第36話 辻斬り
それは王子様が牧場を訪ねられた日の夜間に起こった。王都で無残にも人が何人も斬られて殺されたのだ。いわゆる辻斬りだ。その知らせは王都を調べているスピリットからもたらされた。
【一晩に王都の民が斬られたようです。いきなりズバッと】
「誰がそんなことを?」
「目撃していた者が言うには立派な身なりをしていた若い男だそうです。王家の紋章をつけていたとも・・・」
「それじゃ・・・」
【スピカ王子が疑われています。その日、宮殿にいなかったものですから。朝帰りされたそうです】
それはそうだ。この牧場に泊まっていったのだから・・・。
「王子様は無実よ。だってその日はこの牧場にいたのだから」
【でもスピカ王子はその日はどこにいたか、おっしゃられないそうです。護衛官にも口止めして。だからますます疑われています】
王子様は窮地に陥っているようだ。
(この牧場に来ていたとおっしゃればいいのに・・・)
だが王子様には何か考えがあるかもしれない。もしかしたら私のため・・・。王子様の敵が私に目をつけないようにされたのかも・・・。
【王宮ではスピカ王子を非難する動きが広まっています】
それを聞いて私はピンときた。これはプリモ伯爵の陰謀だと・・・。犯人を王子様ということにしようとしている。目の上のたん瘤の王子様を排除しようというのだろう。
「真犯人を捕まえれば解決するじゃない」
【それは難しいようです】
「それで王子様は?」
【姿を隠されました】
「えっ! どこに?」
【わかりません。それ以来、夜に王都の民が斬られる辻斬り事件が続いています。それでやはり犯人は王子様なのだろうという話になっています】
このままでは王子様は殺人の濡れ衣を消せられて廃嫡となって罰を受けるだろう。私はいてもたってもいられなくなった。あの日、この牧場に引き留めてしまったことが発端なのだから・・・。
私は夜になり、部屋を抜け出して魔法剣士に変身した。それに気づいてチャオが駆け寄ってくる。
「チャオ、静かにね。天馬になって!」
チャオは「わかりました」と大きくうなずき、あの天馬の姿に変わった。これで王都まで行ける。
「じゃあ、頼むわよ!」
私は天馬にまたがって牧場を飛び出した。王都で辻斬りの犯人を捜すのだ。私が魔法剣士に変身できるのは12時までだ。牧場に帰る時間を考えたら11時30分が限度というところだろう。
王都までは一っ飛びだ。周囲に張り巡らされた高い塀も難なく越える。警備の兵士の気づかれた様子はない。
この日は月もなく真っ暗だ。建物から漏れ出た光が頼りだ。夜の王都の町は人通りもなくひっそりと静まり返っていた。辻斬り騒ぎで皆が夜間に外に出るのを控えているのかもしれない。
町の警戒はかなり厳しいようだ。役人たちも辻斬りを逃すまいと網を張っている。
(さて、辻斬りは現れるか・・・)
スピリットにも空から捜索を頼んでいる。辻斬りが現れればすぐにわかる。天馬で通りを歩いていると、見回りの役人に出くわすこともある。その時はあわてて建物の陰に身を隠す。ここで見つかってしまえば厄介なことになる。
しばらくして、
「きゃあ!」
いきなり悲鳴が上がった。向こうの方だ。
「行くわよ! チャオ!」
私は天馬を走らせて悲鳴がした方向に向かった。この魔法剣士はその能力により夜でも遠くのものが見える。
「あそこだ!」
向かう先に人が倒れている。そばにもう一人、立っている。
(辻斬りの犯人がいた!)
私はその現場に近づいた。するとそこにいたのは・・・
「王子様!」
若い女性が斬り殺され、そのそばに王子様が立っていたのだ。じっと遺体を見ている。その手には確かに剣を持っている。
「まさか・・・」
私はその光景を見てもまだ信じられず、茫然としていた。一方、王子様は私に気付くとあわててその場から走り去った。
(ど、どうしよう・・・。王子様が犯人? 一体、どうしたら・・・)
すぐに「ドドドッ」と多くの足音が近づいてくるのが聞こえてきた。悲鳴を聞いて見回りをしていた役人も駆けつけてきたのだ。
「いけない! 逃げなくちゃ!」
このままでは私が犯人にされて捕まってしまう。私は天馬を走らせた。だがその姿を役人に見られてしまった。
「あいつだ! あいつが犯人だ! 捕まえろ!」
大勢の役人が追ってくる。私は天馬を走らせて逃げた。そして高い塀を乗り越えたらもう役人の手には届かない。
私はほっとして天馬を止めた。振り返ると王都の町は大騒ぎになっている。
(王子様が犯人? 絶対にそんなことはないわ!)
その時、スピリットが飛んできて私の肩にとまった。
「あなたは犯人を見たの?」
私は聞いてみた。私の見間違えではなかったのかと期待して・・・。
【その現場は見ませんでしたが・・・スピカ王子が殺された人のそばにいました】
やはりあれは見間違えではなかった。王子様だったのだ。
「王子様はどこに行ったかわかる・」
【暗くて見逃してしまいました】
王子様の行方は分からない。私はどうしても王子様が犯人だとは信じられない。
「信じています。王子様。きっとあなたの無実を晴らします!」
私は王都の方に向かってそう言った。




