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第一話

 スポットライトが熱い。

 その熱に押されるかのように、篠宮リサはわずかに前傾姿勢をとった。


「――でな? そいつが言うわけですよぉ……」


 相方の能間龍二、リュージが、少し間を外した顔でリサを見て、客席を見る。

(あ、あかん。今日もや――ツッコむ間が……)

 リサは一瞬で察した。

 二人とも声は出ている。ちゃんと。リアクションも問題ない。

 でも、いつもの――いや、新ネタとして披露したころの手応えがない。

 ここで客席から起こるはずの笑いは、ワンテンポ遅れてぱらぱらと。


 お世辞にもウケたとは言い難い。

 前列に陣取ってくれている数名の固定客が反応してくれているにすぎない。

 コンビを組んで十年にもなると、このスベった状況にも慣れている。ここから挽回できるだけの経験も積んできた……はずだった。

(リュージ、こっからテンポ良く……)


「い、いやぁ、だって……さぁ……」


 どこか焦ったようなリュージが言葉をつなぐが、言葉は上滑り。端正な顔に汗が光る。ネタが飛ばなかっただけマシだろうか。

 さらに、あろうことかリュージが噛んだ。

 しーん、と静まり返ったままの客席。

 いつもならここで畳みかけるかフォローに回るのに、リサの頭も一瞬、真っ白になった。そのせいで、すべてがワンテンポ遅れた。

 リュージが懸命にボケる。

(……なんで今そこで微妙な間とった挙句、目ぇそらすの!?)

 客席はどんどん冷えていく。持ち時間はもうほとんどない。巻き返すのは無理だろう。


 舞台袖に戻った瞬間、二人の間に沈黙が落ちた。

「……ごめん。今日もあたしのツッコミの間が悪かった」

「いや、ええねん……」

 リュージは笑った。けれど、その笑みはどこか遠い。明らかに疲労の色も濃くて、喋りに覇気がない。

 最近、ずっとこんな感じだ。以前のリュージと何かが違う。

 舞台の上でも、降りた後でも。


 楽屋でスマホを見れば、目に飛び込んでくるのは業界の噂話ばかり。


――リュージ、最近羽振りええらしいで

――彼女できたんちゃう? 夜の町で見かけた


 それはリサも、見かけたことがあった。

 ただ、成人男性が夜、一人歩きしたからと言って騒ぐほどのことではない――ラブホ街ではあったが。

 スクロールを続けてしまう。


――前ほど面白くないからそろそろリューリサ解散って話、聞いたけど

――どっちが解散したがってるんだろ?


 リサはスマホを伏せた。

「面白くないって……そないはっきり言わんでもええがな!」

 思わず声に出してしまう。


――二人ともルックスだけはいいから、それぞれタレントとしてやってけそうだよね

――どっちか結婚でもするんじゃない?

――それこそルックスだけ芸人だし、二人とも引く手あまたでしょ

――てか、付き合ってないのかな?


「ルックスだけ、だけな……わけあるかいな……ぼけぇ……」


 もはや誰にツッコんでいるのか分からない。

 それよりも気になるのは。

(……やっぱ、そうなんかな)


 返信が遅くなったLINE。

 何をしているのかわからない時間が増えたこと。

 やたら疲れた顔。

 妙に余裕のある財布事情。


 考えれば考えるほど、胸の奥が騒つく。

(あたし、リュージの邪魔になってきたんかな)

 スマホを伏せて、ため息をついてしまう。


 一方そのころ、廊下の向こうでリュージは頭を抱えていた。

(なんでや……)

 リサのツッコミが噛み合わない。ここだ! というタイミングでツッコミがこない。それを気にしているうちに、ボケが間延びし始めてしまった。

 リサと噛み合わなくなった理由が分からない。これといった出来事はないはずだ。

 しかも周りからは「リサが解散したがってる」なんて噂まで聞こえてくる。


(冗談やろ。あいつが?)


 リュージにとって、リサは最高の相方だ。高校1年生の文化祭で即席のコンビを組んだときに「こいつしかおらん!」と思った。

 しょーもないネタでげらげら笑ってくれるリサは、リュージにとって一番の客であり、一番笑わせたい相手でもある。

 そして、リサの女優顔負けの綺麗な顔でコテコテのツッコミと、リアクション芸人としてもやっていけるほどの大きなリアクション、あれがいいのだ。

(リサは、俺がおらんでも一人でやっていけるんよな……)

 そして彼女は、誰よりも努力して、誰よりも舞台を大事にしている。

 時間が許す限り先輩や売れている後輩の舞台を見て、笑いを研究しているのを知っている。

 いつも「リュージとリサはお笑いで天下を取る!」と一緒に言ってくれるリサのためにも、もう一花咲かせたい。

「ここで終わってたまるか! ここからやないかい!」

 気合を入れたところで、スマホが震えた。通知を見て、一つ舌打ち。煙草を吸おうとして、目の前の壁にデカデカと「禁煙」の二文字。

 去年、突如ブレイクした同期が賞レースを勝ち進んだらしい。

 イライラが増す。

 あいつらの何がおもろいのかわからへん、と腹立ちまぎれにリサに言ったら、リサは、

「見習うべきところ、たくさんあるよ?」

 と、笑っていたことを思い出した。

 あたしらも頑張ろう、と付け加えるのも忘れないリサの柔軟さに、リュージはいつも助けられている。

(リサと一緒じゃないと意味がない……)

 そして再び、スマホの通知。もはやニュースを開く気にもならない。


「ん……よっしゃ、まだ時間あるな……」

 ちょっとひと稼ぎするか、と、リュージはカバンを肩にかけて歩き出した。


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