第2話 屋敷の生活
私の名はアメリア・デザート。家族からはアミと呼ばれている。名門貴族デザート公爵家の令嬢だ。一人娘だったから大事に育てられ、物心ついた時から屋敷をほとんど出たことがない。外に出るのも1日1回の屋敷の庭の散歩がいいところで、ずっと部屋でお勉強とか、礼儀作法の練習ばかりさせられている。これが当たり前と思っていたが、さすがに最近では私もかなり嫌になっていた。
「もう! いや!」
私はいつものように逃げ出した。
「お嬢様! いけません! お嬢様!」
召使やら執事やら家庭教師やら・・・挙句の果てに庭師までが私を捕まえに来る。とても逃げきれず部屋に戻される。
こうなったのは継母のマーガレットのためだ。私を生んだ母は産後の肥立ちが悪く、私が生まれてすぐ亡くなった。そのあとにプリモ伯爵家から2人の男の子を連れてマーガレットがやって来た。貧乏貴族のベーコミ子爵に先立たれ、実家に戻ったところを父が押しつけられたようだ。
継母だからと言っていじめられるわけでもない。猫なで声で私に話し、優しくはしてくれるのだが・・・。
「アミさん。そんなことではだめよ! 王子様に嫌われるわよ」
マーガレットはことあるたびにそう言う。それで気づいた。どうも私を王子様と結婚させて家の安泰? いや自分の立場を強めようとしているようだ。
私は別に白馬の王子様を求めているわけじゃない。少しばかりの自由が欲しいだけだ。
そのマーガレットの2人の連れ子がブルーメとレーヴという双子だ。私には血のつながらない義兄ということになる。2人は双子のくせに対照的だ。ブルーメは熱い体育会系だ。肉体を鍛え上げて見せびらかしている。それに対してレーヴは繊細で冷静な頭脳派だ。詩集を小脇に抱えて悦に入っている。
この2人が私を困らせる。いや別にいじめるわけではないが・・・。男兄弟だったところに私のようなかわいい妹ができておかしくなっているのだろう。私を過度に心配して付きまとってくる。庭の散歩にはついてくるし、食事の時は隣に座って何かと世話を焼こうとする。私が辟易するほどだ。それにブルーメは鍛え上げられた肉体を誇示しようとやたらとその辺の者を持ち上げるし、ルーヴは自作の詩を私に聞かせようとする。
シスコンがこじれた・・・そんな感じだ。まあ2人に悪気はないのだから我慢しよう。もっとも王宮勤めになったから屋敷にいることも少なくなったから、以前ほどは嫌ではない。
それに父のデザート公爵だ。普段はあまり屋敷にいることはない。王様の信用が厚いようで政を担っているから忙しい。屋敷にいるときは私に常々、こう言っている。
「アミ。我がデザート公爵家はこの国で5本の指に入る名家だ。その家の令嬢であるのだから立派な淑女にならなければならない。そのためには・・・」
「はい。お父様。精進いたしますわ」
私はいつもそう答えてはいる。それで父の機嫌はよくなるのだから・・・。
ピンとした口ひげが偉そうだが、本当のところ、私にはかなり甘い。私のわがままを聞いてくれる。だが屋敷にあまりいないから、やはり私は息苦しい生活を続けるしかない。
この広い屋敷には召使やコック、庭師など使用人が多くいる。だが皆の名前は憶えていない。乳母のリュバンとお付きのララとコックのソワレ、あと数人くらいか・・・。
乳母のリュバンはずっとそばにいてくれる。それにいろんなことを教えてくれる。屋敷の中にしかいない私がいろんなことを知っているのは彼女のおかげだ。公爵家の令嬢が知らなくてもいい世情のことまで詳しくなった。
彼女はいつも私の味方だ。それだけは信じている。どんなに我儘でも遠慮なく言える。それに私は彼女の秘密を知っている。それは・・・まあ、あとにしよう。おいおいわかることだから・・・。
お付きのララは単なる田舎娘だ。教養はないし気も利かない。ただ言われたことは黙々とやる。なかなか根気がある。だから私のお付きが務まるのかもしれないが・・・。
「ララ。髪をとかして」
「はい。お嬢様」
「服を着せて」
「はい。お嬢様」
なんでもいうことを聞く。だがそんなことをしていたら私は堕落しそうなので最近はしていないが・・・。でも何か仕事を与えないとぼうっとしている。それも何時間も・・・。
私はそれを不思議に思って聞いたことがある。退屈していないのかと。
「お嬢様。頭の中で場面が展開しているのです。今日は毒リンゴを食べたお姫様が・・・」
彼女はこの屋敷の膨大な数の物語の本を読破しており、いろんな話が頭に入っている。それで彼女の頭の中ではいつも物語が展開しているのだ。それを聞いてみるとなかなか面白い。寝る時には彼女に物語を話させる。そのバリエーションも多彩だ。文学作品から恋愛小説、おとぎ話まで・・・。彼女には物書きの才能があるのかもしれないが、それはまあ置いておこう。とにかく不思議ちゃんだ。
コックのソワレはまだ新入りだ。独特な料理の腕前を持っている。一般的な高級料理は作れない。だが誰も知らない、訳の分からない料理を作ってくる。それが私の舌に合う。だから他のコックを差し置いて私専属にしている。今日はどんな料理を作ってくるのか・・・いろんなことが許されていない私にはそれが楽しみだった。
とにかく密かな楽しみはあったが、だいたいは窮屈な日常だった。だが私はそれが当たり前と思っていた。他の生活を経験していなかったのだから・・・。そして将来のことも何となく感じていた。このまま決められたレールに乗り、王子様でなくてもどこかの貴族と結婚して一生を終えると・・・。
だが私が15の時だった。いきなりあの話が持ち上がった。




