第21話 甲ちゃんと女の子ですぅ
甲だよー。
今日は僕メインの話だから視点はお兄ちゃんから僕に移るよー。
話は少し遡って僕がお兄ちゃん達と出会った次の日のことだよ。
僕はいつも木の上で過ごしているんだ。
休むのも木の上。
寝るのも木の上。
遊ぶのも木の上。
滅多に地上には行かないんだ。
だって草がいっぱい生えてて何か気持ち悪いんだもん。
それになぜか広場の方や遊具のある場所には行けないんだ。
何か見えない壁みたいなものがこの木がたくさんある場所をぐるーっと囲んでいるみたいなんだ。
しかもその対象が僕だけ。
何でなんだろう。
この前来たお姉ちゃんは普通に入って普通に出れたのに。
同じ幽霊なのに。
理不尽だよね。
まぁ、つまり。
僕はその日も木の上で遊んでいたんだ。
「うおっ、カブトムシ!!」
僕のいる木の幹にカブトムシ発見だ。
「大きいなぁ、これ何て言うカブトムシなんだろ」
僕はカブトムシの目の前に手を出した。
カブトムシは臆することなく僕の手に登ってくる。
「カッコいいなぁー」
おっきいから迫力があるよね。
どのくらいあるんだろう。
七、八センチくらいあるかな?
それに角も立派。
もし僕が虫だったらこの角で攻撃されたら一発でやられちゃうな。
正に昆虫界の王様だね!!
「のっし、のっし、のっし、のっし♪」
僕の手の上をゆっくり歩いてくカブトムシ。
「カッコいいけど、何か可愛い」
僕は片方の手でカブトムシの角をツンッと突っついた。
角を突っつかれたカブトムシは一瞬ビクッとして歩くのをやめた。
そしてしばらく辺りを警戒した後、再び歩き始める。
そして手のひらからカブトムシが落ちそうになる頃、僕は手を枝に添える。
枝と一体化した僕の手からカブトムシは枝へと移動した。
「元気でね」
僕はカブトムシにそう一言言い残し、足をブラブラさせながら地上に目を落とした。
この公園に人が来るのは珍しくはないんだ。小学生とかあっちの広場でサッカーとかして遊んでるのを良く見かけるし、夏休み期間だからそれは尚更。小学生だけじゃなくて、犬の散歩で立ち寄る人や、自身の散歩で利用する人も多い。
街から外れているのに利用者がたくさんいるんだよねこの公園。
ただ、それはこの公園の、そう言った広場の利用者が多いのであって、言わば公園の裏側――つまり僕のいる林のような場所には滅多に人は来ない。たまにお兄ちゃん達みたいに虫を捕りに来る人達もいるけど、それは本当にたまになんだ。
だから僕の目線の先に僕と同じくらいの年齢の女の子がしかも一人でいたのには驚いた。
「何してるのかなー?」
その女の子は僕のいる木のそばで困った表情を浮かべながらキョロキョロと何かを探してるようだった。
「何か落としたのかな?」
そう呟いてみるも、その女の子をしばらく眺めてあることに気付いた。
地面を見ていなかった。
辺りをキョロキョロしていると言うより周りをキョロキョロしていたんだ。
「迷子かな?」
小さな女の子が一人で地面を見ずに周りをキョロキョロしていると言うことは、恐らく道に迷ったのか親とはぐれてしまったのどちらかだ。
……ちょっと手伝ってあげようかな。
僕はそう思った。
僕は幽霊で、しかも常に木の上にいるから人間との交流がない。
ゼロ以上にゼロだ。
きっとあの女の子の前に出たところで僕の姿は見えてないし、手伝ってあげようと思ってもそれは手伝いにならない。
それでも僕はあの女の子を手伝おうと思った。
良くぬいぐるみやペットに話しかける人がいる。僕もさっきカブトムシに話し掛けてた。
言うなればそれと一緒。
幽霊の僕がいくら話し掛けても、あの女の子には聞こえないのだ。
“自己満足”
正にその言葉に尽きる。
見えない相手に。
聞こえない相手に。
反応してくれない相手に。
僕は話しかけるんだ。
“まるでそこで僕との会話が成り立っているかのように”
「よし、手伝ってあげよう」
僕はそう一言言うと、フワッと浮遊し、そしてゆっくりと地上に舞い降りた。
その女の子はやはり僕がそばに寄っても、気付いていない様子だった。
でも僕、それには慣れてるしちゃんと受け入れてるから大丈夫。
悲しくなんかないよー。
「あら、何かブツブツ独り言を言ってるな」
その女の子は何やらブツブツと独り言を呟きながら周りをキョロキョロしていた。
僕はちょっと気になったので更に女の子のそばに寄ってみた。
「あれー?ピカチュウいないなー。ここトキワの森って聞いたからせっかくショップでモンスターボール99個買って来たのに…。これじゃあ何のためにモンスターボール99個買ったか分かんないじゃない」
……え!?
あれゲームの話じゃないの!?
しかもいつの間にここがトキワの森になったの!?
そらピカチュウ出ないよ!!だってレベル3ですら出現率4%なんだよ!?
てかだからって何でモンスターボール99個買ったの!?
違うでしょ色々!!
せめて10個とかにしなよ!!
うわっ!!
本当にモンスターボール持ってる!!
変な音と一緒にモンスターボール大きくしてる!!
すごい!!
僕初めて見た!!
「な、何だろう、何か気配を感じる…。まさかピカチュウ!?」
その女の子は持っているモンスターボールを構え、より一層険しい表情で周りを見渡した。
そして目線が僕の所で止まる。
「さすがはトキワの森!!絵に書いたような虫捕り少年だ!!これで虫かごと虫捕り網を持っていたら完璧だったけど、これは間違いなく虫捕り少年――ポケモントレーナーだっ!!」
なになになになにこの展開!!
ポ、ポケモントレーナー!?
何!?
今からポケモンバトルするの!?
て言うか僕ポケモン持ってないし!!
て言うかポケモン云々以前にここ現実世界ですからァ!!
ゲーム世界じゃないですからァァ!!!
「ちょ、ちょっと待ってよ!!僕ポケモントレーナーじゃないよ!!て言うか僕のこと見えてるの!?」
ツッコミどころ満載で何からツッコんでいいか分からなかった僕は、とりあえずそう言った。
「……いや、知ってるし。て言うかポケモンってゲームの話だよ?現実にポケモントレーナーがいるわけないじゃない。あなた大丈夫?ゲームは一時間てお母さんに言われなかったの?まったく、そうやってゲームばっかりやっているから架空と現実の区別がつかないのよ。良い?これからはゲームは一時間よ?分かった?」
君が最初に言ったんじゃないか。
君がピカチュウ出ないとか言ってたんじゃないか!!
お前がここトキワの森とかって言ったじゃんか!!!
「え?で、でも君はモンスターボールを持ってるじゃないか!!」
「あなた何を言っているの?これどっからどう見てもガチャポンのケースじゃない。あなた本当に大丈夫なの?やっぱり一時間ですらこの子をゲーム脳にするのにわけなかったってことかしら…。良い?これからはゲームは30分にしなさい。分かったの?分かったら返事!!」
…………。
何で僕が怒られないとダメなの?
しかも僕と同じくらいの女の子に。
「あと見えるのって何?見えないわけないじゃないの。目の前にいるのに。まぁ、いきなり現れたのにはビックリしたけど」
女の子はハァーと溜め息を漏らす。
「あなたどこから来たの?」
続けて女の子は僕にそう問い掛けてきた。
そこで僕は思った。
“やっぱり最初は見えてなかったんだ”と。
少なくとも僕が地上に降りるまでは見えてなかった。
きっとあれだな。
僕がモンスターボール(ガチャポンのケース)を見て興奮したことで、無意識に“意識”を飛ばしていたんだな。
「ぼ、僕は木の上から来たんだ」
僕はとりあえず正直に言った。
「木の上?あなた一人で木登りして遊んでいたの?んまぁ、何とヤンチャな小坊主ですこと」
女の子は口に手を当ててオホホホとせせら笑う。
「そんな嘘は面白くもないわ。だって見てみなさいよ、あなたどころか人間の届く場所に枝がないのにどうやって木に登るの?」
「僕は幽霊だから届かなくても浮いて行けるんだよ。ほら」
僕は女の子の目の前で見せ付けるように浮いてみせた。
「ゆ…幽霊…?え…?あ、浮いてる…!?」
女の子は浮いている僕を見て驚いていた。そしてそれと同時に若干の恐怖も感じている様子だった。
「幽霊なのあなた…」
「うん。僕幽霊だよ。だからさっき僕のことが見えるのって聞いたんだ」
「え?だって…、普通の男の子にしか見えないわよ…?で、でも浮けるってことは人間じゃないってことだよね…」
うーん。
やっぱり困っちゃってるよ。
多分今この女の子は驚きと若干の恐怖と疑問で忙しいんだろうな。
「うん。あ、いきなり話変えて悪いんだけど君は一人で何をしてたの?」
そんな女の子に気を遣ったわけじゃないけど、正直これ結構気になってたからね僕。
だからとりあえず聞いてみた。
「あゆ?あゆは…単なる暇潰しかな…」
え!?
暇潰しで居もしないピカチュウ探してたの!?
この子、凄く痛い!!
「あゆって名前なんだ」
「あ、いや、あたしの名前は木村 歩美」
木村歩美ちゃんか。
「そっか。良い名前だね」
「………」
あれ?
僕なんか変なこと言ったかな?
まぁ、良いや。
「でも暇潰しで居もしないピカチュウを探すなんてよっぽど暇だったんだね」
木の上から見てたけど結構真剣に探してるみたいだったし。
「一人ポケモンごっこしてたから…」
その女の子――木村歩美ちゃんはうつ向いて恥ずかしそうに言う。
「だからガチャポンのケースを持ってたんだね」
それをモンスターボールに見立てるために。
歩美ちゃんはあれなんだね。
形から入る人なんだね。
「う、うるさい!!幽霊のくせに!!」
そう声を荒げて僕にガチャポンのケースを投げ付けてきた。
ガチャポンのケースは僕の体を突き抜け、地に落ちる。
「うん。見ての通り体を持たないただの霊だよ」
“幽霊のくせに”
僕はその言葉に少し、悲しい気持ちになったけど顔には出さず、気持ちとは裏腹に笑顔で答えた。
「何で成仏しないの!?幽霊なら成仏して天国にでも行っちゃえば良いじゃない!!」
歩美ちゃんは尚も声を荒げて僕にぶつけてくる。
……そんなに怒らなくても良いのに。
良いじゃん、形から入ってもさ。
むしろ僕はそっちの方が真っ直ぐで素直で純粋な感じがするから好きなんだけどな。
「僕ね、ここがまだこんな林のような状態になる前に、“この場所で死んじゃった”んだ」
「な、何よいきなり」
まぁ、突然の僕の昔話――しかも死んだ時の思い出を話されたらそうなるよね。
でも何か話したくなった。と言うより…
聞いて欲しくなっちゃったんだ。
「僕の人間だった時の思い出…かな?まぁ、聞いてよ」
歩美ちゃんは僕の言葉に黙り込んだ。
「ここも昔は今より遊びやすかったんだ。木だって子供でも十分登れるほど高くなかったから。だから僕はその日ここで一人で遊んでたんだ」
歩美ちゃんは僕の話に何も言わず、ただ黙って聞いていた。
「時期も大体同じくらいかな?この近くに親戚の家があって、夏休みだったから家族で遊びに来ていたんだ。それで散歩がてらにこの公園を見つけてね。一人で遊んでた」
「一人って…。親戚の人達は?従兄弟だっていたでしょう?その人達とは一緒に遊ばなかったの?」
あら?
歩美ちゃん黙って聞いてなかったね。
早くも質問されちゃった。
判断早すぎだぞ僕。
まぁ、良いや。
「従兄弟もいたんだけど、僕とはかなり年が離れてたし、地元がここだから従兄弟の友達も近くにたくさんいたんだ。だからその日は友達と遊びに行ってて家にいなかったんだよ」
「そう」
歩美ちゃんは一言そう言って再び口を閉じた。
「だから僕は一人でここで遊んでた。虫を捕ったり木登りしたり。そんな時、木に大きなカブトムシを見つけてね、捕まえようと思ったんだ。でもちょっと高い所にいたから悩んだんだけど、やっぱり捕まえようって決めたんだ。それがダメだったんだよね。結局カブトムシの所までは行けたんだけど、そこで足を滑らせて頭から落ちちゃったんだ」
僕は嘲笑する。
確かに小学生は興味の塊だ。
何をやるにも興味から始まり、興味に終わる。
興味から楽しさ、面白さを感じ、そして成長していくものだ。
実際僕も、公園のこの場所に興味を持ち、虫捕りや木登りに楽しさを感じてしまったが故の結果だ。
これじゃあ成長なんか出来てないよね。
「一人で遊んで一人で足を滑らせて一人で死んじゃった」
僕は笑顔で歩美ちゃんに言った。
「そ、それはちょっと可哀想ね…。でもそれが成仏しないことと何が関係があるの!?」
フンッと鼻を鳴らし、歩美ちゃんは腕を組みながら言う。
そんな歩美ちゃんに僕は一呼吸置いて言う。
「一人で遊んで一人で死んじゃったからこそ、成仏する時は笑顔で成仏したい。たくさんの友達を作って目一杯遊んで、目一杯楽しんで、そして成仏したいんだ。幽霊が友達を作りたいって言うのは変だけどね」
そして僕は真っ直ぐ歩美ちゃんを見る。
「歩美ちゃんには僕が見えてる。これは僕にとってとても大きいんだ。僕がいくら見えない相手に話し掛けても、大声で叫んでも、触れようとしても“見えてない”と言うだけで“無い者”とされる。でも歩美ちゃんには僕が見えてる。僕が話し掛けても、大声で叫んでも、触れようとしても、僕を“在る者”として認識してくれる。幽霊としてでも僕を認識してくれる」
僕は昨日お姉ちゃんが言っていた言葉を思い出した。
“幽霊の存在を在るべきものとして認識してくれる幸せ”
正にその通りだと思うよお姉ちゃん。
幽霊の僕を人間同様に接してくれるのはそれは涙が出るくらい嬉しい。でも僕はそこまで求めない。
“ただ僕と言う存在を認識してくれるだけで良いんだ”
「それに歩美ちゃんは僕が幽霊って分かっていながらも逃げないでいてくれたしね。僕はそれだけで嬉しかった」
僕は笑って歩美ちゃんに言った。
「最初は怖かったわよ!!でも何か…だんだん幽霊に思えなくなって…。いつの間にか怖いって感情がどっかいっちゃったの」
歩美ちゃんは怒ったように言った。
でも僕はそれは照れ隠しに思えた。
『つんでれ』って言うんだっけ?
「あははっ、ありがとう歩美ちゃん」
「な、何でありがとうなのよ!!バカじゃないの!?」
そんな顔を真っ赤にさせて僕に叫んでいる歩美ちゃん。
そんな歩美ちゃんを見て僕は笑った。
やっぱりこうして誰かと話したりするのは楽しいなぁ。
僕は本当にそう思うよ。
「僕はこんな風に僕の存在を認識してくれる人達ともっと話したり、遊んだりしたいんだ。幽霊とは言えど、元は人間だし一人は寂しいもん。だから…」
そして僕は続けて言う。
「暇になったらいつでもおいで。僕で良かったら相手になるからね」
歩美ちゃんは僕の言葉にやっぱり顔を赤くさせて、口をわなわなさせていた。
何か喋りたいけど上手く喋れない――そんな感じだった。
「あ、あゆは別に友達がいないわけじゃないもん!!今日はただ…何となく一人で遊びたかっただけだもん!!あゆもう帰る!!こんなとこもう絶対来ないんだから!!」
そう言って歩美ちゃんは走って行ってしまった。
僕はそんな歩美ちゃんに
「またおいでねー!!僕待ってるからねー!!」
と、歩美ちゃんの背中に向かって笑顔で手を振った。
何だろう、何か歩美ちゃんに親近感が湧く。
それはやっぱり一人でポケモンごっこをしていた歩美ちゃんにどこか自分を重ねちゃったのかな。
一人で遊んでた僕と。
まぁ良いや、楽しかったし。
また来てくれるかな。
また来てくれたら良いな。
僕は木の枝から垣間見える空を見上げた。
「良い天気だな…、あ!!カブトムシ!!」
よーし、あのカブトムシをゲットしよー!!
そう言って僕はフワッと浮いてカブトムシの元へ飛び立った。
…そう言えば僕、名前教えるの忘れてた。