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第17話 カブトムシを捕りに行きますぅ

「あ゛~体痛い~ヒリヒリする~」

 ぺちんっ。

「ぎゃああああああ!!!桜井さん!?僕は亮平じゃないよ!?背中叩かないでー!!」

「日焼けってそんなに痛いんですか?」

 ベッドに寝てる僕の背中を擦りながらそう僕に問い掛けるストレートロングヘアーのロリっ子幽霊こと桜井奈緒さん。

「痛いよっ!!」

 背中痛いからうつ伏せで寝てたのに…。

「へぇー、そうなんですか」

 若干擦られるのも痛いんだけどなー。



「祐介さんって兄弟いるんですか」

 お昼。

 僕と桜井さんは昼ごはんのラーメンを食べてました。

 ちなみに僕は醤油ラーメンで、桜井さんは塩ラーメン。

 僕はあっさり醤油ラーメンが好きなんだよね。

 塩ラーメンを食べる桜井さんも多分あっさり系が好きなんだろう。

 それで桜井さんが麺をちゅるっと口に滑らせて、僕にそう聞いてきました。

「兄弟?いるよ」

 僕はズズッとスープを口に運ぶ。

 あっさりは本当に良いなぁ。

 インスタントだけど美味い。

「お兄ちゃんですか?」

 桜井さんはそう言いながら蓮華に麺を乗っけてふぅーふぅーしている。

 そしてパクッと口に含んで、

「うーまー♪」

 と、頬っぺたに手を当てて、とろける表情をしている。

 うん、幸せそうだ。

「いや、弟だよ」

 僕はそう言いながら、桜井さんのどんぶりに蓮華を入れてひょいっとスープを(すく)った。

 だって桜井さん、すごい美味しそうな顔してたんだもん。

 スープだけでも味見したいじゃないか。

 と言っても作ったのは僕なんだけどね。

 ズズズッ。

「うーまー♪」

「あぁーっ、あたしのスープがぁ」

 桜井さんは口を膨らませて言う。

 タコみたいで可愛いなー。

「タコは可愛くありません。お返しです。えいっ」

 桜井さんはニヤリと笑い、僕のどんぶりに蓮華を入れてスープを掬って口に運ぶ。

「うーまー♪」

「醤油も美味しいでしょ?意外にあっさりしてて」

「美味しいですね♪」

「良かったら一口どう?」

 僕はそう言って桜井さんの方にどんぶりを寄せた。

「良いんですか?きゃはっ、じゃあ遠慮なくいただきますぅー」

 桜井さんは寄せたどんぶりから麺を取り出してちゅるっと口に運び、

「うーまー♪」

 と、やっぱり幸せそうな顔をしてました。



「さっきなんで僕に兄弟いるか聞いてきたの?」

 食事の後の待ったりタイム突入です。

「何となくですね」

 床にちょこんと座りながらそう言う桜井さん。

 て言うか桜井さん結構床に座ってるけど、足痛くないのかな?

 僕んち座布団ないから直に座る形になるんだけどさ。

 絶対痛いよね。

「てか桜井さん、ベッドに座りなよ。足痛いでしょ?」

「良いんですか?きゃはっ、じゃあ遠慮なくですぅ」

 桜井さんはフワフワと浮いて、僕のベッドに移動する。

 そして、

「ぶぁっ!!」

 と、うつ伏せでベッドに落ちた。

「ふっかふかですぅー」

 ベッドの上でクロールをする桜井さん。

 パタパタ…。

 パタパタ…。

 パタパタ…バギッ!!

「ふぅ…」

「“ふぅ…”じゃないよ桜井さん!!今なんか変な音したよ!?壊したね!?ベッドの内部を破壊したよね!?」

「………そぉ?」

 おい。

 何だその『え?そんな変な音しましたっけ?それより来週水泳の大会なんで練習の邪魔しないでくださいよ』的な顔は。

 まぁ、良いや。

「良いんですか!?」

「うん」

「え…?あぁ…、そのぉ…、何かごめんなさいですぅ…」

 ははっ。

 桜井さん、ばたんきゅ~。


「あたし、兄弟いないんですよー」

 ベッドに座り直して桜井さんは言う。

「桜井さんって一人っ子なんだ」

 僕は床に胡座をかきながらそう言った。

 へぇー、桜井さん一人っ子なんだ。

 イメージ的にはお姉さんがいそうなんだけどな。

 おちゃめだし。

 甘えん坊要素も取り入れてあるし。

「違うんですよ祐介さん」

 ん?

 何が?

「一人っ子だからこそおちゃめで甘えん坊なんです」

 そうなの?

 僕には良くわからないや。

「遊んだりケンカする兄弟がいないから、やりたい放題やったり甘えちゃうんです」

 桜井さんは寂しそうに笑う。

「でも今は違いますよぉー」

 桜井さんは寂しさを振り払い、ニコッと笑う。

「祐介さんがいますからっ」

 僕を見て――桜井さんはニコッと笑う。

「あたしのお兄ちゃんみたいな存在ですっ♪」

 そして振り子のように体を左右に揺らし、嬉しそうに言った。

「僕も可愛い妹が出来たみたいだよ」

 そう言って立ち上がり、桜井さんの頭を撫でてあげた。

 桜井さんはまるで猫のように目を閉じて『うにゃ~』と鳴く。

 本当に猫みたい…。

 ゴロゴロしたいなぁー。

「ゴロゴロゴロゴロぉ~♪」

 僕犬より猫派だから正直タマンネ。

 と、そんなにゃんこ幽霊こと桜井さんと遊んでいると、僕のケータイが震えだした。

「祐介さん、『けーたい』がにゃってますにゃん」

「いや、可愛いけど、“何でもは知らなくとも、ほとんど何でも知ってる巨乳学級委員長ちゃん”とキャラが被るから止めとこうか」

「はいっ♪」

 桜井さんにそう言ってケータイを開いた。

「メールだ。…亮平から?」

「あの変な頭のナンパ野郎ですね」

 ずいぶんな言い種だね桜井さん。

 そう思いながらメールの内容を確認した。

『カブトムシ取りに行こう』

 ぶぶっ!!

「くくく…、高校生にもなって…、カブtぶぶっ!!カブトムシって!!」

 やばい。

 何かツボに入った。

「カブトムシ取りに行くんですか!?きゃー!!祐介さん、是非行きましょう!!」

 あら、桜井さんがはしゃいでる。

 別に行きたくはないけど、桜井さんが行きたいなら行くしかねーべ。

 僕は、

『良いよ。どこ取りに行く?』

 と、メールを返した。

「ぐわぁー!!挟んじゃうぞぉー!!お前の体挟んじゃうぞぉー!!」

 桜井さんは腰を前に曲げて頭を挟み込むように両腕を伸ばすと、その伸ばした両腕を左右に動かし、僕に迫ってきた。

「桜井さん、それクワガタ」

「あ…」




「祐介ー!!こっちだこっちー!!」

「おー」

 僕たちは街から外れた所にある公園にやって来ました。

 もちろん移動手段はチャリです。

「うわぁー、何か自然に囲まれた公園ですねー」

 桜井さんが辺りを見渡しながら言った。


 この公園は街中にある遊具を中心とした公園ではなく、公園と言うよりは林に近いほど自然に囲まれていた。

 もちろん遊具もあるのだが規模が小さく、また設備も不十分なため、遊具で遊ぶ子供たちはあまり見かけない。

 しかしその反面、サッカーや野球などそう言った運動の出来る広場が設けられてあるため、そう言った面では何不自由なく遊べる。

 また、広場とは別の場所にどこから水を引いてるのかわからないが小さな川が流れていて、その川を中心にあちらこちらに数多くの木々がそびえ立つ。

 そんな川のせせらぎや風によって鳴り広がる葉音が、訪れた人々の心を癒し、また爽快感を与える。

 老若男女に拘わらず、人々にとってこの公園は、言わば憩いの場のような存在であった。


「よぅし、カァーブトムシ取ろうぜー」

 亮平はそれはそれは元気いっぱいに言いました。

「取ろうぜーですぅ」

 桜井さんもそれはそれは元気いっぱいに言いました。

「ほら、祐介も」

 やめて。

 僕を煽らないで。

「ほら、祐介さんも」

 やめて。

 僕を更に煽らないで。


「祐介!!」

「祐介さん!!」


 わっ。

 二人迫られると怖いなぁ。

 …はぁ。

 仕方ない。

「取ろうぜー」

 はい、完全に棒読みです。


 僕たちはとりあえず、川のある方へ行き、そこで三人別々に行動することにした。

 ちなみに虫かごは亮平が用意してくれました。

 用意周到だね。

 無駄に四つもあるし。

 亮平に聞いたところ、四つの虫かごはそれぞれ僕、亮平、司、怜の分だったらしい。

 でも司と怜は用事で来れないと言うことなので、現在僕と亮平は二人で二つずつ虫かごを持ってまーす。

 桜井さんに一個渡そうかな。

 桜井さんに持たせても同化するから亮平には見えないんだし。

 ま、いっか。

「なかなか見つかんないな、カブトムシ」

 僕はそう呟きながら、目の前にある木を蹴ってみた。

 ドスッ!!

 …………。

 反応なし。

「やっぱ落ちてこないか」

 僕は溜め息を吐きながら、他の二人の様子を伺った。

 亮平は…。

 ぶぶっ!!

 あいつ、木に向かって全力のドロップキックをお見舞いしてる。

 てか、ドロップキックしてる最中の亮平の顔よ。

 歌舞伎役者みたいな顔をしてるじゃないか。

 あいつ、パねぇ。

 さて次は桜井さんだね。

 て言うか全然見当たらない。

 ……………。

 ………。

 …!

 あ、ずるい!!

 浮きながら探してる。

 あれじゃあもう優勝じゃん。

 カブトムシ捕り大会優勝だよ。

 いや、別にやってないんだけどさ。

 まぁ、とりあえず二人とも喚声をあげてないから、まだ一匹も捕まえてないんだろう。

 僕は少し移動して、また木を蹴ってみた。

 ドスッ!!

 …………。

 反応な…。

 ガサッ。

 うおっ、反応あり!!

 後ろの方だ。

 僕はそう思い、後ろを見た。

「いててて…」

「!?」

 慌てて振り返る。

 もし見間違いであれば、再度振り向いたらそこにはきっと“カブトムシ”がいるはず。

 でも見間違いでなければ…。

 僕は恐る恐る後ろを向いた。

「何するんだよ!!落ちちゃったじゃないか!!」

「!!??」

 …見間違いじゃなかった。

 僕の目の前にはカブトムシなんていなかった。

 それと引き換えに…。

「男の…子?」

 そう。

 それは麦わら帽子にランニングシャツ、そして短パンを履いた少年だった。

 お尻を擦って苦痛な表情を浮かべていることから、恐らく僕の蹴った木から落ちてきたのだろう。

 しかしそれはあり得ないのだ。

 僕の蹴った木。

 人の手が届く距離に“枝がない”のだ。

 しかも木の主体となる幹はとても太くて、登ろうとしても体を支えるのが困難なのである。

 つまり、“人間には登れない”のだ。

「君…、人間?」

 僕は恐る恐るその少年に尋ねた。

「僕は幽霊だよ」

 その少年はぴょこんっと立ち上がり、胸を張って言った。

 うわぁ…。

 ちっちゃいなぁ…。

 その少年の身長は僕の胸すらにも達していなかった。

 僕も身長ないのに。

「うるさいな!!子供なんだから仕方ないだろ!!」

 その少年は、その小さな体を大きく動かして地団駄を踏んだ。

 頑張ってるなー。

「うるさい!!頑張ってるとか言うな!!」

 ほれ、頑張れー頑張れー。

「うるさいうるさい!!」

 はい、頑張れー頑張れー。

「うるさいうるさい!!」

 頑張って~あそーれ頑張って~。

「う………っ」

 ?

「うわぁああああああん!!!」

 やべっ!!

 泣いちゃったっ!!

 どうしようどうしよう!!

 弟ならまだしも、こんなちっちゃい子を泣かせちゃったよ!!

「ぢっぢゃいっで、ゆうなぁあ゛あ゛…」

 少年は泣きながらも懸命な抵抗を見せる。

「あぁ!!ごめん!!ごめんね!!」

 僕も必死に(なだ)めようとするがそれも虚しく、少年は泣くことを止めない。

「祐介さぁん、さっきからうるさいんですけどぉ…、ぉおおおお!?」

 桜井さんだ!!

 良いところに来てくれた!!

「桜井さぁ~ん、僕、この子泣かせちゃったよぉ」

 そう言いながら僕は桜井さんにすがる。

 僕も泣きたくなるよぉ。

 あれ?視界がぼやけてきた。

 あれ!?桜井さんが見えない!!

 あるぇえ!!?桜井さんどこぉおお!!?

「ゆ、祐介さん!!あたしはここにいますよぉー!!落ち着いてください!!」

 あ!!

 桜井さんの声だ!!

 桜井さぁあああん!!



「落ち着きましたか?」

「うん」

 は、恥ずかしいところを見せてしまった…。

 情けない…。

「ゆ、祐介さん、全然大丈夫ですから!」

 桜井さんがヘコんでいる僕の肩をポンポンと叩きながら慰めてくれた。

「あ、ありがとう。落ち着いたよ」

「良かったですっ。ところでこの子、どうしたんですか?」

 桜井さんは視線を少年に向けながら僕に問い掛けた。

「うん、実は…」

 僕はこれまでの経緯をありのまま桜井さんに話した。

 ちなみに、歌舞伎役者のような顔をして木に全力でドロップキックをお見舞いしてる亮平のことを話した時、

『ぶふっ!!』

 と、桜井さんは吹き出していました。


「…なるほどです。つまり祐介さんが蹴った木から幽霊のこの子が落ちてきて、思わず泣かせちゃったと」

 桜井さんは手をアゴに当てて、納得した様子を浮かべていた。

「はい…。ちょっとした出来心だったんです…」

 まさか泣くとは夢にも思ってなかったし。

 これは素直に反省してる。

「わかりました。祐介さん、ちょっと待っててください」

 桜井さんは僕にそう一言残した後、ゆっくりとうずくまってる少年に近付いた。

「こんにちはです」

「ひっく、だぁれ…?お姉ちゃん…」

 桜井さんの言葉に重い頭を上げる少年。

 と、言っても顔を隠すように麦わら帽子を深く被っているため顔は見えなかった。

「あたしの名前は桜井奈緒ですっ。あそこのお兄ちゃんのお友達ですよ」

 桜井さんはこっちを指差しながら少年と話している。

 どんなの話してるのかな。

「あいつ…、嫌いだよ…。僕を苛めるんだよ…?酷いよ…」

 少年は更に麦わら帽子を深く被る。

「うん、あのお兄ちゃんから聞きました。でもすっごく反省してるとも言ってましたよ」

「うっ、ひっくっ、嘘だぁ…」

「嘘じゃないです。本当ですよ?すっごく反省してました。だからあのお兄ちゃんのことを許してあげて貰えないでしょうか?」

 桜井さんはそう優しく微笑み、柔らかい口調で少年に僕の許しを願った。

「やだよぉ…。嫌いだぁ…、あんな奴…」

 しかし、少年は許すことを拒む。

 すると桜井さんはその少年を抱き寄せた。

 優しくそっと。

 まるでシャボン玉に触れるかのように。

 優しく丁寧に。

 少年を包み込んだ。

「幽霊でいることって辛いですよね。一人でいることって寂しいですよね。ずっとこの公園に一人孤独に過ごしていたあなたなら身を(もっ)て痛感したと思います」

 抱き寄せた際に、麦わら帽子が地面に落ちて、少年の頭があらわになっていた。

 桜井さんはその少年の頭を柔らかく撫でる。

 しっかりと。

 少年の存在を確かめるように。

「だからこそ幽霊のあなたを見て、話しかけてくれた生身の人間に出会った時、あなたはとても嬉しかった。顔には出さずとも心の中では歓喜の気持ちでいっぱいだった筈です」

 少年も突然抱かれたことに戸惑いを隠せなかった。

 しかし桜井さんから伝わる温もり、そして言葉の一つひとつに少年は安心感を覚える。

 体だけでなく、心も包み込むその温もりに少年は魅了されていた。

「だからこそ、あなたは戸惑っちゃったんですね?人間と接すると言うことに。それはあなたにとって久しい記憶なのですからね。ふふっ、あなたのその服装を見ればわかります」

 桜井さんは少年の頭を優しく撫でていた手を下に滑らせる。

 ちょっと汚れた白いランニングシャツ。

 所々糸が解れている青い短パン。

 それらを指でなぞっていく。

 触れるか触れないかと言うほど柔らかく。

 まるで舞い散る雪の結晶が肌に触れて消えていくように。

「それにあなたは幽霊である以前に子供なのです。見たこと、聞いたことを素直に受け入れ、ありのままに自分の感情へ変換させることが出来る、純粋で清浄無垢な心を持っています。それ故に、あの人間の“優しさ”を“悪意”と捉えてしまったんですよ」

 そして桜井さんは少年と向き合う。

 目の周りを真っ赤に腫らせた少年の目。

 不安で彩られた純粋の集合体。

 そこから流れる涙を人差し指で拭き取る。

「優しさ…?」

 少年は呟く。

「はい、優しさです。きっとあなたをどこかで弟の姿と重ねていたんでしょうね。だからちょっとイジワルしちゃったんです。言ってしまえば愛情の裏返しみたいなものですよ」

 そう言って桜井さんは落ちている麦わら帽子を自分の頭に被せる。

「似合いますか?うふふっ」

 そう少年に微笑みかけた後、麦わら帽子を少年の頭に被せた。

「幽霊にとって幸福なこと、それは人間同様に見てくれることだと思うんです。幽霊の在るべき場所じゃないこの世界であたしたち幽霊の存在を在るべきものとして認識してくれる。そして在るべきものとして接してくれる。人間の搾りかすのようなあたしたちにとって、それは幸福以外に何と言えるでしょうか?」

 桜井さんは再度僕に指を差す。

「あのお兄ちゃんはちゃんとあなたの存在を認識し、人間同様に接してくれました。イジワルをしたのがその証拠です」

 そう言った後、桜井さんは少年にニコッと笑って立ち上がった。

「あのお兄ちゃんのところに行きましょう。そして許してあげてください」



 少しの距離を隔てて、僕と少年は向き合う。

 気まずそうに僕を見る。

 そして少年の隣には桜井さんがいる。

 少年を安心させるかのように手を握らせていた。

「祐介さん」

 うん、わかってるよ桜井さん。

 僕は大きく深呼吸した。

 落ち着かせるために。

 しっかりと謝れるように。

 …よし。

「なぁ、名前教えてくれないか?僕は藤森祐介」

 僕はまず、少年に名前を聞いた。

 いくら子供とは言え、お前呼ばわりは失礼だ。

 誠意の欠片もない。

高橋(たかはし) (かぶと)…」

 小さい声で少年――甲が言った。

 泣いた後だから疲れてるのか、まだ僕を許そうとする気持ちがないのか。

 絶対後者だろう。

 良いんだ。

 僕が悪いんだから。

 子供相手にちょっとした出来心でイジワルしたんだから。

 許してもらうまで――謝り続けるんだ。

「甲か、カッコイイ名前だね」

 僕は出来るだけ明るく、そして笑顔で言う。

 だって素直にそう思ったから。

「………」

 甲は僕から視線を外し、何も言わずにうつ向いた。

「甲、僕が悪かったよ。何か…、可愛くてさ。僕の弟のちっちゃい頃にそっくりで。そして何だか懐かしく思えてきちゃって。それでついついイジワルしちゃったんだ」

 そして僕は頭を下げて、

「ごめんなさい」

 と、一言告げた。

「僕、ちっちゃくない?」

「うん。僕の器の方がちっちゃい」

「僕、頑張ってない?」

「うん。むしろ必死にボケようとしてる僕の方が頑張ってる」

「ぶっ」

 お?

 今笑った?

 甲くん今笑いました?

「アハハハハハハッ!!お兄ちゃん面白いね!!」

 甲はうつ向く顔を上げ、お腹を抱えて大きく笑いだした。

「あ…、はは…」

 突然の大爆笑で僕は呆気に取られると供に、困惑した。

「祐介さんいろいろ必死ですからね」

 甲の隣で桜井さんは口に手を当ててふふっと笑う。

 おい。

「いーよお兄ちゃん。僕もちっちゃいことで泣いちゃってごめんなさいっ」

 甲は少し照れながら僕に謝ってくれた。

 …か。

 可愛いぃーーーー!!

 頭をぐしゃぐしゃ撫でてやりたい。

 だって見てよ。

 照れ隠しに笑ってるんだよ?

 歯抜け顔でニコニコ笑ってるんだよ?

 可愛くてたまらないわ!!

「祐介さんっ」

 ぽてぽてと僕に駆け寄ってくる桜井さん。

「良かったですねっ♪」

 さっきまでの大人びた雰囲気でなく、甲のような無邪気で可愛らしい笑顔で僕に言う。

 そんな桜井さんに向けて、

「うんっ♪」

 と、僕も笑顔で返しました。




「見ろよ祐介!!」

 僕と桜井さんと甲、そして今まですっかり忘れられていた亮平で集まり、今日のカブトムシ採集の結果発表をした。

 甲は集合するや否や『そんなことしてたの?』と、若干バカにしたように言っていた。

“高校生にもなって…”という蔑みの眼差しを僕らに向けていたもん。

 あれ絶対バカにしてたよ。

 そんなこと思いながら、僕は亮平の虫かごを見てみた。

「うわぁっ!!何これ!?アブラゼミばっかじゃん!!」

 亮平の虫かごの中にはカブトムシなんて一匹もおらず、その代わりにアブラゼミが大量に入っていた。

 これ何匹いるんだ…!?

 ザッと二十匹はいるぞ!?

 気持ちわりぃー!!!

 てかカブトムシはどうなったんだよ!!

 カブトムシ!!

 KA・BU・TO・MU・SHI!!

「いやぁ、頑張って木蹴ってたんだけど全然落ちてこなくてさー」

 結果がこれと、亮平はセミのオーケストラの如く、無数のアブラゼミが鳴いている虫かごを指差して言った。

「だからってセミって…」

 もう気持ち悪くて亮平に近付けない。

 つかどうしてお前は平然とその虫かご持っていられるんだ!?

「うるせぇ!!お前なんて一匹も捕まえてないくせに!!」

 そう言って亮平は僕の虫かごを見て怒鳴る。

「この昆虫採集大会の勝者は俺だぁー!!」

 みーんみーんみーんみーんみーんみーん…。

 両手を高らかにあげて叫ぶ亮平を、まるで祝福するかのように、虫かごにいるアブラゼミたちが一斉に鳴いた。

 そんな一人で喜んでいる亮平を尻目に僕たち三人は顔を見合わせ、笑った。



 悪いが亮平、今回は僕の勝ちだよ。

 君には見えてないけど、とても素直で可愛らしい一匹の“甲”を捕まえた僕のね。

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