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ダンジョンリプレイス:無能力者で『妹のヒモ』と呼ばれた俺が、覚醒して世界が変わった  作者: すいまる
二.《???》

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18. 能力者登録

 能力検査を終えた俺たちは、ダンジョン協会本部のメインビルへと移動した。

 案内されたのは、控え室のような一室。

 書類が整うまでの間、俺と雪はそこでしばらく待機することになった。


「うーん……やっぱり、あんなに能力が限定的なはずはないんだけどなぁ」


 ソファに腰掛けながら、雪が唸るように呟く。

 能力を試してある程度納得していた俺とは対照的に、彼女は検査中に見た俺の能力にどうにも釈然としない様子だった。


「でも、実際いろいろ試してみたけど、あれ以上の変化はなかったんだよな」

「それはそうかもしれないけど……お兄ちゃんに一つだけ覚えておいてほしいのはね、能力者の力って“イメージ次第”でどこまでも開発やアレンジが可能だってこと。ダンジョンで手に入る魔法とは違って、あらかじめ決まった形に縛られるものじゃないんだよ」


 言いながら、雪は自分の指先に小さな氷の花を咲かせてみせる。

 それは見慣れた雪の魔法の一つ――だが、彼女の魔法は会うたびに少しずつ進化しているように思える。


「実際、私が年々魔法を増やしてるの、見てきたでしょ?」


 たしかに。

 雪の魔法は日々進化していて、それは単なる習得やスキルとは違う磨かれ方をしていた。


 能力と似たものにダンジョンスキルがある。

 だがそれらは基本的に“決まった手順で決まった効果”しか出せず、使い続ければ威力や発動時間が多少変わるにせよ、スキル自体に根本的な変化は起きない。

 それに比べ、能力は“形を決めるのは自分自身”という、まるで真逆の性質を持っているようだった。


「でも、そういう話って前にも聞いたことがある。固定観念が邪魔して、新しい可能性を閉ざしてしまう……とか。それに、お兄ちゃんの能力って命の危機の中で覚醒したものでしょう?そういうときって、脳が最初に現れた力を“能力の全て”だと強く記憶しちゃうこともあるらしいよ」


 雪の言葉には説得力があった。

 あのとき、俺は極限の状態だった。

 恐怖、不安、焦燥――そしてほんの一瞬の安堵。

 感情が錯綜する中、現れたあの“壁”。

 それを“能力”だと即座に理解した記憶が、今の俺の限界を作っているのかもしれない。


「いくらイメージが大事って言っても、あの状況で“これはこういう力で、こういうふうにも応用できて……”なんて冷静に考えられるわけがないよね。だから、今のお兄ちゃんの能力が初期形態ってだけの可能性もあるわけ」

「……それ、けっこう希望ある話だな」


 俺がぽつりと呟くと、雪は小さく笑った。


「そうでしょ?時間が経てば、イメージも上書きされていくよ。焦らずに、自分の能力と向き合ってみて」


 果たして、それがどれくらいの時間を要するものなのかは分からない。

 けれど、たった一度の限界が“完成形”だと決めつけるには、まだ早すぎる。

 そう思えるだけでも、今は少し、救われた気がした。


 コンコンッ。


 控え室に軽快なノック音が響いたかと思うと、すぐに扉が開き、入澤さんが姿を現す。

 どうやら今野さんはもう戻らないらしい。

 能力検査の役目を終えた、ということなのだろう。


「書類が完成したよ。これがダンジョン協会に登録された証――能力者専用のカードだ。色は黒。攻略者用と見た目は同じだけど、そこが大きな違いかな」


 そう言いながら差し出されたのは、光沢のある黒いカード。

 今まで使っていた青色の攻略者カードと比べると、どこか重みを感じる色合いだ。


「このカードは、能力者であることの証明にもなる重要なものだ。2年ごとに更新があるけど、それ以外での再発行は面倒だから、絶対に失くさないようにしてほしい」


 俺はカードを手に取り、じっと見つめる。

 文字通り“能力者”としての第一歩が、今この手の中にある実感が湧いてくる。


「それと、こちらが規則。読んで納得したらサインを。まあ、大半は常識的なことしか書かれていないがね」


 渡された書類をめくると、細かい文字でびっしりと書かれた数ページにわたる内容が目に入る。


(ぶ、分厚い……)


「雪もこれ、ちゃんと読んだのか?」


 思わずそう尋ねると、雪はあっけらかんとした顔で首を横に振った。


「んーん、読んでない。更新のときももらったけど、そのときも読まなかったなぁ。他のみんなもサインしてるし、まあ大丈夫でしょ?」

「……真面目なんだか、いい加減なんだか」


 普段は真面目だが、こんなところは適当である。

 もちろん、形式ばった契約書類や規則を敬遠するのは雪だけじゃない。

 どんなに真面目な人でも、細かい文字が並ぶだけの紙を前にすれば、読む気を削がれるのはよくある話だ。


「そうだな、簡単に言えば、重要なのは主に三つ。

①能力は必要な場でのみ使用すること。むやみに使わない。

②ダンジョン協会から緊急要請があった場合は必ず応じること。

③年に数回は協会からの依頼を受けて活動すること。

 ――これらが特に重要だね」


 入澤さんが端的にまとめてくれる。


「補足するなら……これは前にもちょっと話したけど。私はダンジョン協会の専属として依頼を継続的に受けてるけど、フリーの能力者であっても“年に数回”は依頼を受けなきゃいけない。それと、魔物の氾濫とかで“緊急要請”があったら、必ず駆けつける義務があるってこと。これは本当に大事だよ」


 雪がいつになく真面目な口調で付け加えた。


 俺は説明された内容を頭に留めつつ、重要そうな箇所に目を走らせて確認する。

 ざっと読み終えたところで、記名欄に名前を書き込んだ。


「ありがとう。これで全ての手続きが完了だ。この瞬間から君は“正式な能力者”ってことになる」


 そう言って入澤さんは満足げに頷く。


「規則にもあるけど、特に初めの間は緊急時以外ダンジョン外で能力を使わないように。よろしく頼むよ」


 そのまま書類を手に、入澤さんは部屋を後にした。

 静かに閉まる扉の音が、俺に新たな始まりを告げる。


「……この後、俺たちはどうすればいいんだ?」


 規則にサインして手続きを終えたとはいえ、次に何をすべきか分からず俺は雪に尋ねる。


「完了って言ってたし、もう帰ってもいいと思うよ?入澤さんは忙しい人だから、たぶんもう次の仕事に向かってると思うし」

「……じゃあ、帰るか」


 建物を出ても、遠山さんの車が待っているわけでもなく、俺たちは駅まで歩いて電車で帰ることにした。

 協会本部から駅まではさほど遠くはないが、なにせ敷地が広い。

 構内を抜けるだけでもちょっとした運動になる。


「病院で入澤さん、“もう普通の生活は送れないかもしれない”なんて言ってたけど、専属にならなきゃそこまで忙しくはならないんじゃないか?」

「う~ん、残念ながら、そういうわけにはいかないの」


 雪は少し顔をしかめながら、説明を続ける。


「専属は確かに忙しいけど、フリーだって“あくまで専属じゃない”ってだけで、完全に自由ってわけじゃないんだよ。能力者は基本的にどこかの組織に所属することが前提になってるの。表向きには任意だけど、実質的には義務。能力を悪用されないようにっていう意味もあるし、ダンジョンの攻略者を遊ばせておく余裕がないっていう理由もあるからね」


 なるほど。

 そういう背景があるのか。


 つまり、俺が専属にならないなら、代わりにどこかの組織に入る必要があるということ。

 当然、俺に伝手なんてあるはずもない。

 結局、妹頼みなのは変わらないらしい。


「……じゃあ、そのへんは雪が色々動いてくれてるってことでいいんだよな?」

「うん。お兄ちゃんが“嫌だな”って思うようなところにはしないつもりだから、そこは安心して。意外とね、身近なところに縁って転がってるものなんだよ。もちろん、合わなかったら断っても大丈夫。強制じゃないから」


 その言葉に、少しだけ肩の力が抜ける。

 けれど、ひとつだけ、ずっと気になっていたことがあった。


「……でもさ。俺、専属になるの、そんなにダメだったのか?雪がやってることなら、別に苦じゃないと思うんだけど」


 雪は少しだけ考える素振りを見せてから、静かに答える。


「いずれ分かることだし、隠すことでもない……かな。簡単に言えば……私は、お兄ちゃんに怪我をしてほしくないの」

「怪我……?それって、ダンジョンに行くなら誰でもあり得ることだろ?危険なのは元から分かってることだし、能力者は他の人より回復力もあるんじゃ――」


 だが、雪は首を横に振る。

 目が少しだけ険しい。


「普通の怪我だけじゃない。ダンジョン協会の専属になった新人の死亡率って、異様に高いの。任務は山ほどあるのに、能力者の数は全然足りてないから……入ったばかりの人が、十分な準備もなしに次々と任務に駆り出される。で、こなせなかった人は――途中で倒れて、怪我して、心が折れて、消えていく」


 雪の言葉は静かだったが、その裏には切実な思いがあった。


「お兄ちゃんは現状でも能力的にはちゃんと“使える”って判断されるレベルだから……最悪、能力が不完全なうちに前線に放り込まれて、消耗されるだけされて終わるかもしれない。そんなの、絶対に見たくないよ」


 ――言葉が、出てこなかった。


 雪の普段の明るさや冗談交じりの態度からは想像もつかない、能力者の過酷な現実。

 ニュースでは華やかに取り上げられるが、その裏側ではそんなことが起きていたのか。


 ――甘くはない。

 分かっていたつもりだったけど、俺はまだ“現実”を理解しきれていなかった。


「さぁ!気持ちを切り替えて、ダンジョンに向かおう!」


 不意に雪が声を弾ませた。

 話題を変えるように、明るい口調で。


「ダンジョン!?家に帰るんじゃなかったのか?」

「せっかく行けるようになったんだし、予定よりも時間巻いてるんだから行こうよ!」


 ……まったく、いつもながら急だな。


 でも、こういう時の雪の切り替えの早さには救われる。

 俺も引きずるタイプじゃない。

 鬱憤も、妙な不安も、全部ダンジョンで発散すればいい。


「よし、行くか」


 本来なら週末に挑む予定だったダンジョン。

 病院でくすぶっていた分のフラストレーションもあって、俺たちは予定を変更してそのまま攻略に向かうことにした。


 向かったのは、ダンジョン協会本部から徒歩数分の位置にある、協会直轄の攻略拠点。

 小規模ながらも近くに遺跡型ダンジョンがあるため、立地のわりに人気は高い。


 ダンジョンが近付くにつれ、自然と周囲の視線が雪に集まるのを感じる。

 妹がどれだけの存在として認識されているのか、俺には分かっている。


 きっと、俺が今後能力者として活躍しても、雪ほどには注目されないだろう。

 ――だが、それでいい。

 俺は俺なりに、できることをやっていく。


 そして気付く。


 ここに来るのは、何気に初めてだ。

 そして、ゴブリンジェネラルとの戦いを除けば――能力を使っての“初めての正式なダンジョン攻略”。


 期待と、不安と、ほんの少しの高揚。

 胸の奥に、色んな感情が混ざり合っていた。



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