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9. ゴブリンジェネラル戦

「お兄ちゃん!」


 俺を呼ぶ、雪の声が鋭く響く。

 反射的に視線を向けると、視界一面に飛来する矢の群れと、赤い光を帯びた魔法弾が押し寄せていた。


 それを察知した雪が、即座に足を踏み出し、前方に分厚い氷の壁を展開する。

 いつもの倍はあろうかという防壁が、空気を裂く音を立てながら襲いかかる遠距離攻撃を受け止めた。


 矢が弾かれ、魔法が砕け散る音が響く中、後ろからマスターの声が飛ぶ。


「陽向君、油断してたね……!」


 珍しく焦りの混じったその声に、我に返る。


 ――そうだ。事前にちゃんと確認していたはずだった。


 第3階層のボス《ゴブリンジェネラル》が召喚するアーチャーとメイジによる“初見殺し”の遠距離一斉攻撃。


 これは有名な罠で、攻略本や協会の報告書にも太字で注意喚起されている。

 扉を開けた瞬間に発動する仕掛けで、経験の浅いパーティーはそれだけで半壊することすらある。

 回避法はシンプル。

 扉をすぐに開閉することで先制攻撃を空振りさせるだけでいい。


 わかっていたはずだった。けれど――。


(雪とマスターが一緒っていう安心感が、どこかに甘さを生んでた……)


 今この瞬間、雪の氷壁がなければ俺たちは致命傷を負っていただろう。

 そう思うと背筋が冷たくなる。


 俺は両頬をぱんっと叩き、気合を入れ直した。 


「……ごめん。完全に油断してた。ここからは気を引き締める。」


 前を見る。

 氷壁の向こうで、気配が蠢いている。

 扉の奥――ゴブリンたちは、こちらが動き出すのを待っているはずだ。


 雪が振り返り、軽く笑って見せる。


「今のうちに立て直そう。お兄ちゃんが無事でよかった。」


 その笑顔に、ほんの少しだけ救われた気がした。


「さぁ、改めて。まずは遠距離系の相手から倒していきましょう!」

「了解、陽向君!」


 雪の氷壁が音もなく崩れ落ちると同時に、俺とマスターは地を蹴った。

 目標は後方に控えるアーチャーとメイジ。

 遠距離からこちらを削る厄介な敵だ。


『アクセル』

『風剣』


 立て続けに魔法を発動したマスターの体に風の刃がまとわりつき、次の瞬間、音を置き去りにして加速する。

 その勢いのまま、立ちはだかるゴブリン数体を風の刃とともに切り裂いていく。


 俺も後を追い、手にした剣でゴブリンの急所を正確に貫く。

 錆びた剣を振るうゴブリンは反応が遅く、こちらの一撃を防ぎきる前に倒れていく。


(奥に見えるのが……ゴブリンジェネラルか)


 ちらりと視界の隅に捉えたその姿は、二メートル近い巨体に、体と同じほどの長さの大剣を担いだ威圧的なものだった。

 武装はランダムとは聞いていたが、今回は大剣持ち。

 リーチはあるが隙も大きいはず。

 大剣持ち相手は初めてだが、やりようはある。


 一方、俺たちが前方で敵の注意を引いている間、雪は後方から氷の雨を降らせ、魔法を使うメイジや矢を放つアーチャーを的確に仕留めていく。


 ゴブリンたちも雪の存在を脅威と認識したのか、複数の上位個体が雪の方へと殺到する。

 しかし背を向けたその瞬間が命取り。

 俺とマスターは隙を見逃さず、反撃も許さずに切り伏せていく。


 討ち漏らした個体も、雪の魔法で即座に凍てつく。


「お兄ちゃん、ミツハルさん! ゴブリンジェネラルが動き出した!」


 雪の声に視線を向けると、ゴブリンジェネラルが背負っていた大剣を両手に構え、ゆっくりと歩き出していた。


「了解。雪お嬢ちゃん、残りの雑魚は頼んだ。陽向君、まずは俺たちで迎え撃とう!」


 ゴブリンジェネラルの進行方向にいる敵を処理しながら、俺たちは真っ直ぐに迫っていく。


『ウインドブラスト』


 マスターが突風を巻き起こし、進路を阻むゴブリンを一掃した。

 飛び散る肉片と舞い上がる砂煙を突き抜け、ついにゴブリンジェネラルと対峙する。


 その巨体と、大剣を振り回す姿は、まさに第3階層の主にふさわしい威圧感を放っている。

 こちらは疲労が溜まり始めているから、全く油断はできない。


「陽向君は前衛、俺が遊撃を務める!きつかったら変わるから、その時はすぐに交代だ!」

「分かりました。行きます!」


 振り下ろされる大剣をギリギリで回避し、俺は懐へと飛び込む。

 しかし相手も侮れない。

 蹴りで俺を牽制しつつ、素早く後退する。


 だがその背後には、すでにマスターが待ち構えていた。

 がら空きの背中に鋭い一撃が入る。


 ゴブリンジェネラルの激しい咆哮。

 怒りの矛先がマスターへと向かう。

 どうやら今の攻撃はクリティカル――ターゲットが切り替わったようだ。


「陽向君、予定変更!今度は陽向君が遊撃だ!」


 マスターは『アクセル』を使い、翻弄するように動きながら攻撃を避ける。

 マスターもゴブリンジェネラルも激しく動き続けているせいで、中々隙が見つからない。


(やはり、基本通りが一番か……)


「マスター、スイッチをお願いします!」

「了解っ!」


 俺はどうにかして隙を見つけるのではなく、再び俺にターゲットを戻すようにお願いする。

 俺の声を聴いたマスターはすぐさま方向転換し、攻撃を避けつつも、俺の方へと少しずつ近付いてくる。


 俺は声を上げ、再びターゲットを引きつけるべくマスターとポジションを入れ替える。


「スイッチ!」


 マスターが横に飛び、俺がその隙間へと飛び込む。

 見事に視線が俺へと戻った。


(上手く行った……!)


 鋭くなった攻撃を回避しながら、俺が注意を引き、マスターが背後や側面から、今度は脚を狙って斬る。

 息を合わせた連携を繰り返し、ついにゴブリンジェネラルが膝をついた。


「マスター、畳みかけましょう!」


 大剣を振り回す無鉄砲な攻撃に転じた敵の隙を突き、今度は二人で左右から一斉攻撃。

 胴体、肩、首元――傷がどんどん増えていく。


『ウインドブラスト』


 マスターの風魔法が炸裂し、大剣が吹き飛ぶ。

 クールタイムが長く、連発もできないが、威力の高い魔法だ。

 その隙に俺は駆け出し、渾身の一撃を叩き込む。


(これで――終わりだ!)


 剣が深く突き刺さり、ゴブリンジェネラルの体が粒子となって崩れ落ちていく。

 残されたのは、ぽつんと置かれた宝箱、そして奥に続く階段と帰還用のポータル。


 俺たちは視線を交わし、静かに頷いた。


「よくやった、陽向君!」

「マスターも、お疲れ様でした!」


 ゴブリンジェネラル――多くの攻略者がその危険度から挑戦すら躊躇する存在。

 何度か討伐経験はあるとはいえ、今回も無事に討ち取れたことに胸が高鳴る。


「お兄ちゃん、ミツハルさん、すっごくかっこよかったです!」


 早々と他のゴブリンを倒し終え、後方で見物していた雪が、ぱたぱたと駆け寄ってきた。

 戦闘中とは打って変わった無邪気な笑顔。

 その表情を見るだけで、疲れが和らいでいくようだった。


 前回の攻略では、雪の魔法での支援があってこその勝利だった。

 だが今回は――二人だけで成し遂げたのだ。


「お兄ちゃん、ほんとに強くなったね」

「……そうだな。それに、無理をせずスイッチした判断も冷静で良かった」

「ありがとうございます。でも、まだまだですよ」


 自分の成長を実感できる。

 けれど、それに甘えてはいけない。


 この遺跡型ダンジョンにおいて、公に記録された非能力者パーティーの最高攻略階層は第9階層。

 今月中には、ついに第10階層のボスへ挑戦するという話も聞こえてきている。


 たとえサークル内では頭ひとつ抜けていたとしても、世の中にはまだ、自分より遥かに上がいる。

 うぬぼれる余地など、どこにもない。


「動きは洗練されてたし、判断も的確。一つ一つに無駄がなかった。でも――」


 雪がそこまで言って、少し言い淀む。

 そして、視線をそっとマスターに向けた。


「そうだな。はっきり言おうか、陽向君」


 マスターの落ち着いた声が空気を引き締める。


「今のままでは、成長の限界が近い。君自身も、うすうす気付いているだろう?」


 ――スキル。


 それは、マスターの戦いを見れば分かる。

 ただの身体能力強化ではない。

 スキルによる一撃の重み、流れるような連携、そして何より――「確信」を持って戦える強さ。


(……やっぱり、そうか)


 そろそろ、自分もスキルを選ばなければならない時期なのだ。


 5つの枠、すべてを一度に埋める必要はない。

 だが、最初に取る1つや2つは、その後の戦い方を決定づける大きな分岐点になる。


 しかも、一度取得すれば二度と変えることはできない。


(せめて、もう少しだけ、考える時間が欲しい)


 戦いの熱が引いた後に訪れるのは、迷いと覚悟。

 その間に立たされながら、俺は静かに息を吐いた。



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