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ダンジョンリプレイス:無能力者で『妹のヒモ』と呼ばれた俺が、覚醒して世界が変わった  作者: すいまる
二.《???》

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17. 能力検査

「えっ、今野さん、大丈夫なんですか!?」


 能力検査の開始早々、何の前触れもなく突然、俺が出した壁に素手で触れた今野さん。

 思わず、驚きと心配が入り混じった声が口から飛び出した。


「ん?ああ……確かに不用心だったかもしれませんね。でも、まぁ、大丈夫みたいです」


 無傷の手をひらひらと振ってみせる今野さんを見て、俺は胸をなでおろす。

 最悪の場合、皮膚が焼けただれるような想像すらしてしまったのだが、杞憂だったらしい。


「意外ですね。ゴブリンジェネラルの剣にも耐えていたから、もっと硬くて冷たいものかと……。でもこれは……普通というか、不思議な感触です」


 そう言いながら、今野さんは興味深そうに壁の表面を撫で続けている。


 俺も気になって、自分で触れてみることにした。

 まず右手を伸ばしてみるが、壁がそれに合わせて動いてしまい、うまく触れない。


「……お兄ちゃん?まさかとは思うけど、本気じゃないよね?」

「……ああ、もちろん。ちょっとした冗談さ」


 いたって真剣だった俺だが、そこは平静を装って答える。

 隣で呆れ顔をしている雪の視線は、できるだけ気にしないようにする。


 今度は左手に切り替えて慎重に壁に触れる。

 確かに、イメージしていたようなコンクリートや鋼鉄のような硬さは感じない。

 だが柔らかくもない。


 感触としては、そう――厚手のプラスチック。

 重さも、反発力もどこか人工的で、説明しづらい不思議な質感だ。

 試しに軽く拳でコツンと叩いてみる。

 すると、手に伝わるのは「吸収」と「反発」が同時に存在するような、不可思議な感触だった。


「確かに、聞いていた通りですね……空気が歪んで見える。遠くからじゃ分かりませんけど、近づくと違和感がすごいです。見た目を例えるなら――そう、陽炎、でしょうか」


 陽炎。

 夏の暑い日にアスファルトの上に立ち上る、あのもやもやとした揺らぎ。


 言われてみれば、確かに似ている気がした。

 実体があるのに、目には掴みきれない。

 そんな不思議な存在感があった。


「私は報告書でしか知りませんから。……陽向くん、よければ“あの時”のこと、覚醒した経緯を詳しく聞かせてもらえますか?もう何度も話していて辟易しているでしょうけど、お願いします」


 申し訳なさそうに言う今野さんに、俺は小さく頷いた。


「はい、分かりました」


 すでに今週だけで何度この話をしたか覚えていない。でも、不思議と今野さんには話しやすかった。

 相槌の打ち方がうまくて、必要以上に同情もしなければ軽く扱うこともない。

 思い出したくない場面もいくつもあるのに、話していて不快にならないのは彼が初めてだったかもしれない。


 一通り話し終えると、今野さんの表情がわずかに険しくなる。


「……ピンチの最中に能力が覚醒。よくあるといえばあるパターンですが――陽向くん、この話、絶対に能力者じゃない人に喋らないでくださいね。私個人としては、こういう情報が広まっていること自体、あまり良いことだと思っていませんから」

「以前、ニュースで見ましたけど……どうしてですか?」


 俺の問いに、今野さんはわずかに溜息を吐いてから答える。


「自分から“ピンチに陥ろう”とする人が増えているんです。覚醒を狙って。でも、危険な状況に追い込まれたからといって、誰もが能力に目覚めるわけではない。素質を持った人だけが、偶然にもそこで目覚めるというだけの話です。全体の中で、それがどれだけ少ないか……分かりますよね?」


 なるほど――と、俺は心の中で頷いた。


 確かに、ニュースや記事の見出しでは「ピンチで覚醒!」のようなインパクト重視の内容が多い。

 俺が見た番組もそうだった気がする。

 細かな前提や危険性は端折られていて、覚醒という出来事だけが一人歩きしていた。


 けれど、現実は違う。

 素質がなければ、どんなに死線をくぐろうと何も得られない。

 そして、そういう人に限って準備不足で、結局命を落とすのだと。


 ――命の危険。

 本物のそれを、俺はあのとき確かに感じた。

 あんな状況にもう一度自ら飛び込もうなんて、到底思えない。


 だけど、それでも。

 能力者という存在が、それほどまでに世間から羨ましがられる――そういう時代なのだということは、よく分かった。


「さて、本題に戻りましょう。ということは……今も右手の前から動かしたり、大きさを変えたりはできないんですね?」

「はい。どう意識しても、まったく変化がありません」


 もしかしたら何か方法があるかもと、念じたり呟いたりしてみるが、やはり壁は微動だにしない。

 今野さんは、わずかな変化も見逃すまいと、真剣な眼差しで俺の動きを見つめている。


「では、色の変化はどうです?たとえば……白に変えられますか?」


 言われるがまま、「白になれ」と念じてみる。


「おおっ!」


 今野さんの反応は控えめだったが、壁の色が確かに白へと変化していた。

 小さなことかもしれないが、俺にとっては大きな一歩だ。


 そこからさらに、指示に従って他の色への変化も試す。

 数分間の試行錯誤の末、俺は“陽炎のような揺らぎ”を持った初期状態に加え、白と黒、計三つのパターンを再現できることがわかった。


 今野さんは、色が変わるたびに躊躇なく壁に拳を当て、反応を確かめていく。


「色の違いは……反発力の差みたいですね」

「反発力、ですか?」

「ええ。陽炎よりも白、白よりも黒の方が、壁に力を加えたときに跳ね返される力が強いです。ゲーム風に言うなら、“ノックバック性能”が上がっている感じですかね」


 淡々と語る今野さんだったが、その拳は少しずつ赤みを帯び始めていた。

 見るからに痛そうなその拳が、彼の言葉に説得力を添えている。


「壁の色を変えることで、反発力を調整できるなら……」

 

 後方で控えていた雪が、ぽつりと呟く。


「……ヘイトの調整にも使えるかもしれないね」


 マスターや雪と挑んだゴブリンジェネラル戦では、敵のターゲットを引きつける役割――いわゆる“タンク役”としての動きに悩まされた。

 この能力が上手く使えれば、戦略の幅が一気に広がるかもしれない。


「うん。とりあえず、ここまでで十分でしょう。次は耐久力のチェックに移りましょうか。分かりやすいように……そうですね、壁の色は黒でお願いします。雪さん、少し距離を取って魔法を――」


 そう言われて、俺たちは少し後方へ移動する。

 まずは弱めの魔法から試して、徐々に威力を上げていく作戦だ。


 当然ながら、魔法が壁をすり抜けて俺の身体に直撃すればただでは済まない。

 ここはダンジョン外で、痛覚も通常通りだし回復薬も持っていない。


 とはいえ、雪の魔法操作は正確そのもの。

 だからこそ彼女がペアになったのだが……それでも、目の前に迫ってくる魔法を見ると、つい目をぎゅっと閉じてしまう。


『アイスバレット』


 雪が選んだのは、小ぶりな氷の弾丸。

 命中精度も高く、ダメージもそこそこある牽制用の魔法だ。


「あれ?余裕そうだね、お兄ちゃん」


 俺の壁があっさりと魔法を弾いたのを見て、雪は楽しそうに笑う。

 そして、段々と威力を強めた魔法をテンポよく撃ち込んでくる。


(おい、雪……完全に楽しんでるだろ……!頼むぞ、本当に……)


 俺は必死で目を開き、壁に異常が出ていないかを凝視する。

 異変があれば即座に中止を呼びかけるつもりで、瞬きすら我慢して見つめ続ける。


『アイスバレット』『アイスバレット』


 鈍い音とともに氷弾が次々に壁にぶつかり、その度にわずかに揺れるような感覚が手のひらを通じて伝わってくる。

 そして数分が経過したころ、急にその音が止んだ。


「この魔法じゃここまでみたいだね。……じゃあ次!」


 ようやく一息つける――と思ったのも束の間。

 俺が声を出すよりも早く、雪は次の魔法を詠唱し始める。


『氷塊』


 先ほどよりも大きな氷の塊――バレーボールほどのサイズの塊が、低い音を立てて空を飛んでくる。


(おいおいおい……大丈夫なのか、これ!?)


 アイスバレットよりも弾速は遅い。

 だからこそ、こちらに近づいてくるまでの時間がやけに長く感じる。

 鼓動がドクドクと耳に響く中――


 ドンッッッ


 凄まじい衝撃音が鳴り響いた。

 だが、俺自身に衝撃は……ない。

 壁にも、ひび一つ入っていない。


「ゆ、雪!?」


 反射的に声が出た。

 まさか、あの“氷塊”をぶつけてくるとは思っていなかったのだ。


「今野さん、ここまででいいんじゃない?『氷塊』は私の単発魔法の中でも、かなり強い方だからさ」


 俺の驚きをよそに、雪はニヤリと笑いながら今野さんにテストの終了を促す。

 テンションが上がっているせいか、いつもより軽い口調になっているのが気になる。


 一方の俺はというと、右手のすぐ前で起こった衝撃的な出来事に、完全に固まっていた。


(いや、普通に事故かと思ったぞ今の……!)


 “氷塊”――俺がダンジョンで苦戦していた強敵を一撃で倒したこともある魔法。

 まさかその魔法が自分に向けて放たれるとは思っていなかった。


 深く息を吐き、気持ちを落ち着かせる。

 周囲を見渡すと、今野さんは目を輝かせているし、入澤さんは満面の笑みで拍手している。


「素晴らしい!ここまでとは思っていませんでした!雪さん、実際どうでしたか?」

「“氷塊”でノーダメージって、正直初めて。妹としての贔屓目なしに、すごいと思うよ」

「そう、そこなんです!日本屈指の魔法使い――雪さんの攻撃が効かないということは、もはや『どんな攻撃も防げる壁』と呼んでも過言ではない!」


 あまりに興奮気味な今野さんの言葉に、俺は苦笑いを浮かべた。

 けれど彼の顔は真剣そのものだ。


「シールド系の魔法はこれまでも数多くありましたが、これほど頑丈なものは前例がありません。これはもう魔法ではなく“空間系能力”の領域でしょう。……よし、この能力、命名しましょう!名付けて――『全てを守る壁』!」


 急に語気を強めて命名宣言をした今野さんに、思わず口を挟む。


「ま、待ってください。いや、それはちょっとダサ――」

「すでに決定事項です!」


 俺の抗議は一蹴された。


(うわぁ……中二病感すごいな……)


 内心で肩を落とす俺の横で、今野さんは嬉々として話を続ける。


「名前は登録の際に必須なんです。雪さんの“氷魔法”のように、能力は短く簡潔に識別する必要がありますからね」


 あぁ、そういう仕組みなのか……。

 仕方ないとはいえ、もうちょっとマシな名前があったんじゃ……。


 そんなやり取りを終えたあと、入澤さんが口を開いた。


「ただし、課題も見えてきたね、陽向くん。確かに強力だけど、範囲が狭く、不意打ちには弱い。状況次第では最強の盾になるだろうけど、まったく役に立たない場面も多くなりそうだ」


 言われてみれば、その通りだ。

 1メートル四方という限定的な壁を、どう戦闘の中で活かすか。

 俺のような剣を使う前衛の戦い方とは、少し噛み合っていない気もする。


(これからは、頭を使って戦っていく必要があるってことか……)


 そう――力だけではなく、工夫こそが、この能力の鍵になる。



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