第6話 お妃決定
王妃様の口が開いた。
「スピカ王子の妃には・・・デザート公爵家のアメリアに決定する!」
一瞬、何が起きたか、わからなかった。まさか私が選ばれるとは思ってもいなかったからだ。
「アメリア。前に出るがよい」
「は、はい。王妃様」
私は王妃様の前に出た。緊張で足が震えている。
「後日、これからのことを詳しく伝える。それまで部屋で待機しているがいい。これから重責を担うことになろう。しっかり頼むぞ」
「はい。王妃様」
私は何とかそう答えた。王妃様は大きくうなずくとふっと笑顔を漏らして部屋を出て行った。
「おめでとうございます。アメリア様。あなたが選ばれたのです。我ら女官一同、お祝いを申し上げます」
マーサ女官長が頭を下げてお祝いの言葉を述べた。
「これからが大変だと思います。しかしアメリア様なら必ず乗り越えていかれるものと思います」
するとマリーとリリアも私に声をかけてくれた。
「アメリアさん。いえアメリア様。おめでとうございます。私たちもがんばりましたがあなたには敵わなかったようです。あなたこそお妃にふさわしいのでしょう」
「虫がいいようですが、これまでの無礼をお許しください。これからは一緒に競い合った者として仲良くしていただけたら幸いです」
2人は右手を差し出した。
「ありがとう。こんな私に・・・」
私は2人の手を握った。私を蔑んでいたと思っていた人たちからこんな言葉がもらえるなんて・・・私は泣きそうになった。
「さあ、笑ってください。今日はアメリア様の晴れの日なのですよ」
マリーとリリアは笑顔で肩を抱いてくれた。私は感激して「うんうん・・・」としか言えなかった。
部屋に戻ると私が妃に内定した話は伝わっていた。
「おめでとうございます。お嬢様」
リュバンとララは喜んでくれていた。
「旦那様や奥様もお喜びでしょう。知らせは王宮の旦那様に届いていると思いますから」
「そうね。長かったけどようやく終わった。この窮屈な生活とも・・・」
そこまで言いかけて私ははっとした。
「もしかしてもう屋敷には帰れない?」
「当然でございます。このまま王子様のお妃になられるのですから」
「ええっ! でもまだ心の準備が・・・」
「何をおっしゃっているのです。1年間も宮殿で過ごされて今更、心の準備ができていないとは・・・」
リュバンはあきれたように言った。
「でもまさか選ばれるとは思っていなかったのよ」
「そんなことは通用しません。これからお式の準備やらで忙しくなるはずです」
リュバンにはいろいろと心づもりがあるようだった。こうなっては後戻りはできない。このままお妃として・・・そう考えると身震いがした。
(一生、こんな窮屈な生活が続くの・・・。耐えられないかも、いやすぐに嫌になって逃げだすかも・・・)
そう思わざるを得なかった。
私の思いを別にして、デザート公爵家にとっては何もかもがうまく運んでいる。王様の信頼の厚い父は、今後はスピカ王子の舅として、そして私が産むであろう将来の王様の外戚になって力を振るうはずだ。
だがそれを快く思わない人たちは王宮に山ほどいる。政敵に執拗に狙われることは確かだ。私がお妃に選ばれて、わが家は危機を迎えるかもしれない・・・そんな不安がかすかに感じていた。
◇
それからしばらくは平穏の日々が続いた。正式にお妃に決まったのでマーサ女官長の教育はさらに厳しくなったが、私は何とかついていけていた。そしてお妃としてやっていく自信も少し出てきた。
そんな時だった。宮殿がにわかに騒々しくなった。兵が庭を駆け巡り、警備が急に厳しくなったのだ。私の教育も中止された。庭に散歩に出ることも禁じられ、部屋の中でじっとしていることが求められた。
(一体、何が起こったの?)
マーサ女官長が部屋を訪ねてきた。深刻そうな顔をしている。私は尋ねてみた。
「何があったのですか?」
「それは申し上げることはできません。ただこの度のことはすべてないことになりました」
「ないこと?」
私はその意味が分からなかった。それでマーサ女官長ははっきり言った。
「お妃の話は白紙になりました」
「えっ! どうして!」
「その理由も申し上げることができません。それにすぐに宮殿を出て行っていただきます」
それは冷たい言い方だった。この1年間、死に物狂いでがんばって勝ち取ったのに、あっさり破棄されてしまった。だがせめて理由を聞かないと納得できない。
「王妃様に拝謁させてください。直接、お聞きします」
「それもできません。あなたはもう宮殿に用のない方なのです。すぐにここから出る準備してください。そうでないと身一つで出て行くことになります」
取り付く島もなかった。
「わかりました。長い間、お世話になりました」
「準備ができ次第、退去してください。兵士が門まで護衛します。では・・・」
マーサ女官長はそう言い放って出て行った。まるで厄介払いでもしたかのようだ。私は嘆息した。決してお妃になりたいわけではないが、こうなってみると悔しさだけが残る。ここでのいろんな思い出が頭を駆け巡る。
「お嬢様。お気を確かに」
リュバンにそう言われてはっと我を取り戻した。しばらく間、私は茫然としていた。
「とにかく今は屋敷に帰りましょう。それから何が起こったのかを調べます」
リュバンの言葉に従い、すぐに荷造りを始めた。だがまもなく兵士が来て、すぐに私たちを追い立てた。それで最低限のものだけ持って宮殿を出た。馬車1台だけ、見送る人は誰もいない・・・来た時と比べて寂しい帰宅となった。




