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第12回 涙する女

 日中のガイスト王国の首都。石畳の道路が整備されており、さらに石造りの建物が整然と並んでいる。そしてまた、商人達は各自の店舗で商売に勤しみ、子ども達は遊びに興じている。


 今日も賑やかな王国の首都。ここに現在、1人の男が散策を楽しんでいた。それは平民の服に身を包んだデュルケムである。今日、彼は非番なので街に繰り出しているのだ。


「相変わらず、艶やかな街並みだな」


 首都の景観に見惚れているデュルケム。騎士団としての日々は緊張を強いられるため、久々の心地良さを噛み締めていた。


 時間がちょうど昼頃に差し掛かったため、街中の食堂へと足を踏み入れるデュルケム。噂によれば、ここで提供される料理は安価でありながらも美味しいと聞く。


 適当な席を見つけて、そこに座るデュルケム。やがて、1人の女性給仕が注文をうかがいに現れる。彼女は鮮やかな金色を髪を後ろに結び、整った顔立ちをしているのが印象的である。


「ご注文は?」


「ステーキのセットを頼む」


「はい。ステーキのセットですね」


 デュルケムからの注文に対し、やや投げやりな口調で復唱する女性給仕。何となくであるが、彼女には職務に対する意欲が感じられない。


 やがて、デュルケムの注文を伝えるべく、女性給仕は厨房の方へと戻ろうとする。その時であった。


 突然、下品そうな顔をした男性客が近くを通りがかった女性給仕の尻を触ったのである。しかも、彼女に触れる客の手つきは非常に嫌らしいものであった。


「ちょっと何するのよ!?」


「へっ!別に良いじゃねえかよ!」


 怒りの表情と共に抗議の声を上げる女性給仕。彼女の抗議は至極もっともであるが、男性客の方は平然としている。


「そうだそうだ!仕事中に裸になって騎士団をクビになったんだろ!?この淫乱女!」


 すると別の男性客が女性給仕に向かって罵りの言葉を浴びせかけてくる。この男もやはり品性のない顔立ちをしている。


 本人の同意もなしに身体を触られた挙句、罵詈雑言まで浴びせられた女性給仕。彼女の顔は怒りで紅潮するが、相手が客である以上、下手な手出しをすることはできない。


「やめないか!」


 その時、デュルケムはその場から立ち上がり、2人の男性客を制止する。対する相手は睨んでくるが、彼は一向に気にしない。


「女性に対して一方的に手を出したり、さらには尊厳を踏み躙る発言……男として恥ずかしくはないのか!?」


 さらに品のない男性客のことを一喝するデュルケム。ガイスト王国の騎士として、同時に1人の男として、今の光景を黙って見ていることはできなかった。


「くっ!分かったよ!」


「ちっ!しょうがねぇな!」


 威風堂々としたデュルケムに一喝され、不服ながらも承諾する2人の男性客。この時、2人は目の前の男に太刀打ちすることは不可能だと本能的に悟っていた。


 少しした後、デュルケムの所にステーキのセットが届く。食べ応えのある牛の赤身肉を調理したものだ。


 やがて、ステーキのセットを平らげるデュルケム。そのまま彼は会計を済ませると、食堂を後にするのであった。


 上空が茜色に染まる夕暮れ時の頃、首都での散策を十分に満喫したデュルケム。後は王宮内にある騎士団の詰所へと戻るだけである。


 王宮へと向けて歩みを進めているデュルケム。このまま何事もないかと思われた時であった。


「う、うう……」


 不意に路地から誰かのすすり泣く声が聞こえてくる。この声を聞き取ったデュルケムは路地の奥へと視線を向ける。


デュルケムの視線の先に映り込んできたもの、それは街娘の格好をした女性が泣いている姿であった。


「どうしたんだ?」


 気になったデュルケムは女性へと声をかける。対する彼女の方も泣き腫らした顔を向けてくる。


「君は食堂の……」


 眼前の女性の姿を見た途端、驚きの声を上げているデュルケム。彼が声をかけた相手は食堂の女性給仕だったのだ。


「そういう貴方は……」


 対する女性の方もデュルケムの姿を見て言葉が続かないでいる。余程、驚いているのだろう。


「何があったんだ」


「ええ、あの後も一部の男性客からは嫌がらせを受けたの」


 デュルケムの質問に悔しそうに答える女性給仕。あの後も彼女は心ない客から身体を触られる等のことをされたらしい。


「そんなに嫌がらせを受けるのであれば、仕事を変えればいいだろう」


「そんなこと分かってるわ。でも、今の私には他に働く場所も帰る場所もないの」


「どういうことなんだ?」


「以前、私はガイスト王国騎士団のスカーレット隊に所属していたの」


「スカーレット隊だって?」


 女性給仕からの思わぬ告白に驚きを隠せないデュルケム。そう言えば、スカーレット隊に所属する隊員の中に彼女に似た女性騎士がいた気もする。


「だけど、偵察任務で醜態を晒して、スカーレット隊は解散……私も除名処分を受け、実家からも追い出されたわ」


 白い顔を怒りと悔しさで赤く染めながら語る女性給仕。その後、首都の食堂で給仕の食を得たものの、今日のような嫌がらせを受けることがあると言う。


「確かにスカーレット隊は致命的な醜態を晒したわ……でも、挽回する機会も与えられず、嫌らしい客から身体を触られて笑い者される日々……悔しくて、情けなくて……!!」


 何時しか女性給仕からは涙が零れ落ちている。騎士として余程悔しかったのだろう。彼女の姿を黙って見ているデュルケム。


「騎士としてやり直したいんだな?」


「えっ!?」


 気がつけば、落ち着いた視線で女性給仕に向かって問い掛けているデュルケム。一方の彼女はキョトンとなっている。


「本当に騎士としてやり直したいのであれば、俺についてくるがいい。騎士団長に掛け合ってやる」


 しかし、当のデュルケムは構うことなく言葉を続けている。何故、こんな言葉を口にしているのか自身でも分からない。もしかすると、女性給仕の心意気に動かされたのかもしれない。


「貴方、何者なの?」


「俺はデュルケム=プロムナード、ガイスト王国騎士団に所属する者だ」


「デュルケム?そう言えば!」


 デュルケムと言う名前を聞いた時、女性給仕は以前の出来事を思い出す。スカーレット隊に所属していた頃、デモスの森付近の平原で彼を見たことがあったのだ。


「それでどうする?」


「……是非ともお願いするわ」


 再度のデュルケムからの問い掛けに対して、一呼吸置いた後、女性給仕は騎士団長への仲介をお願いする。彼女は既に騎士としての矜持を取り戻しており、視線は実に凛としたものであった。


「私の名前はミント=シュイヴァン」


 自らの名前を名乗った後、かつての女性給仕はデュルケムに右手を差し出す。彼女なりの友好の証である。余談であるが、シュイヴァン家はガイスト王国に仕える役人の家系であった。


 対するデュルケムはミントの差し出した右手を握ってシェイクハンドをする。こうして、2人は本当の意味で出会ったのであった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

今後も頑張ります。

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