)桜井さんとまでもう打ち解けてるなんて、三上はやっぱり凄いな。
社交性に長けてると言うか、誰かと一緒に過ごすのが好きなのか。
少なくともモノの数秒で仲良くなれるなんて僕には出来ない。
これもまた一種の才能なのか。
「ところで三上」
「ん?どした?」
「何でここに幽霊がいるって知ってたんだ?」
さっき三上は『やっぱりいるんだね幽霊』と言っていた。
それまでは誰も“ここに幽霊がいる”なんて言っていなかった。
それなのに三上はあたかもここに幽霊がいることを知っていたかのような発言をした――いや、三上は明らかに知っていたんだ。
僕はさっきそれによって混乱してしまった。
いや、大方予想はついていたんだけど、突然のことだったから混乱してしまったんだ。
きっと――。
「あぁ、この前歩美ちゃんがここに来て『子供の幽霊を見たー!!』って騒いでいたっていう話をおじさんから聞いてね」
ねー甲くんと、やっぱり子犬同然に扱われている甲の頭を撫でながら三上は言った。
そうだねーと甲も返す。
あいつ、絶対話分かってないだろ。
絶対適当に返しただろ。
「ちょ、ちょっとまいちゃん!!あゆ別に騒いでないよ!!」
三上の言葉に少し慌てる歩美ちゃん。
「あれ?そうなの?聞いた話だと幽霊を見て、しかも話も出来て嬉しそうにしていたって言ってたよ?」
「なっ!!ちがっ!!何でそんな奴と話して嬉しくなんなきゃいけないの!?そんなこと絶対あり得ない!!」
歩美ちゃんは顔を真っ赤にして怒鳴る。
「ツンデレですね」
そんな歩美ちゃんを見てうふふと笑う桜井さん。
「奈緒さぁーん、違うよぉー」
ポコポコと桜井さんの胸を叩きながら歩美ちゃんは言う。
あれは照れ隠しなのかな。
ちょっと微笑ましい。
「歩美ちゃん!!僕も歩美ちゃんと話が出来てすっごい楽しかったし嬉しかったよ!!」
甲はぴょんっと三上から離れ、歩美ちゃんの元へパタパタと駆け寄る。
「しかもまたここに来てくれた!!前僕と話してくれただけで嬉しいのにまた来てくれるなんて僕本当に嬉しいよ」
そしてニコッと笑って、
「ありがとう」
と甲は言った。
「は!?何言ってんの!?あゆがここに来たのは、まいちゃんが幽霊見たいって言うからその…、し、仕方なく来ただけなんだから!!別にあんたに会いに来たんじゃないんだから!!」
歩美ちゃんは甲から目線を逸らしてそう言う。
それを見て三上は『素直じゃないねー』といやらしい笑みを浮かべながら言った。そしてそれにつられるように僕と桜井さんも笑った。
僕は二人のやり取りを見て、小学生にしてはマセてるのかもしてないけれど、それが逆に初々しくて可愛いなと思った。
純粋過ぎて。
見てられない。
「あはは、さぁ、それじゃあみんなで鬼ごっこやろうか!!」
遅ればせながら、ようやく今日のメインである鬼ごっこが始まったのでした。
「いやぁー、楽しかったですね祐介さん」
僕の乗る自転車にふわふわと並走しながらニコッと笑う桜井さん。
そんな桜井さんの背後に映る空はもうすっかりオレンジ色に染まり、太陽は地平線に半分くらいまで隠れていた。
「そうだね。まぁ、久々に走り回ったからちょっと疲れたけど」
きっと明日は筋肉痛で動けないだろうな。
「もし明日筋肉痛になったらあたしがマッサージしてあげますよぉー」
「やめとくよと言いたいところだけど、ここはあえてやってもらおうかなーなんて」
「任せてください!!」
「いや、やっぱりやめておくよ」
「そうですかぁ?残念ですぅ」
いや、本当に残念そうな顔しないでよ。
「それにしても今日は本当に楽しかったですね!!特に罰ゲーム!!あれは今まで見てきた罰ゲームの中で一番可愛い罰ゲームでしたよぉー。三上さんって意外にやりますね」
「そうだね、あれは僕も上手く罰ゲームを利用したなーって思うよ」
「うふふ、あの罰ゲームが今後どうなるのかすごい気になりますね」
「良い方向に傾けば良いね」
僕と桜井さんは夕焼けに染められた空の下で二人で笑った。
今日の鬼ごっこで罰ゲームを受けるのは最後に鬼だった甲に決まった。僕たちで罰ゲームの内容を考えている時に三上が罰ゲームが決まったと言い、僕たちに何の断りもせず、またその内容を僕たちに教えることも無く、甲にその内容を耳打ちした。文句を言う隙もなかったので結局罰ゲームは三上ので決まったのである。僕は三上にその内容を仰いだが、見てれば分かると言ってそれを制止した。
僕は内容を教えない三上に若干の苛立ちを覚えた時、甲が動いた。罰ゲーム開始である。
まぁ、結論から言わせてもらうと、罰ゲームの内容は“お願い”だった。
甲のお願い。
甲の願い。
甲の望む願い。
『歩美ちゃん、僕と友達になって』
この一言が今回の甲の罰ゲームだった。
まぁ、もしかしたらこれは歩美ちゃんの罰ゲームなのかもしれないけど。
歩美ちゃん、顔を真っ赤にさせて暴れてたし。
でもこれはこれで良いのかもしれない。
甲と歩美ちゃん。
仲良くなってもらいたいものだ。
「あ、桜井さん」
「何でしょうか祐介さん」
「帰りにアイスでも買って行こうか」
「きゃああああああああ!!!アイスですぅー!!アイスですぅー!!やっっっっっっっったですぅぅうううー!!!」
あはは。
「じゃあ急ごうか」
「はいですっ!!」
「祐介さん」
「何桜井さん」
「サブタイが鬼ごっこなのに鬼ごっこの内容が全然ありませんね…」
「そうだね…」