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ダンジョンリプレイス:無能力者で『妹のヒモ』と呼ばれた俺が、覚醒して世界が変わった  作者: すいまる
二.《???》

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20. 魔狼戦

 しばらく痕跡を頼りに整備された道を進んでいると、木陰の先に動く影が見えた。


 ――居た。奥に魔狼が3体。


 こちらに気づいているようだが、すぐには近付いてこない。

 警戒しているのが見て取れる。


 俺は右手の前に『全てを守る壁』を展開し、逆の左手に剣を握った。

 利き手ではないため違和感は大きいが、今は壁ありきの戦闘が前提だ。

 この先のためにも慣れていくしかない。


(……まずは受け止めてみたい。壁の性能を、確かめるために)


 挑発するようにその場に立ち止まる。

 すると、一番手前の魔狼が堪えきれず走り出した。


 引っかき、噛みつき、体当たり――それが魔狼の主な攻撃手段だ。

 魔力により底上げされた筋力と速度は、通常の狼の比ではない。


 その魔狼は迷いなく、体当たりを選んだらしい。

 低い咆哮を上げながら、一直線に突っ込んでくる。


 俺は動かない。

 ただ、右手を前に突き出す。


(見えるか?いや、見えないはずだ)


 展開しているのは、陽炎のように揺らぐ半透明の壁。

 森の光に溶け込み、遠目には空間が若干歪んでいるようにしか見えない。


 2メートル。1メートル。


 魔狼は異変に気づいたのか、目を見開き減速を試みる――が、間に合わなかった。


 ドンッ――!


 ほぼ全速力の状態で、魔狼が壁へと突っ込む。

 激しい衝突音とともに、魔狼の体が弾かれ、地面を転がった。


 音は凄かったが、俺の身体には、まったく衝撃が伝わってきていない。

 陽炎状態で少し分かりづらいが、見た感じ、壁は無傷だ。


 魔狼はぴくりとも動かない。

 壁の持つ反射の効果を直に受けて、脳にダメージが行ったのだろう。


(……効いてる。想定通りだ)


 俺は残りの魔狼の警戒を続けながら、左手の剣で、静かに止めを刺した。


 この陽炎の壁による不意打ちは、初見の相手にしか通じないだろう。

 だが、確実に通用する場面があることは分かった。

 これも俺の戦術の一つだ。


 残り、2体。


 一連の流れを見ていた魔狼たちが、警戒を強めながらじわじわと距離を詰めてきている。

 こちらの壁の存在に気付いているのかは分からないが、“何かある”という警戒は見える。


(今度は正面からやってみるか)


 俺は壁の色を黒に切り替える。

 陽炎のままだと、敵だけでなく自分も視界が悪くなるという欠点があった。


 壁を出した状態での戦闘。

 これに慣れていく必要がある。

 位置、角度、範囲――感覚を掴めば、いずれ陽炎でも対応できるはずだ。


 しばらくにらみ合った後、俺は右側の魔狼を狙って先に動き出した。

 それに反応するように、2体とも動く。

 正面から1体、左側からもう1体――挟撃だ。


 だが、俺に焦りはなかった。

 これも想定の範囲内だ。


 左手に持つ剣を使って左側の魔狼を牽制し、真正面の1体に集中する。


(……これじゃ、どっちがメイン武器か分からないな)


 自嘲気味に思いながらも、壁で迎撃するつもりで右手を構える。


 だが、魔狼は学習していた。

 突進ではなく、横に回り込んで左腕――剣を持つ腕を狙ってくる。


(まずい!)


 反射的に、右手を横薙ぎに振る。


 ――ゴッ。


 壁が魔狼の側頭部を叩いた。


 その瞬間、体が宙に浮いたかのように見えた。

 魔狼はよろけ、地面に倒れ込んで立ち上がれない。


(……え?壁で殴っただけ、だぞ?)


 壁は、攻撃に使えるようなものではなかったはず。

 午前中に触れた感触は、厚手のプラスチック板のようなもの。

 だが、今のは――明らかに「打撃」として成立していた。


(本当に、ただの防御だけ……なのか?)


 だが今は、考えている暇などない。

 剣を振るい、確実に止めを刺す。


 ――残り、1体。


 最後の魔狼は、一撃に賭けるよりも、機を見て少しずつ俺にダメージを与えることを選んだらしい。

 くるくると俺の周囲を回りながら、隙を突いては直線的に襲いかかってくる。


 けれど、その動きはもう見切っていた。

 それに最初の魔狼が壁に突っ込んで自滅したのを見ていたのだろう、飛びかかってくるスピードも控えめだ。


 俺は冷静に、魔狼の動きに合わせて右手を突き出す。


 反撃はせず、それを何度も繰り返す。

 一撃ごとに、魔狼の動きが鈍くなるのが分かる。

 反発のダメージが、確実に蓄積しているのだ。


(――そろそろだな)


 魔狼の攻撃パターンが一定になり、戦闘開始から七、八分が経った頃。

 魔狼がまた噛みつこうと接近してきた瞬間、俺は壁でその動きを受け止め、退こうとした直後――カウンター気味に壁で魔狼を殴りつける。


 完全に警戒を解いていたのだろう、魔狼は避ける素振りも見せず、そのまま壁を喰らった。


 そして次の瞬間、止めを刺そうと剣を構えた俺の目の前で、魔狼の身体がふっと霧のように消え始める。


「……あれ、倒したのか?」


 思わず声に出していた。

 あんな一撃で?と自分でも信じられない。 


 力を抜いた左手から、剣が下がる。

 反発の蓄積があったとはいえ、今の一撃だけで沈んだ感触はなかった。


 疑問を抱えたまま剣を収めると、ダンジョンの入り口付近から雪が歩み寄ってくる。

 彼女の顔にも、どこか引っかかっているような色があった。


「お兄ちゃん、お疲れ様。3体ともスムーズに倒せたね。でも、なんか納得いってない感じ?」

「……分かるだろ。いくら魔狼とはいえ、あっさりしすぎてる」

「うん、なんとなく違和感あるのは私も感じてた。だから、ちょっと試してもいい?」


 俺が頷くと、雪は壁に近づき、軽く拳を握って、展開したままの壁にパンチを叩き込む。

 以前今野さんが試していたことと同じだな、などと思っていた矢先――雪が意外な提案を口にする。


「じゃあ今度は、お兄ちゃんが壁で、私に軽くぶつけてみて?」

「……は?」


 一瞬、耳を疑った。

 だが雪の真剣な表情を見て、余計な言葉を飲み込む。


 確かに、2体目と3体目の魔狼は、壁で殴ったことが致命打となっていた。

 とはいえ、原理が分からない以上、危険じゃないかと懸念を伝える。


「大丈夫。もし私の考えが合ってるなら、心配いらない。それに、私の体はそんなにヤワじゃないよ?」


 確かにその通りだ。

 雪は能力の成長に伴って、身体能力も人並外れて強化されている。

 無言の圧に負けて、俺は意を決して壁を軽くぶつける。


「……なるほどね」


 雪が平然としているのを確認して、胸を撫で下ろす。

 それと同時に気づいた。

 俺が壁で攻撃した時――普通の殴打とは違って、腕に返ってくる衝撃がかなり軽減されている。


「雪、何か分かったのか?」

「一応ね。魔狼との戦いを見てて最初に気付いたのは、この壁にぶつかった時に発生する“反発ダメージ”のこと。ぶつかる勢いが強いほど威力も増してたよね?お兄ちゃんも気付いてたと思うけど……ここまでは大丈夫?」

「あぁ、それはな。最初の奴がその典型だっただろ?」


 実際、今朝の能力検査でも、自分の出した壁を軽く拳で叩いてみたとき、反発する力と、それと――あれ?壁に吸収されるような感覚?


「そうか。……つまり“吸収する力”ってことか?」

「うん。私もそれが気になって、検査のときから考えてたの。で、ふと思った。吸収された力って、そのままどこに行くんだろうって。もし次に壁が敵に触れた時、その力が放出されてるとしたら?」

「……吸収した分が、次の攻撃で跳ね返るってことか?」


 雪は俺の質問に大きく頷き、満足げな表情を見せる。


「そう。今日の戦いで、魔狼が何度も壁にぶつかってきてたじゃない? そのあと壁を出し直さずにぶつけた時、どう考えても普通のぶつかり方以上の衝撃があるように見えたの」

「あぁ……」

「そう思って今試してみたら、壁が軽くぶつかっただけなのに、それ以上の衝撃が返ってきた。きっと、さっき私が拳で叩いたときに吸収された力が、上乗せされてたんだと思う」


 あくまで仮説だけど、と雪は言葉を添えたが、話を聞いているうちに、俺の中でも確信に変わっていった。


 守るための壁だと思っていた『全てを守る壁』は――条件次第で攻撃にも転じる、まさに“力を蓄え反撃する壁”だったのだ。


 だが――まだ謎は残る。


「でも……先週のゴブリンジェネラル戦や、検査の時に雪の魔法を受けたときに吸収した力は?」

「そうなんだよね。時間経過で消えるのか、壁を消すとリセットされるのか……まだ検証が必要だね」


 この能力の核心に迫る手がかりが見つかった気がした。

 その後もダンジョン探索を続けながら、雪の魔法を壁で受けたり、意図的に衝撃を蓄積・放出してみたりと、能力の検証を進めた。


 そして判明したことは二つ。


 一つ、壁を消すと、それまでに吸収された力はリセットされてしまうこと。

 二つ、吸収する力は反発の逆で、黒い壁が最も弱く、陽炎状態の壁が最も強いということ。


 能力の仕様に重大な変更点が確認された場合は、必ずダンジョン協会への報告が義務づけられている。

 俺たちは帰りがけに本部へ立ち寄り、必要な報告を済ませてから、ようやく帰路についた。


 こうして――

 能力者としての“初日”は、驚きと検証に満ちた、濃密な一日となったのだった。



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― 新着の感想 ―
おはようございます。 ただの防御スキルかと思いきや、まだ判明してない機能があるっぽいですなぁ…主人公らしくて良き!
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