第44話 お粥と毛糸
ずっと寝ていたらお腹が減ってきた。さっきからお腹の虫がぐうぐう鳴いている。
「お腹すいたな・・・」
それを聞いていたわけではないと思うが、しばらくしてソワレが鍋と食器をもって部屋に入ってきた。
「お目覚めとお聞きしまして・・・。お食事をお持ちしました。どうぞ召し上がりください」
ソワレはそう言って鍋から白いドロドロしたものをお椀によそった。それに赤い塩漬けの植物の実を添えてある。
「これは?」
「お粥です。コメを柔らかく炊きました。弱っているときはこれが一番です」
私はお椀を受け取った。コメのいいかおりが立っている。スプーンですくって口に入れてみた。うまみとほのかな甘みが口いっぱいに広がる。コメはご飯以外にこんな形になるのか・・・。
「優しい味ね」
「ゆっくりお召し上がりください。お腹を慣らしていくように・・・」
私は言われた通り、ゆっくりお粥を口に運んだ。次第に腹の虫がおさまってくるのがわかる。しばらく食べていると、今度は添えられているものが気になった。
「この赤い実は?」
「梅の実と赤しそを塩漬けにして干しました。梅干しというものです。体にいいんですよ。大きな種が中にありますから実の部分だけをかじってみてください。酸っぱいですよ」
私は少しかじってみた。言われた通り、かなり酸っぱい。だが口の中がさっぱりする。食欲が増してくるような感じもする。
「いいわね。これは」
「そうでしょう。お粥にもご飯にも合います。それにおにぎりの中に入れれば格別です」
確かに梅干しの入ったおにぎりはおいしいだろう。
「ソワレ。いろいろ研究しているのね」
「はい。コンブという海草を甘辛く煮たものや魚の卵の塩漬け、魚の身をほぐして味付けしたものも合うようです。あとそれらを乾燥させて細かく砕いたものをふりかけてもおいしいですよ」
そのうまそうな話に私は思わず、ゴクンとつばを飲み込んだ。こんな状態なのに食欲はある。ソワレのおかげか・・・。
「それも次からは出して」
「わかりました。そんなに食欲が出たのならもう大丈夫ですね」
ソワレが笑っていた。食べることができていれば大丈夫だろう。もっとも今は体が弱っているからたくさんは食べられない。それでソワレがおいしく食べられるように工夫してくれるようだ。
次の日からソワレはお粥の他にいろんなものを出してくれた。彼が言っていたもの以外ではミンチした肉を煮てそぼろにしたもの、小エビを甘辛く煮たもの、のりとかいう黒くてどろっとしたもの・・・など。だがソワレが焼いてくれた柔らかい卵焼きが一番おいしかった。
そうしているうちに私も元気が出て来てベッドから立ち上がれるようになった。リュバンも看病疲れでしばらく寝込んでいたようだが、元気を取り戻して私の部屋に来るようになった。
そこに持ち込まれたのが毛糸である。牧場では羊を飼っていた。その世話を担当していたのはナナ(?)だ。彼女は羊の牧場に奉公したことがあって、その辺のことはよくわかっている。
今までは毛刈りした羊の毛をそのまま業者に卸していたが、ナナ(?)が毛糸にしてくれた。それもいろんな色に染めてくれている。
「うちの牧場の羊の毛から作った毛糸です。なかなか質が良く仕上がりました」
確かに均一で美しい。これで何かをするかというと・・・。
「毛糸で編んでみましょう。いろんなものが作れますよ」
そう言いだしたのはリュバンだった。以前、屋敷にいた時は時間を見つけて編んでいた。私が幼い頃にマフラーやら手袋やら・・・。もっとも継母のマーガレットが来てからは商人から買った飾りがいっぱいついたものを着用することになったが・・・。でも手作りの毛糸で編んだものは素朴で好きだった。
「お嬢様もどうです? 退屈でしょう?」
リュバンは勧めてきた。元気になったとはいえ、まだ外を出歩いたり、働ける体力はない。毎日、窓から外を眺めるのにも退屈していた。私はリュバンから編み物を習うことにした。
その日からリュバンの特訓が始まる。
「お嬢様。これはこうして・・・」
リュバンは張り切って私に教えてくれた。だがこれがなかなか難しい。それに根気がいる。少しでも間違えたらおじゃんだ。根気が少々足りない私には苦痛だった。
「お嬢様。がんばってください。もうすぐですよ」
リュバンに励まされ、簡単な小物は何とか編み上げることができた。たいしたものではないが、できてみたらやはりうれしい。もっともその間にリュバンは手袋をいくつも編み上げたのだが・・・。
「さあ、基本はできましたから後は何でも編めますよ」
リュバンはそう言ってくれたので、私は調子に乗って編み続けた。あまり上達しなかったが・・・。だがそれに感化されたのか、ララたちも編み物に精出すようになった。
ララはマフラーを作り、ナナ(?)はセーターを編んだ。彼女たちは私よりよっぽど筋がいい。出来栄えもよかった。そしてそれを着て出歩き、村の女たちに自慢げに見せたらしい。それが村で評判になって、村の女たちが編み物を始めるようになった。村で編み物ブームが起きたのだ。
「毛糸がどんどん売れますよ!」
部屋の来たナナ(?)がそう言っていた。町まで行かなくてもここでいくらでもきれいで上質な毛糸がある。それを買って競い合うように編み物にいそしんでいるようだ。中にはそれを町の市場に売りに行く強者もいる。
「この村の新しい産業にもなりそうですよ」
ナナ(?)はうれしそうだった。彼女が手掛けてきた羊毛が日の目が当たるようになったから・・・。
それにしても私の編み物は上達しない。ベッドから離れられるようになるころにはうまくなるのだろうか? 今はこれが一番の悩みだった。




