第22話 鬼ごっこしますぅ 【いち】
時は戻り、僕のターン。
「甲ちゃーん!!遊びに来ましたよぉー」
麦茶の入ったコンビニ袋をブンブン回して、木の枝や葉っぱで覆われている空に向かって叫んでいるストレートロングヘアーのロリっ子幽霊こと桜井奈緒さん。
「桜井さん、そんなに麦茶振り回すと泡立っちゃうよ」
泡立ったお茶ほど嫌なものを連想させてくれるからね。
出来ればやめてほしいんだ。
そんなことを思っていると、上の方でガサガサと鳴り、葉っぱが二、三枚ヒラヒラと落ちてきた。
「あー、お兄ちゃんとお姉ちゃんだ!!」
そしてその声と共にストンと甲が落ちてきた。
「やぁ甲。元気にしてた?」
僕は甲に向けて軽く手を上げる。
「うん!!元気にしてたよ!!」
甲も元気いっぱいの笑顔で返す。
「そうですかぁー、元気でなによりです。あ、はいこれ、祐介さんが買ってくれたんですよぉー」
桜井さんはコンビニ袋から麦茶を取りだして、甲に差し出した。
「ホント!?うわぁ、嬉しいなっ!!ありがとうお兄ちゃん!!」
…うわぁ。
これショタコンの人が見たら悶えて吐血するほどの可愛さだぞ。
かく言う僕も少しドキッとしましたけど。
いや、だからと言って僕はショタコンじゃないからね!?
至ってノーマル!!
普通の代名詞こと藤森祐介でございます。
「桜井さん」
「何ですか祐介さん」
「今度、甲をコーディネートしてみようか」
「それは楽しそうですねぇ」
ウヒヒッと小さく笑う桜井さん。
「お兄ちゃんお姉ちゃん、何をこそこそと喋ってるの?」
甲は首を傾げながら、あどけない表情で僕たちを見ていた。
「何でもないですよ甲ちゃん。さぁ、麦茶でも飲んで下さいよぅ」
「?」
次来た時は甲を可愛くするぞっ!!
さて。
こうして甲のところに遊びに来たわけですけども…。
実際のところ、ノープランなんですよね…。
こう言う時は誰かに意見を仰ぐのが良策ですね。
他力本願上等。
「甲、何して遊ぼうか」
ここは子供の意見を優先するということで、僕は甲に聞いた。
「鬼ごっこがやりたいですっ!!」
…どうして桜井さんが答えるの?
そんな気合十分で言われても。
「鬼ごっこ!!僕もやりたい!!」
あら、甲も乗ってきたな。
「ねー!!やりたいですよね鬼ごっこ!!」
「うん!!やりたいやりたい!!お兄ちゃん、鬼ごっこやろう!!」
もう二人してはしゃいじゃってる。
うきゃうきゃ言ってる。
まぁ、いいか。
「よし、じゃあ鬼ごっこやろうか」
と言うわけで鬼ごっこして遊ぶことになりました。
まぁ、細かいことは気にしない。
幽霊二人と鬼ごっこするなんて気にしない。
はたから見たら高校生が公園の林の部分で一人走り回ってるのを見られても気にしない。
ましてやその一人が子供だとしても気にしない。
もちろんその子供に対して本気になっても気にしない。
大人気なくても気にしない。
つまりはだ。
細かいことは気にしない。
「それじゃあ鬼を決めようか」
「はいっ!!じゃあじゃんけんで決めましょう」
桜井さんはそう言うと、右手をグーにして前に差し出した。
「そうだね、そうしよう」
僕も桜井さんに倣う。
「じゃあいくよー。最初はグー、じゃんけんぽん!!」
甲の声を合図に、僕たちは手を出した。
「桜井さんが鬼だね」
「お姉ちゃん鬼ー」
「うぅ~、負けちゃいましたぁー」
じゃんけんの結果は僕と甲がチョキで、パーを出した桜井さんの負けだった。
「うぅー!!こう言う場合は普通、物語の主人公が鬼になるものじゃないんですか!?」
腕を振り回し、ジタバタする桜井さん。
てか何その設定。
そんなセオリー通りにはいかないよ?
甘いぜ桜井さん!!
「じゃあ桜井さん、十数えたら追いかけて良いよ」
「分かりました。あたし頑張っちゃいますから覚悟して下さいよっ」
桜井さんはそう言って、いきなり『いーち』と数を数え始めた。
早すぎる。
せめて合図をしてから数えてほしかったなー。
「ちょっ!!いきなり始めないでよー!!おい甲行くぞ!!」
「うん!!いっくぞぉー!!」
こうして一人の人間と、二人の幽霊による鬼ごっこが始まった。
いやぁ、鬼ごっこなんていつぶりだろうか。
中一くらいかな。
子供の頃は良く近所の子たちとやってたけど、最近はやることは疎か、言葉すら出していないし聞いてもいなかったな。
やっぱり成長するにつれてと言うか思春期を迎えることで、鬼ごっこなんて子供の遊びだと認識し、疎遠になるのかな。
思春期ってそう考えるとどうなんだろう。
うーん、複雑だな。
まぁでも、いざやってみると楽しいんだよな鬼ごっこって。
鬼から逃げる時のあの緊張感。
最高でもないけどなんか病みつきになる感じ。
毎日平平凡凡と過ごしている僕には良い刺激になる。
鬼ごっこなんかで感じる緊張感ですら。
僕の日常に刺激となって介入してくるのだ。
まぁ、良いや。
とりあえず今は鬼ごっこに集中だ。
………。
うーん。
今改めて思うと、リスクのない鬼ごっこはちょっと物足りなかったかな。
いわゆる“罰ゲーム”。
例えば最後に鬼だった人はみんなの前で一発芸とか。
全員が人間だったらジュースを一本ずつ奢るってのも良いかもしれないけど、いかんせん他の二人は幽霊だからお金持ってないんだよね。
そうしたらたとえ僕が鬼じゃなくても僕が奢ることになってしまうからな。
まぁ、それはやりながら考えて、終わった時にドッキリとして罰ゲームをやってもらおうか。
ちょっとたのしm
「うおぉぉおおおお!!!祐介さぁぁあん!!待ちやがれですぅー!!!」
「うぇ!?」
僕は後方から聞こえてくる桜井さんの咆哮とも言える叫び声にびっくりして、変な声と共に後ろを向いた。
「ちょっ!!桜井さんそれ反則だよ!!」
まず空を飛んでる時点で反則なのに、その上、身体を透かせて木とか枝とかを物ともせず超高速でこっちに向かって来てるんだよ!?
そんな面白いほど物理法則にシカト決め込むなんていくらなんでも反則過ぎるよ!!
……あ。
幽霊だから関係ないのか。
いや、それにしても反則過ぎるぅぅうううう!!!
「幽霊の特権ですっ!!!大人しく捕まって罰ゲームをやりやがれですぅー!!」
心まで読まれてたー!!
「あははー、お兄ちゃん頑張れー」
右の方から甲の無邪気な声が聞こえるが、どこを探しても姿が見当たらない。
あのヤロォォオオオオ!!!
完全に姿消してやがるな!!
なんだこのチート満載の鬼ごっこは。
ノーマルプレイは僕だけじゃないか。
「ストォォップ!!」
僕は立ち止り、チートが使えない悔しさを訴えるように大声で叫んだ。
「どうしたんですか祐介さん」
「どうしたのお兄ちゃん」
そんな中、二人はキョトンとした顔で僕のもとにやって来た。
甲の奴、やっぱり姿を消していたな。
フワッと出てきやがって。
「ルールを設置いたします」
そう、ルール。
ルゥール。
ルゥゥウウウウウウル!!
「うおっ、お兄ちゃんの熱い魂の叫びが頭の中で踊り狂ってる」
「どんなルゥゥウウウウウウルですか?」
いや真似しなくても良いんだよ桜井さん。
「透けるのナシ!!浮くのナシ!!消えるのナシ!!罰ゲームアリ!!それだけですっ!!」
当たり前だ。
全然対等じゃないもの。
不公平だもの。
だって人間だもの。
「えー!!それじゃあすぐ捕まっちゃうじゃないかー」
甲がすかさず文句をぶつけてきた。
「そうですよぅ、透けたり浮いたりしなかったらいよいよあたしたちただの女と子供じゃないですかぁー」
桜井さんも正論で返す。
ほら、二人ともブーブー言わないの。
「ぶーぶー」
「ぶーぶー」
「本当にブーブー言うな!!」
全く。
でもまぁ、桜井さんの言うことも一理あるな。
さすがにそこまで縛ったら僕にとってぬるゲーになってしまう。
甲は子供だし、桜井さんは見るからに運動神経良さそうじゃないし。
「じゃあ浮くのはアリ。これならどう?」
僕は二人にそう提案する。
実際は浮くのを禁止した方が難易度的に楽なんだろうけどね。
でも浮くのを禁止にするとそれこそ身体能力次第で勝負が決まるから、僕にとって楽すぎる。
さっきも言ったように相手は子供に運動神経良さそうに見えない女の子だからね。
だからまぁその点、透けるのを禁止にしても恐らく身体能力は必要ないだろう。
現にさっき桜井さんは超高速で僕に向かって来ていたし。
これならお互いフィフティーフィフティーだろう。
…でも、遥か高くまで飛ばれたらどうしよう。
僕が鬼になった時、捕まえられなくなってしまうじゃないか!!
「あ!!浮いても良いけどあんまり高く浮くのはダメ!!大体地上から一メートルくらいまで!!」
ふー、危ない危ない。
「まぁ、それなら良いですぶー」
「僕も良いぶー」
語尾よ。
こいつらこの期に及んでまだブーブー言いやがるなぁ。
「あ、祐介さん。罰ゲームを設けるのであれば制限時間も必要ですね」
あ、大事なこと忘れてた。
「そうだね。うーん、三十分くらいでどう?」
「そうですね、ちょうど良いんじゃないんですか?」
「よし、じゃあルールの確認。制限時間は三十分、三十分経った時点で鬼だった人は罰ゲームね。内容はその時決めると言うことで。あと桜井さんと甲は透けるの禁止ね。浮くのはアリで範囲は地上から一メートルだから」
うん、こんなもんで良いだろう。
「甲分かった?」
僕は甲にそう聞く。
まぁ、さすがに分かってると思うけど一応確認ね。
「分かったよー」
「偉いですね甲ちゃん」
「えへへー」
桜井さんが甲の頭を撫でると、甲は嬉しそうに笑った。
「よし、それじゃあ――」
僕が『始めようか』と言葉を続けようとした時、林の入り口のところに見慣れない女の子と見慣れた女子の姿が僕の視界に入る。
この前、初めて接点を持った――あまりにも中途半端で形のない接点を持った同じクラスの女子。
誰に対しても友好的で、友達が絶大に多く、良く喋るクラスのムードメーカー的な位置に定着しつつある女子。
「三上…?」
僕がそう呟いた時、
「あー!!歩美ちゃんだー!!」
隣で甲がそう叫んだ。
僕と同じ方向を向いて。
そしてそんな姉妹のような雰囲気を漂わせている二人の一人はニカッと笑い、もう一人は恥ずかしそうに俯いていたのだった。