【第十三話】
その日の夕方、リサとリュージは目と口をまん丸にして椅子に座っていた。
目の前には大先輩――矢代と鹿田がいる。
「鹿田! お前まで俺の楽屋に呼んだ覚えはないんやけど?」
「そない冷たいことゆーなや……ええやん、ええやん。こないだまで一緒の楽屋やったやん」
「いつのハナシや、それ!」
「別々にしてからの方が長いか」
「せやで」
けらけらけらっ、と二人が笑う。
「なぁ、矢代、また一緒の楽屋にしよか」
「なんでや!」
「いちいち仕事のことで電話かけんのめんどくさい」
「そらまぁ……考えといたるわ」
「ええー、今すぐ返事欲しい~」
やだやだ、と鹿田が体をくねくねさせながら地団太を踏んで見せる。
「鹿田お前、何歳になったんや……」
「30年……いや、40年と少しか?」
「アホか! それは俺らがコンビ組んでからの年数や」
日常会話がボケとツッコミ、いつまででも聞いていられる。テレビで見るやり取りそのままが繰り広げられているのだ。
リサは矢代の動きを全身全霊で追いかけ、リュージは鹿田の動きを逃すまいと見つめる。
そんな二人の様子を見ていたベテランコンビは、素早く視線を交わしたあと、すっと立ち上がった。
「リサ、リュージ。ちょっと行くで」
二人がわけもわからないままついていった先は、小さな会議室だった。数人の男性がコーヒーを飲みながら、パソコンやノートを睨みつけている。ホワイトボードにはびっしりと文字が書かれ資料が貼られているし、空になったペットボトルや食べかけのお弁当が散らばっている。
「矢代、ゲストはまだ決まっとらんみたいや」
「ちょっとすんませんけど……こいつら、使たってください」
鹿田が指さしたホワイトボードには『鹿田と矢代、地元凱旋スペシャル』と書かれてあり、ゲストの欄は未定となっている。
それを見ていた鹿田が「うわっ、また苛酷なロケ考えたな」としかめっ面でホワイトボードをコンコンと突く。
「お二人の地元凱旋に密着第三弾。二泊三日の帰省の間、お二人は好物しか食べられない。いいでしょう?」
どこがや! と、矢代が喚く。
「お前、俺の好物はたこやきで、鹿田の好物はフライドポテトやぞ? 二泊三日、そればっかり食うてどないするん」
「お二人がコンビを組んだ中学校の卒アル見たら、叶えたい夢に『お金持ちになって一日中好きなものだけ食べていたい』って書いたって聞いたんで……じゃあその夢、今こそ叶えてあげようかな、って」
なんでやー! と、矢代が、番組について説明し続ける男性の頭をぺしっと叩く。
それを見た鹿田がけらけら笑う。
「今どき、番組プロデューサーをどつくんは、お前くらいのもんやろ」
「知るかいっ!」
と、騒いでいると、若い女性が部屋に入ってきた。リサとリュージを見て目を丸くする。
「あれ? 鹿田さん、そのお二人といつ知り合ったんですか? 鹿田さんSNSやらないでしょ?」
「あ、リサとリュージ、知ってんの?」
「いや、SNSで動画がよく流れてくるから、有名なインフルエンサーかモデルさんかな、と……」
ちゃうわ、後輩芸人や、と矢代と鹿田の声が揃った。
「あっ、ごめんなさい」
「ようそれでADが務まるなぁ」
「ぎゃー、鹿田さん、蹴らないでくださいよー! えいっ、仕返しっ!」
「いてぇ! 皆聞いてぇ。ボクシングジム通ってる人が、素人のおっさん殴りましたー」
何が何だかわからないリサとリュージを置いてけぼりにして、話がどんどん進んでいく。
呆然としていると、先ほどの女性ADが、簡潔に説明してくれた。
「いま、番組の打ち合わせしてるんです。矢代と鹿田のお二人がMCで、地元凱旋に密着します。その番組のゲストに、お二人を、ということで、話が進んでいます」
返事も出来ずにいるリサとリュージに、プロデューサーだと名乗った男性が、
「面白いでしょう? 地元の名物がたくさんあるのに、MC二人は絶対にそれが食べられない。一方、ゲストの人たちは矢代さんたちの代わりに名物を食べる。食べたくて悶絶するベテラン、それを気にすることなく食べて弄られる若手」
いやだ、やめろ、年寄りを栄養失調にする気か、と騒ぐ鹿田と矢代を見ながら、リサとリュージは思わず顔を見合わせてしまった。
「ねぇ、リュージ。異世界トリップもとんでもない出来事だと思ったけど……現実世界の方がはるかに現実離れしてるんだけど……」
「こっちの方が、夢みたいやな……」
「……うん……」
こうして、ようやく事態を理解し、次の打ち合わせにはお二人も参加してください、などと言われてすっかり舞い上がってしまった二人だった。
の、だが――。
翌日。いきなり二人そろって事務所に呼び出された。
「おはようございます。リュージです」
「おはようございます、リサです」
マネージャーが、しかめっ面で手招きする。
「お前ら、夜、二人でどこ歩いた?」
あたしたちどこか歩いたっけ、と、思わず顔を見合わせて首を傾げてしまう。
「特別に歩いた記憶はありませんが……」
「見ろ。さっき送られてきた。来週、お前らの熱愛報道が出る」
は? へ? と、二人で間抜けな声を上げてしまう。
「その様子だと、熱愛ってのはまったくのでたらめのようだな」
これだ、と、出版社から届いたゲラを渡され、慌てて二人で覗き込む。
「うわぁ、リュージ、あたしらがえらい親密そうに歩いてるで!」
「肩を抱き……いや、ちゃうで! これは疲れて、ふらふら歩いてる時やな……」
「うん」
まさか異世界で大立ち回りして疲れたところです、とは言えもしないが、単に寄り添って歩いているだけなのに親密、熱愛、と書かれるとはこれいかに。
「……けどな、二人が結婚の発表をするのは間近と見られる、と書いてあるが?」
「なんでやねん!」
二人の声が事務所に響き渡る。
「わかったわかった。事実無根て発表しとくわ」
お願いします、と、二人してまた声が揃う。
ぷんぷん怒る二人を見ながら、マネージャーは小さく笑った。
「……もうちょっとの辛抱やで……頑張ろうな!」
【了】




