【第七話】
リュージを一人残して現代日本へ戻ったリサは、真っ先にリュージの言いつけどおりにスマホを見た。
「なるほど、トリップする前後にうまい具合に戻るのね」
それと同時に、疲労感がどっと押し寄せた。
無理もない。ちゃんと数えてみれば、「夜の部」をやるたびに異世界にいって冒険して戻ってきているのだから、何時間も起きている計算になる。
「少し……家で寝たい……な……」
劇場を出て一人、家路につく。隣が妙に広く感じる。
思えば、舞台のあとはいつもリュージと一緒、うまくいってもいかなくても、いつも隣にはリュージがいる。
「うーん、一人でモデルとかラジオするときは寂しいとは思わないけど……劇場から一人で出るのは、なんか寂しいな……」
今頃、魔法使いさんは、村で大忙しなのだろうか。
それとも、村でゆっくり休めているだろうか。
「いやいや、なんでわたしがリュージの心配せなあかんの!」
ぱっかーん! と蹴った小石が、コロコロと月灯りに照らされた。
翌日。
リサは、一人で舞台に立っていた。
(まさか、苦肉の策の一人で漫談がここまでウケるとは……)
なんのことはない、ゴブリン退治を面白おかしく再現しただけなのだが……客席は大いに笑ってくれる。
「うう、リサとリュージのときも、こんくらい笑てほしいなぁ……」
しかもそんなリサを見て、
「あの子意外とやるやん。おもろいなー」
と、先輩が声をかけてくれて、ピンでやっていけそうだとまで言われる始末。
ありがとうございます、と笑顔で返しながらもどこか物足りない。
(やっぱりここは、リュージと一緒じゃないと!)
高校の文化祭で即席コンビを組んで以来、ウケる時もスベる時もいつも一緒、それならば売れる時も一緒がいい。
「一人で売れたって、嬉しくないねんな……」
リュージが売れるなら心の底から応援できるのだが。
色々思いながらぼんやり歩いていると、いきなり後ろから声をかけられた。
「リサちゃんじゃーん! あっれー? 今日は一人? 珍しいね」
誰だっけ、と一瞬記憶を探る。確か、会社の「男前ランキング万年二位」の先輩だ。しかし有り得ないことに、名前が出てこない。
「お疲れ様です」
「なぁなぁ、いい加減、連絡先おしえてーな」
いきなりなれなれしく肩に腕を回されて鳥肌が立つ。
「連絡先、ですか?」
「あれ? リュージから聞いてない? おれ、リサちゃん狙いなんだよね。美人だし。どうせリュージとも散々ヤってるんだろ? あいつからおれに乗り換えない? あいつよりおれのほうが売れてるし、良い生活させてやれるよ」
目の前の、絵に描いたようなチャラ男を本能的にどついたリサは、きっぱりと告げた。
「リュージを、あんたみたいな下衆男と一緒にしないで」
「いってぇ……お前なぁ……ほかの芸人ともヤってんだろ? いいじゃねぇか、その相手が一人増えるくらい。だいたい、どんだけお前狙いがいるか、知らないわけないだろう?」
「知るかーっ!」
と、叫んで、リサはハタと気付いた。
(あれ? もしかしてリュージが守ってくれてた、とか……?)
「おう、おめぇら夜中に騒ぐな。近所迷惑やぞ!」
「……げぇぇ、この声は矢代さん!」
ドスの効いた巻き舌が、突然降ってきた。慌ててそちらを見れば、暗闇でもわかる会社の大先輩が立っていた。街灯に照らされた傍らの車には、もう一人乗っている。なんと、国民的人気を誇るベテランコンビが揃って通りがかったらしい。
「おう、安東つったか、おめぇ、とっとと帰れや」
はいぃ、失礼します、とチャラ男は飛び上がって駆け出す。それを舌打ちしながら見送った矢代は、じろり、とリサを見た。
「お前、リサやったな。家はどこなんや」
すぐそこです、と慌ててアパートの方を指差す。
「ほなら、大丈夫か?」
「はい。助けてくださってありがとうございました」
深々と頭を下げる。
「いやいや、お前の相方がいつもさらっとやっとることや。なんや今日は姿が見えんから、代わりをしただけや。ええ相方持ったな」
「はい」
車が去っていくのを頭を下げたまま見送る。
(……リュージ……? あたしの知らないところで、守ってくれてるの?)
その翌日は一日オフ、しかしリュージは戻ってこなかった。
「まぁ、あっちの世界でフルでバイトすれば、相当稼げるから入りびたりになるのもわかるんだけど……」
リサも、スキマバイトに勤しむ。黙々と倉庫から荷物を運び出す仕事、漫才のネタにはなりそうもない。
「はー……思えば騎士様は命がけだけど、楽しかったなー」
リュージの援助魔法で己が強くなるのも、快感なのだ。
「明日は……リュージが帰ってなかったら、一人で舞台か……」
一応、リュージは寝坊ではなく体調不良ということになっているので、二回続けて欠席でも怪しまれない……と、思いたい。
果たしてリュージの欠席は、何の違和感もなく受け入れられた。
そしてやっぱり、リサの漫談は大いにウケる。
「なんでリュージと一緒のときはあかんの……? あたしがダメなん?」
舞台の時のリュージを思い出そうとして、ふと思う。
(最近、リュージの顔を見る余裕、あったやろか……?)
リュージをちゃんと見たのは、いずれも異世界だった気がする。
「それとも……もっと、頼ったらいいんかな?」
思わず零した独り言に、返事があった。
「頼るっちゅーか、おめぇら、ちゃんと相方の顔見て笑ったのはいつや?」
「矢代さん!」
「アンタらこのところな、ボケとツッコミにえらい遠慮があるんや。気ぃついてるか?」
遠慮? と、リサは首を傾げる。
「構わずどんどんいけ。相方のボケにツッコミ被せて、ツッコミ終わらんうちにボケるくらいでいかんと。お前ら、わかりにくいボケな上にツッコミが遅れるから笑いのポイントがぼやけて、笑いが取れんのや」
その遠慮はどこからくるんやろな? と尋ねられ、リサは咄嗟に応えられなかった。
「まぁ、一人で悩んでもしゃーないことやから、相方と話し合うことやな」
と矢代は笑いながら煙草に火をつける。
「矢代ぉ、そこは禁煙やっておれ、さっきゆーたやん!」
「せやったか?」
「もう忘れたんか!」
矢代の相方鹿田が賑やかに登場し、二人は軽妙に会話をし始める。お互いにツッコミ、ボケて、あまりにも楽しそうに話すので、見ているだけのリサの頬も思わず緩む。
確かこの二人も、中学か高校のクラスメイトだったか。
またなー、と二人がリサに手を振りながら去っていく。
そんな大御所に頭を下げたリサは、顔を上げた瞬間に決意した。
「……リュージに会わなきゃ」




