第5話 不審な影
宮殿での「花嫁修行」は続けられた。毎日苦しい日々が続く。その厳しい修行に耐えられなかったり、不適格とされた者は宮殿を去っていく。厳しい現実だ。
私はマリーやリリアへの対抗意識だけで生き残っていた。こうなったら最後まで続けてやる・・・そこには意地しかなかった。
しばらくしてある時、ふいに私たちを見る視線を感じた。周囲を見渡すと遠くにかすかに男の影を見た。私がその方を見ると慌てて姿を消す。その視線は何かいやらしいもののように感じた。シスコンをこじらせた兄たちの視線にさらされていた私にはよくわかる。
「一体、誰? 私たちをそんな目で見るのは・・・」
私は少し興味があった。その正体を確かめたい気持ちが・・・。
修行の間には休憩時間もある。それを利用して外で談笑したり、庭園を散歩したり・・・中には部屋に戻って勉強する者もいる。多くは庭に置かれた椅子に座って付き人の出すお茶を堪能する。
その時にあの男が姿を現すことが多い。私は密かに隠れてそれを待った。すると建物の陰に人影がちらっと見えた。
(いた!)
私はそっと後ろから近づいた。やはり一人の男がお妃候補が集まっているところを真面目な顔でじっと見ている。むっつりスケベか・・・そんな感じがした。その服は・・・なにやら豪華な刺繍がついている。高官なのかもしれない。
「何をご覧になっているのですか?」
私はいきなり声をかけた。するとその男は驚いて振り返った。長身のさわやかなイケメン・・・そんな感じだった。それなのにそんな《のぞき》じみたきたことをするのか・・・。
「いや、なんでもない・・・」
その男はそのまま行ってしまおうとした。ますます怪しい・・・私はその男の袖をしっかり捕まえた。
「あなたはのぞいていたでしょう。あそこにいらっしゃるのは王子様のお妃候補です。そんな不埒なことをされる方は女官に突き出します!」
「放せ! おまえには関係がないというのに」
男は抵抗する。
「いえ、放しません。このむっつりスケベめ! 誰か! 誰か! 来てください! 不届き者を捕まえました!」
私は大声を上げた。それでマーサ女官長をはじめ女官たちが駆けつけてきた。
「この男です。私たちを見ていました。変態です!」
私はそう言いつけた。するとその男を見たマーサ女官長がかなり慌てていた。
「アメリア! 何をしているの! すぐにその手をお放しなさい!」
「女官長様。この男は怪しいのです!」
「何を言っているの! このお方はスピラ王子様です」
「えっ」
私はあわてて手を放して後ろに下がった。私はあろうことか、王子様を変態扱いしていたのだ。
「この者はお妃候補です。ご無礼をお許しください」
マーサ女官長は頭を大きく下げた。
「いや、大丈夫だ。おまえに勧められて候補の者を見に来ただけだ。私の護衛官もちょくちょくのぞきに来てそう勧めるものだから・・・」
王子様は初めて見に来たらしい。それがこんなことになってしまって・・・。
「申し訳ありません。お許しください」
私はひたすら頭を下げた。宮殿を追い出されるどころか、罪に問われるかもしれない・・・そんな覚悟はしていた。だが王子様は笑っていた。
「はっはっは。面白かったぞ。私のことをむっつりスケベだの。変態だの申したのはおまえだけだ。はっはっは」
王子様はそう言ってその場を去っていった。私は顔から火が出るほど恥ずかしかった。
幸いなことに何のお咎めも受けなかった。だが王子様の心証は最低だろう。まあ、それは仕方がない。本当にお妃になるつもりはないのだから・・・。だがあのマリーやリリアには見返してやりたい。
そんなこともあったが、私は何とか失格にならずに宮殿にとどまっていた。気が付くと候補者は3人になっていた。マリーとリリア、そして私だ。マリーとリリアは候補者を様々な手を使って蹴落としていった。それがお妃選びにはよくあることなのだろう。私はハナからライバルから外されたので助かった。あんなことがあったから・・・。
そしてお妃を決定する日が来た。宮殿に入ってもう1年近くなる。ここの生活もようやく慣れてはいたが・・・。
(まあ、ここまで来たからいいか・・・。屋敷に帰ってもいい訳ができる)
そんなことを考えていた。これでやっとこの束縛から解放されて自由になれる・・・。
私たち3人は王妃様の前に連れて行かれた。ここで最終発表というわけだ。今までの修行の成果は王妃様もご覧になっていると聞く。この国の次の王を支えるお妃を選ばれるのには苦労されたようだ。
マリーはランカス侯爵家の令嬢だ。ランカス侯爵家は王家の血を引く、古くからの貴族だ。多くの者がその威光に従っている。妃になれば王子様の大きな後ろ盾になるだろう。
一方、リリアの実家のジロン伯爵家は広大な領地を持ち。財産はかなりあると聞く。リリアがお妃になれば王室を経済的に支えるだろう。
それに引き換え、わがデザート公爵家は政で王様を支えてきただけだ。この時点で勝負はついている。はたしてお妃に選ばれるのはマリーかリリアか・・・。
王妃様が立ち上がり、手元にある書状を開いた。




