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2. 攻略拠点

 休憩していた場所から、早足でおよそ三十分。

 息が上がる頃、ようやくダンジョン入り口付近に設けられた攻略拠点のゲートが見えてきた。


 攻略拠点は、木製の柵と深めに掘られた堀で外敵から守られており、その内部はちょっとした城塞都市のような様相を呈している。

 入り口の門をくぐれば、整備された道が奥へと続き、両側には仮設テントから発展した常設の店が立ち並んでいる。

 アイテムショップに、武器屋など――、ダンジョン攻略に必要なものは一通りここで揃えることができるのだ。


 加えてここは、企業によって運営されている拠点であり、拠点内の取引所では、素材や装備等を他の拠点よりも高値で売れる人気の拠点だ。


(……この拠点も、ずいぶん発展したもんだな)


 大学最寄りということもあり、ここは俺が一番よく利用している拠点だ。

 通い始めたばかりの頃は、まだ仮設のバリケードとテントで構成された、文字通り“臨時”の拠点。

 それが今では、食事処や簡易宿泊施設まで整備され、夜には灯りがともり、ちょっとした賑わいすら見せるようになっている。


 ダンジョン発生から五年。

 そのうちの一年半をこの拠点と共に過ごしてきた俺にとって、この変化は決して他人事ではない。

 建材のにおいや、いつの間にか聞き慣れた人々の喧噪に、なんとも言えない懐かしさと誇らしさが胸に広がっていく。


 俺は拠点の中をしばらく進み、中央にある取引所へと向かう。

 外から資材を持ち込めないためにダンジョン内の木材だけで建てられた木造建築だが、3階建ての立派な建物だ。

 いわゆる冒険者ギルドのようなもの、といえば想像しやすいだろうか。


 取引所は、拠点で一番活気のある場所だ。

 掲示板には依頼の張り紙がぎっしりと貼られており、人混みをかき分けて確認しに来る攻略者たちの姿が絶えない。


 中へ入り受付を見ると、いつもの場所に馴染みの受付嬢――セイラさんが、他の攻略者の対応をしているのが見えた。

 数人の列に並び、しばらく待ってようやく俺の番が来る。


「陽向くん、お帰りなさい。今日早かったのは、後をついて行った数人のせい、かしら?」


 微笑みながら声をかけてくる、セイラさん。

 何度も対応をしてもらううちに、俺の事情にも理解を示してくれるようになり、今ではこの拠点で一番信頼している存在だ。


 女性としてはやや高めの身長に、スラリとした体型。

 ぱっちりとした目元の印象から、一見すると気が強そうにも思えるが、実際には気遣い上手で頼れる“お姉さん”。

 艶やかな黒髪は肩で揺れ、透明感のある白い肌は、控えめな化粧でも輝いて見えるほどだ。


 他の受付嬢も美人揃いで、この拠点の名物とも言われているが、リピーターの数では彼女が断トツらしい。

 その理由は、外見だけでなく、自然と人の心を受け止めるあたたかさにあるのだろう。

 

「まぁ、そんなところです。今日もいろいろあって大変でしたよ……」


 思わず、声に疲労と愚痴が混じる。

 セイラさんはそれに苦笑しながら、手慣れた様子で鑑定作業を進める。

 ここへ来るまでに気持ちを整理したはずだったのに、セイラさんの前だとどうしても言動が子どもっぽくなってしまうのは、きっと彼女の包容力のせいだろう。


「今日もいい状態のものばかりね。はい、今日の報酬はこれくらいかしら」


 鑑定を終えたセイラさんが、微笑みながら俺にカードを返してくれる。

 受付に来たときに渡した、ダンジョン攻略者専用のカードだ。


 このカードは、攻略者の身分証やダンジョンへの入場許可証としての役割を持つだけでなく、討伐した魔物や回収した素材の情報、貢献度や報酬額まですべてを記録することができる。

 報酬はこのカードにポイントとして反映され、ダンジョン外の店舗で“現金代わり”に使える仕組みだ。

 さらに、専用の端末に通すことで、普通の銀行口座へ振り込みも可能らしい。


 ――“らしい”というのは、俺がその辺のシステムにまったく詳しくないからだ。


 どこでどう管理されているのかも正直よく分かっていないけれど、カード一枚で飯が食えるというのは、本当にありがたい。

 とはいえ、今の俺が稼げる額では、東京の家賃をまかなうには少し心細いのも事実だ。


 それでも、好きなことをして多少なりともお金になる。

 趣味と運動を兼ねて楽しみながらで稼げるダンジョン攻略は、俺にとっては悪くない選択だった。


(さぁ、そろそろスーパーに寄って帰るとするか。早くシャワーも浴びたいし)


 名残惜しさを抑えつつセイラさんに礼を告げ、取引所を後にする。


(人が多くなる前にダンジョンを出ないと……)


 これ以上、特に用事もない俺は、ダンジョンからの出口――取引所の裏手にある洞窟へと向かった。


 ここは、都内でも屈指の人気を誇る攻略拠点の一つ。

 立地の良さに加えて設備も整っており、大学生や社会人の攻略者が日々集まってくる。


 俺は昼過ぎ、大学の講義を終えてからダンジョンに潜ったのだが、気づけば時間はもう夕方近く。

 拠点内には、学校帰りの学生や仕事終わりのサラリーマンの姿が少しずつ増え始めていた。


 ダンジョンの入口となっている洞窟は、運営企業が建設した専用のビル内にあり、服屋や食事処、休憩スペース、スーパーなどのテナントが入り乱れている。

 その様子は、まるで駅ビルならぬ“ダンジョンビル”といった趣だ。


 どの店も程よくにぎわっており、仲間同士で談笑しながら立ち寄る姿があちこちで見られる。

 だが、俺はといえば――少しでも出費を抑えるため、こうした誘惑には目もくれず、まっすぐに出口を目指す。


 洞窟を抜けて、建物の表側――街へと出るための自動ドアを目指し、足早に通路を進んだ。


(……数ヶ月前までは、俺もああやって笑ってた気がするんだけどな)


 出口へと向かう途中、友人や同僚らしき人たちと連れ立ってダンジョンへ向かう攻略者たちの姿が目に入る。

 装備の話や今日の目標なんかを楽しげに語り合いながら歩いていくその光景が、少しだけ胸に刺さる。

 命を落とす可能性すらあるダンジョンに、一人で潜る者などほとんど居ないのだ。


 そんな賑やかな空気から距離を取るように、なるべく視界を逸らしながら足を進め、数十秒ほどで、自動ドアの前にたどり着く。


 ドアは、まるでデパートの入口のように、ちょっと豪華で違和感のないつくりをしている。

 だが、この先には本物のダンジョンが存在する――5年前、そんな光景を誰が想像しただろうか。

 現代的な街の一角に、まるで別世界への通路があるかのようなこの構造が、いまだに少し現実感を欠いて見えることがある。


(……寒くなってきたな。そろそろ衣替えしないと)


 季節は10月。

 温暖化の影響で日中はまだ汗ばむこともあるが、夕方になると空気がぐっと冷え込み、手先や耳に秋の気配が染みてくる。


 俺はジーパンのポケットに両手を突っ込み、肩をすくめながら通りへと出た。

 目の前には、いつも通りの道路。

 車が行き交い、人々が忙しそうに行き交う都市の一風景が広がっている。


 この“街中で日常の延長としてダンジョンへ行ける”という手軽さこそが、この拠点の最大の魅力だ。


(……少し面倒だけど、いつものスーパーに寄って帰るか)


 ダンジョンでの戦闘に加え、宇田たちと遭遇した影響もあって、精神的にかなり消耗していた。

 だが、節約のために今日もダンジョンビル内のスーパーはスルー。

 少し歩くが、行きつけの業務用スーパーへ向かうことにする。


 左へと曲がろうとしたとき、ふと視線を感じて顔を上げると――通りの反対側にある喫茶店の窓越しから、見知った顔がこちらに向かって手を振っていた。


(……あちゃー。見つかったか)


 喫茶店のマスター――ミツハルさんが、笑みを浮かべながら手招きしている。

 決して店に行くのが嫌なわけじゃない。

 ただ、今日は精神的に参っていて、誰ともあまり話したくなかった。

 けれど、時間もまだ早いし、何より久々の誘いを無下にするのも気が引けた。


 覚悟を決めて、店の扉を開ける。

 カランカランと、心地よい音が耳に響いた。


 中に入ると、木の温もりを感じる内装に、コーヒーの香ばしい香り。

 静かに流れるジャズが、疲れた心にじんわりと染み込んでくる。


「いらっしゃい。久しぶりだね、陽向くん」


 カウンターの奥から声をかけてきたのは、喫茶店のオーナー兼マスターのミツハルさん。

 柔らかな笑顔と穏やかな声音。

 だが、そのがっしりとした体格、鋭い目つき、そして見事なスキンヘッドのせいで、初見なら確実に一歩引いてしまう外見だ。


 俺はぺこりと軽く頭を下げながら、カウンター席へと向かう。


「お久しぶりです。ご無沙汰してました」

「まったくだよ。本当に、もう来てくれないのかと思ってた」


 マスターは冗談めかして笑いながらも、若干不満げな表情を浮かべている。


「いやいや、夏休みに実家へ帰ってて……」


 これは、あながち嘘じゃない。

 俺の大学は9月中旬まで夏休みだったし、実家にも一応帰った。

 ただ、こっちに戻ってきてから既に1ヶ月近く経っているわけで、ミツハルさんの読みは見事に正しい。


 ニヤリと意味ありげに笑うマスターの視線を感じながら、俺は慌てて話を逸らすように口を開く。


「えーっと……じゃあ、ケーキセットください。あと、コーヒーはいつもの、で」


(……ああもう、だからその目が怖いっての)


 見た目と中身のギャップが激しいマスターは、無自覚のうちに威圧感を放ってしまうことがある。

 とはいえ、常連の俺や他のお客さんはもう慣れたもので、それすらも店の味のひとつとして受け入れている。


 冷えた心と体を温めるように、俺はカウンター席に腰を下ろし、ふぅと小さく息を吐いた。



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