【第五話】
しかし、いつまでも笑ってはいられなかった。
ずしん、ずしん、と妙な振動が伝わってきた。慌てて二人は周囲を見渡す。
「あ、アレ……」
リサが震える指でさす方向には、巨大なゴブリンがいた。さっきまでさんざん倒してきた雑魚ゴブリンが幼稚園児に見えるほど体格に差がある。
思わず二人顔を見合わせてしまう。
「アレ、どうやって倒したらいい……?」
「わ、わからん……」
ゴブリンが、緩慢な動作でリサとリュージを交互に見る。
リサは剣をぎゅっと握りしめた。これで相手に必殺技を叩き込めばいい。頭ではそうわかるが、体が凍り付いたように動かない。必殺技どころか慣れ親しんだツッコミの一つも出そうにない。
「と、とりあえず、逃げよ」
「え、でも、受けた依頼書には、できればボスゴブリンを倒してほしいって書いてあったよね?」
ついでに、ボスを倒せば追加報酬を払う、と、リュージが神官に話をつけたはずだ。
「……3万キンカ追加でくれるらしいで」
1キンカ1円。つまり、二人できっちり二等分しても一万五千円の追加報酬だ。
「お金も欲しいけど……。あたしたちがあのボスを倒さないと困る人がいる。そっちの方が大事でしょ?」
「そらそうやけど……」
「だったら行くしかない」
「いやでも、何度もバイトで村に滞在してる俺はともかく、リサはあいつらのことなんも知らんやろ? 知らん奴ら助けんでも……」
しかしリュージは、あかん、と呟いた。
リサが標準語で真顔になっている。これはリサが本気モードになった時。いつもなら頼もしく感じるのだが……。
(今日は別に、そこまで本気にならんでもええんちゃう?)
なぜ見知らぬ異世界人のためにそこまで本気になれるのか。
いくらここが異世界で、いざとなれば現代日本に戻れば問題はないとはいえ、怪我をすれば痛いし怖ものは怖い。
しかしリサは、そんなことは考えない。困っている人、悲しんでいる人がいたら助けたる、笑わせたる、そう言い放つのがリサだ。
そうこうしている間に、リサは、たたっ、と助走をつけて走り出している。リュージもそれを追いかける。
(あいつが行くなら、一緒に行くしかないやろ!)
リサが活躍するために必要なことはなんだってやる覚悟は、とうの昔についている。
ただ、それがうまく発揮できた回数はとても少ない。
「ちょお待てや! えーっと……バリア……オール加速、防御力増加、攻撃力増加……」
ぎゅと杖を握りなおし、リュージがぶつぶつと魔法詠唱し、次々とリサに魔法がかかる。
「リュージ、ナイスフォロー!」
もはや生身の人間とは思えないほどに空高く飛び上がったリサは、大きく剣を振りかぶってゴブリンの頭頂部を狙った。
が、ゴブリンは、ひょい、と横に移動した。そしてそのまま、走り出す。
「……うそぉ!? なんでそっちに行くんやーっ!」
落ちてくる騎士リサを、どこからか取り出した棍棒で軽くいなしたボスゴブリンは、地面にいるリュージに狙いを定めた。
「お、俺ぇ!?」
巨大な棍棒が、唸りを生じてリュージを狙う。
「あわわ、うわあああああ」
真横に飛んで棍棒をかわすが、今度は拳が追いかけてくる。
ボケの一つも浮かばないとは相方としても芸人としても何とも情けないが、座ったり転がったり飛んだり、体育会系バラエティでもここまではしないだろうというくらい、動き回る。
「やべぇ……絶体絶命ってこのことか!?」
ここで大怪我をしたら、村に運ばれるのか、それとも元の世界に強制送還か。
「あの村には医者がおらんねん! 怪我するわけにはいかんのやーっ!」
自分で自分に魔法をかけるが、さっきリサに大量の魔法をかけたせいで、MPが枯渇している。
衝撃に備えて奥歯を噛み締めて頭を抱える。
「ゴブリン! リュージを狙うな」
猛スピードで駆けつけてきたリサの華麗な回し蹴りが、ゴブリンの腹部に決まった。
「ぐえぁ……」
きっ、とゴブリンを睨みながらリサは、低く地を這うような声で言った。
「あたしの相方を傷つける奴はどんな奴であれ絶対許さない」
リサの怒りが爆発した。それに伴い、リサの攻撃力が跳ねあがる。その闘気にびくりとしたボスゴブリンが、一瞬動きを止める。
「ひょえ……」
リュージが唖然としてリサの激闘を見守る。
そのあまりに派手な戦闘に、ゴブリンに怯えていた村人や、村に滞在している人たちまで見に来る始末だ。
(うーん、さすがリサ。お客が増えたら俄然やる気になってら……)
その後、ボスゴブリンの死骸とともに村に戻ったリサとリュージは、村役場で住人を前に向かい合って立っていた。
「えー今日はね、今ちょっとリサと一緒にね、ゴブリン退治をしてきまして」
「ゴブリン。皆さん困らされていたとか。雑魚ゴブリンをさきに殲滅し、なんとボスゴブリンも退治してきました。はい、拍手!」
「リサがもう、大活躍。なにすんねん、なんでやねん、叫ぶ叫ぶ……」
「いやその言い方やったら、あたしが叫びだけでゴブリンを駆逐したみたいやんか。ちゃんと剣で倒した言うてぇな」
別に漫才をしようと思っていたわけではない。二人並んで報告しているうちに、アドリブ漫才になってしまったのだ。
笑いというのは伝播する。バイトの依頼者である村長が大笑いしてくれるため、どんどん人が集まってきた。
集まってきた人たちが、どっと沸く。その笑い声につられて、また別の人が笑う。
ゴブリンに怯えて昏い顔をしていた人たちが、どんどん笑顔になる。
その反応が嬉しくて、リサのテンションがどんどん上がってツッコミが鮮やかになり、リュージも遠慮なく大ボケ小ボケを次々繰り出す。
「あの二人は何者や? とても面白い」
役場の片隅に、数人の男たちが固まっている。笑い過ぎて涙が出たり、制服の帽子が床に落ちていたりするが、腕章は王家のものである。
「王城での新年会に招待するのはどうやろか? 国王ご一家に喜んでもらえる気がするねんけど」
「せやな」
「まてまて、念のためもう一つ、仕事ぶりを見てみなあかん……にしても、おもろいなぁ」
この仕事頼んでみぃひんか? と、一人が紙きれを差し出した。
「……ええな、ぴったりやんか!」
こうして本人たちのあずかり知らぬところで、次の仕事が決まってしまったのである。




