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ダンジョンリプレイス:無能力者で『妹のヒモ』と呼ばれた俺が、覚醒して世界が変わった  作者: すいまる
二.《???》

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19. 攻略事情

 周囲からの視線を感じつつ、俺たちはさらに歩みを進める。

 やがて、地上に剥き出しになったままの洞窟が姿を現した。


「――ここか」


 都会のど真ん中に、突如としてぽっかりと口を開けた洞窟――一見すると場違いなその光景こそが、ダンジョンへの入口だ。

 この洞窟もダンジョン協会が直接管理しているもので、予算の都合から整備が後回しにされ、今も剥き出しの状態が続いているらしい。


 入口付近では、数人の職員らしき人物が手続きを行っていた。

 俺と雪も、その流れに従って手続きを受けることにする。


「雪様……!このダンジョンにいらっしゃるのは久しぶりですね。今日はプライベートでのご利用でしょうか?」


 職員の女性が雪に気づき、顔をぱっと明るくする。

 その姿に反して、雪の返事は淡々としたものだった。


「そう。私とお兄ちゃんの手続きをお願い」


 冷たくも感じられるその応対。

 しかし、それが家族や知り合い以外に対する、雪の“通常運転”だ。


 口数が少ないわけではないが、必要以上に愛想を振りまくタイプでもない。

 笑顔もあまり見せないが、それは真面目で自分に正直なだけ――と、兄である俺は思っている。


 もっとも、世間からは「クールで素っ気ない人物」として認識されているようで、それがまた、氷の魔法を使う雪のイメージと相まって、妙な説得力を生んでいる。

 むしろその“冷たさ”すらも人気の一因になっていて、ダンジョン協会がプロモーションの一環として意図的に演出しているのでは、と勘ぐりたくなるほどだ。


 そんな雪が、自ら能力者用のカードを差し出すのは珍しい。

 俺もそれにならい、今日登録を終えたばかりの黒いカードを取り出して見せた。


「……お兄さまも能力者だったんですか!?これは初耳です!」


 カードを受け取った職員のお姉さんが、驚きと喜びの入り混じった声を上げる。


「最近覚醒して、今日登録したばかりなんですけどね」

「なるほど……それで情報がなかったわけですね!兄妹そろって能力者だなんて本当に珍しいですし、雪様のお兄さまなら、きっと頼もしいに違いありません!」


 職員のお姉さんの言葉に、曖昧に頷いておく。

 確かに、能力者に覚醒する確率は極めて低く、兄妹・姉妹で能力者というケースは、日本どころか世界的に見てもごくわずかだ。


 思い出すのは、関西にいるという姉妹の能力者。

 たしかテレビの特集で見た記憶がある。

 もちろん、能力を持っていても無名のままの人間も多いから、知られていないだけという可能性もあるが……。


 なぜか、話題の中心が俺に移ったことに、雪が少し誇らしげな表情を浮かべていた。

 口角がわずかに上がっているのが見える。


 ――もしかして、この反応が見たくて、あえてカードを先に差し出したのか?

 そう思うとなんだか微笑ましくて、俺もつい笑ってしまいそうになった。



 その後、三分ほどで手続きを終えた俺と雪は、さっそくダンジョンの内部へと足を踏み入れた。

 第一印象は――小規模なホーム拠点、といったところだ。


「思ったよりこぢんまりしてるな。入り口付近は広いけど……」

「うん、でも意外と人はいるね。平日のお昼なのに、けっこう賑わってる」


 たしかに、普段使っている大学最寄りの拠点と比べると、取引所の窓口は少ないし、商店も狭くて品揃えも控えめだ。

 けれど、人の姿はそこそこあり、活気も感じられる。


 いつもの拠点と比べれば物足りなく感じるが、それはあそこがあまりにも整っているからだろう。

 店の数、品揃え、取引所の機能性、さらには拠点外の飲食店の充実度まで――俺のホーム拠点は、全てにおいて一歩も二歩も上を行っている。

 実際、この拠点は地方の過疎地域にある拠点に比べればはるかに大規模だ。


「お兄ちゃんはこの拠点がそこそこ人気ある理由、知ってる?」

「え?……理由?立地じゃなくてか?」

「うん。実はここって出てくる魔物が動物系ばっかりなんだ。だから、人型が精神的にキツいって人にはすごく好まれてるの」

「あー……なるほどな」


 人型魔物に対して抵抗がある攻略者は意外と多い。

 俺も初めの頃は、剣を振るうたびに妙な罪悪感があった。

 倫理的・精神的な理由から人型の魔物を倒すことに抵抗がある層は一定数存在しており、ここはそのニーズを満たしているのだ。


(この辺は人が少ないな。……でも俺たちにとっては都合良いか)


 賑わっているとはいえ、今は平日のお昼過ぎ。

 視界に入る人数は、両手の指で数えられる程度だ。


 もっとも、これは攻略者にとっては好都合でもある。

 戦闘エリアが混まなければ、他者とのトラブルも避けられるし、思い通りに動ける。

 さらに――雪のような有名人が目立たずに済むというのも、大きな利点だ。


「行こう、お兄ちゃん」


 雪が短く言い、俺も頷く。


 取引所で手に入れた簡易地図を手に、俺たちは攻略拠点を後にした。

 地図には、周辺の地形と魔物の分布がざっくりと記されているだけの簡素なもの。

 とはいえ、初見のエリアで何も持たずに動くよりは、ずっとマシだった。


「お兄ちゃんが能力者になって、話せることが増えたのは嬉しいよ。ダンジョン協会の極秘任務についてはさすがに話せないけど、ダンジョンの情報は能力者同士で共有するのが望ましいってされてるから」

「……極秘任務なんてものがあるのか。そういえば、先週雪が言ってた任務はどうなったんだ?」

「緊急事態だったから、他の人に代わってもらったの。次の緊急任務が入らない限りは、しばらく休みになる予定かな。だから明日からは普通に学校に行くつもり」


 俺が入院していた影響で任務から離れたとだけ聞いていたが、いつも忙しく飛び回っていた雪にとっては、久々の休息になったに違いない。

 代わりに入った人には申し訳ないが……。


 俺は興味本位でダンジョンのことをいろいろと尋ね、雪がそれに答えてくれるというやり取りが自然と続いていく。


「関東ダンジョンの最前線は、今は栃木県にある拠点の先だよ。関東北部にあって、2カ月前に私を含めた5人のパーティーで攻略して、ようやく解放されたの」


 以前その場所について質問したときは「機密だから」と濁されたことがあったが、今日はあっさりと教えてくれた。

 どうやら一般に広まりつつある予想と、そう大きく外れてはいなかったようだ。


「でも、北部が最前線ってのはちょっと意外だな」


 攻略者の数で言えば、東京や神奈川といった関東南部の方が圧倒的に多い。

 にもかかわらず、北部が最前線――その事実に、少し違和感を覚えた。


「そのへんはちょっと、難しい話になるんだけど……」


 雪が一瞬、言葉を選ぶように表情を曇らせた。


「確かにお兄ちゃんの言う通り、南部の方が攻略者は多い。だから企業が競ってダンジョンの入口を買い取って、拠点を南部に集中させてるんだよね」

「じゃあ、北部は……ダンジョン協会が管理してる入口が多いってことか」

「そう。ダンジョン協会としても、意図してそうしてるわけじゃないと思うけど、結果的にそうなってる」


 東京と神奈川だけで関東の人口の半分以上を占めていることを考えれば、企業が多くの人を集めやすい南部に拠点を集中させたくなるのも当然の流れだ。


「ダンジョン協会の専属と、フリーの最上位攻略者を比べると……今は協会専属のほうが強いって言われてるよ。協会は北部で新エリアの攻略を進めてて、フリーは企業の指示で南部を攻略してる」

「なるほどな……」


 そういえば、フリーといってもどこかしらの組織に属するって話だった。

 企業がダンジョンの安定運用を図るため、フリーの能力者を雇っているということだろう。


「でもね、実は……さっきのは“建前”に近いかも。」

「建前?」

「うん。本当の理由はこっちだと思うんだ」


 そう言って、雪が少し目を伏せた。


「お兄ちゃんも知ってるでしょ?新エリアの攻略って、すごくリスクがある。もし強力な魔物を刺激しちゃったら、近くの拠点にまで被害が出るかもしれない」

「……だから、万が一のときに被害を最小限にするために、攻略者が少ない北部が選ばれるのか」


 俺も思わず、雪と同じような渋い顔になってしまった。

 つまり、事故が起きたときの“損失”を考慮して、わざと人口密集地を避けているということだ。


 もちろん、人の命はどれも等しく重い。

 だが、命の危険が常につきまとうダンジョン攻略では、割り切った判断を迫られる場面もあるのだろう。


 理屈では理解できる。

 けれど――心のどこかで、どうしても納得しきれない自分がいる。



 これ以上この話題を掘り下げるのはやめて、俺は気になっていた別の点を尋ねてみることにした。


「ところで、2カ月前から進展なしってのはどうなんだ? 最前線の攻略って、いつもそんなに間隔が空くものなのか?」

「ううん。今回は珍しいよ。次の予定も、今のところ一切聞かされてないし、私も不思議に思ってたくらい」


(予定すら決まっていないのか……?)


 一気に広大なエリアを解放するような無茶はしないにしても、2カ月以上動きがないのはやはり異常だ。

 この沈黙の理由に何か裏があるのではと疑って、それとなく探りを入れてみたのだが――意外にも、雪はあっさりと話してくれた。


「今はどの国も似たような感じなんだって。他国と様子を見ながら、競い合うように攻略を進めてるんだけど……」


 雪が言葉を少しだけ選んでから、続ける。


「この前、他の国のフィールド型ダンジョンで、最前線のパーティーが全滅したらしいの」

「……全滅?」

「うん。その情報を今、詳しく調査してるみたい。場合によっては、パーティーの編成方針を一から見直すことになるかもしれないって」


 フィールド型ダンジョン――世界にたった三つしか存在しない、極めて珍しいダンジョンタイプだ。

 雪の話から察するに、そのパーティーは何らかの強力な魔物に壊滅させられたのだろう。

 だが、今は世界的にも無理な突入を控える傾向が強く、実力のある能力者のみで組まれたパーティーが全滅するなど、正直信じがたい。


「じゃあ、当分最前線の動きはなさそうか」

「まぁ……そうだね」


 ただでさえ保守的なダンジョン協会が、この事件を受けてさらなる慎重策を取るのは間違いない。

 最前線の新エリア攻略ともなれば、詳細は濁されつつもニュース速報で報道されるほどの一大イベント。

 一般の攻略者にとっても、それは夢やロマンの詰まった舞台だ。


 もちろん、他国のダンジョンで現れた強敵が、日本でも出現するとは限らない。

 それでも“念には念を”で進めるのが、現代のダンジョン攻略の常識になりつつある。


 上位能力者を一度に失う損失は計り知れない。

 今ごろその国では、戦略の立て直しに奔走していることだろう。


(雪も……他人事ではない、のか)


 ふと、雪がその場にいたらどうなっていたのか――そんな想像が頭をよぎる。

 不安にならないわけではない。

 だが同時に、あのオーガをあっさりと倒した姿を思い出すと、どんな相手でもきっと乗り越えるだろうという予感も湧いてくる。


 実際、雪の表情からは不安の欠片すら見当たらない。

 むしろ、目を輝かせてワクワクを隠しきれないといった様子だ。


(……やれやれ。心配するこっちの気も知らないで。)


 俺は思わず、苦笑を浮かべた。


 ダンジョンの話をあれこれしながら歩いていたら、いつの間にか目的のエリアまで来ていた。

 一度も戦闘なし、魔物の影すら見なかったのはさすがに拍子抜けだ。


「なぁ、雪。全然魔物に遭わなかったけど……これ、普通なのか?」

「うん、この辺りは接敵率が他より低いみたい。たまに運がいいと、こういうこともあるんだよね」

「へぇ……。人が多い拠点ならともかく、平日で人がほとんどいないこの時間帯にそれは意外だったな」

「まあ、ここの魔物は森の縄張りから滅多に離れないからね。運が良かったんだよ、きっと」


 雪は肩をすくめながらそう言ったが、それでも少し不自然さが残る。

 とはいえ、今は目の前のことに集中するべきだ。


「雪、ここで戦ってみたい。俺の能力が覚醒してから、ちゃんとした実戦はまだ一度もないんだ。魔狼相手なら、命を落とすこともないだろうし……いろいろ試してみたい」

「分かった。でも危ないと思ったらすぐ止めるよ。魔狼は素早いし油断は禁物だからね」


 雪の忠告に軽く頷く。


 魔狼とは別の場所で何度か戦ったことがある。

 見た目は狼に似ているが、魔力を帯びていて、素早さが持ち味の魔物だ。

 攻撃は直線的で、落ち着いて対処すれば問題はない。


 俺は雪の一歩前に出て、静かに呼吸を整える。


「じゃあ、少し探ってみるか」



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