第33話 執行官の話
最後に執行官様を牧場の草原に案内した。牛や馬がのどかに草を食っている。辺り一面に草の絨毯が広がり、日の光を受けてキラキラ光っている。遠くにはきれいな山々が見える。吹き渡る風は快い。
「いかがでしたか?」
「いいところだな。ここは」
「お褒めいただき恐縮です」
彼は遠くの山々をじっと見ていた。その真剣な横顔を私は眺めていた。
「ここにいれば何もかもが忘れられそうだ」
「お気を悩ますことがおありになるのですか?」
「ああ。いつも気に病んでおる。宮殿というところは気が抜けね。特に最近は・・・」
私は思い切って聞いてみた。
「私ごときがうかがう話ではないのかもしれません。しかし気になることがあって・・・。今はプリモ伯爵様が政を担っておられるとか・・・」
すると彼は嘆息した。
「ああ、そうだ。伯爵の天下だ。王様もその勢いに従うしかない。憂慮すべき状況だ」
やはり王宮はプリモ伯爵に牛耳られている。執行官様がそんな言い方をするとは・・・彼はプリモ伯爵の一派ではなさそうだ。彼はさらに言葉を続けた。
「あの事件はマドイ商会が盗賊を使って起こした。だがただそれだけではない。商人だけであのようなことが起こせるわけがない」
「では黒幕がいるのでしょうか?」
「そうだ。それがプリモ伯爵だとにらんでいる」
「えっ!」
私が驚いた。プリモ伯爵がそのようなことにも手を出していたとは・・・
「宮殿で大きな力をもつには莫大の資金がいる。それをマドイ商会に出させていたようだ。その資金を稼がせるためにこんなことをしたのだ」
「それではプリモ伯爵を捕まえることが・・・」
そうなれば反逆罪で捕らえられている父は許されて戻ってくるかもしれない・・・そう期待した。だが彼は大きく首を横に振った。
「そうはいかぬ。いまや伯爵は飛ぶ鳥を落とす勢いだ。決定的な証拠がない限り、簡単に手を出すわけにはいかぬ」
彼は悔しそうに言った。もはや高官の彼でも手が出せないのだ。プリモ伯爵には・・・
「私がプリモ伯爵の悪事を探ります。」
すると彼は怖い顔をして私を見た。
「それ以上は深入りしてはならぬ。そなたの身に危険が及ぶ」
「わかっています。でも・・・」
「そなたはそれ以上、動かぬ方がよい。王都追放だけでは済まなくなる」
「しかし・・・」
彼は大きく首を横に振った。
「約束してくれるな。動かぬと。そうでなければデザート公爵に顔向けできない」
そこで父の名が出た。彼は父について何か知っているのかもしれない。私は前のめりになって尋ねた。
「父は何を言っていたのですか? どこにいるのですか?」
「最後に会った時、そなたの身の安全を案じていたのだ。だが今は場所を移されたようだ。どこにいるかわからない」
やはり父の居場所はわからなかった・・・。私はため息をついた。
「すまなかった。デザート公爵の話を出すべきではなかった。つらいことを思いださせた・・・」
「いえ、いいんです。教えてくださり感謝します」
重苦しい空気が辺りを包んでいた。こんな清々しい場所なのに・・・。彼はその空気を変えようとしたようだ。
「ところでそなたはここでは生き生きとしているな」
「はい。ここの仕事はやりがいがあります。屋敷にいるときは窮屈な日常でした」
「そうであったか?」
「はい。家庭教師をつけられて勉強だの礼儀作法だの、いろいろと・・・。それが嫌で屋敷中走ってにげておりました」
「はっはっは。それはおもしろい」
「笑い事ではございませぬ。その上、宮殿にまで上がることになって・・・毎日が窮屈でした」
「そうか。それが私も同じだ」
「そうでございましたか」
そういえば私はこのエース執行官のことを何も知らない。貴族のしてだと思っていたのだが・・・。
「執行官様はどこで生活されていたのですか?」
「えっ! 私か・・・いや、屋敷だ。ただの屋敷だ」
「どこの家の方なのですか?」
「えっとな・・・辺境の役人の家だ。たまたま王宮勤めになって・・・」
彼はしどろもどろに答えた。やはり何か隠しているようだ。ボロを出すかもしれないからもう一押ししてみよう。
「どんなところですか?」
「マ、マルタ地方だ。山深くてな。なにもない。だから家の中にずっといた。いや、窮屈だった・・・」
「ここと同じように素晴らしいところではなかったのですか?」
「いや、まあ、そんなところだ。外に出なかったからわからないのだ」
彼は何とかごまかそうとしていた。そんなに知られたくないことでもあるのか・・・
「それにしてもここは素晴らしい」
彼は額の汗を拭いていた。彼の言葉は嘘だとわかるが、あまりにかわいそうなので追及はこれでやめることにした。
執行官様は帰って行った。牧場や食堂を案内して私も楽しかった。ベッドの入ると今日一日のことが思い出される。よくわからないところもあるが、王宮の高官でまじめで誠実であることはよくわかった。優しさも持ち合わせている。さらにすらっとした長身のイケメンだ。遠くをまじめに見つめるその横顔・・・
(ん? そう言えばどこかでその横顔を見たことがあったな・・・)
私は記憶をたどってみた。あれは・・・
「あっ! そうだった!」
私は思い出してベッドから飛び起きた。
「あれはむっつりスケベ! いえ、スピカ王子、王子様だったのだわ! 私ったらなんということを・・・」
またとんでもない無礼をしていたのだ。私は恥ずかしさのあまり、あわててガバッと布団をかぶった。




