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ダンジョンリプレイス:無能力者で『妹のヒモ』と呼ばれた俺が、覚醒して世界が変わった  作者: すいまる
一.《覚醒》

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11. 報告

 ポータルを通り抜け、第1階層の入り口付近に戻ると、まずは出発時に一悶着あったダンジョン協会の職員に話しかける。


「……はい?ここでは対応できない?」

「はい、申し訳ありません。そういった件は、弊所では……」


 職員の男性は、困惑しながらも頭を下げ、雪の詰め寄るような視線から逃げるように目をそらす。

 先ほどの再現かのように、再びたじたじになっている。


 職員の話によれば、ダンジョン協会はあくまで“入口の管理”を担っているだけであり、内部で発生した事象やトラブルについては、攻略拠点――つまりこのエリアの運営を委託された企業の対応範囲になるとのことだった。


(まぁ、言われてみれば確かにそうだ。でも……)


 たしかに「拠点」という言葉が示すように、内部の攻略や支援体制は企業側の管理下にある。

 ただ、今回は状況が特殊すぎた。

 第4階層で遭遇したオーガは、想定されていた個体ではない。

 最悪、今この瞬間にも別の攻略者がその階層に突入して、遭遇するかもしれないのだ。


「こういうとき、なんで柔軟に動けないのよ……」


 雪が職員に聞こえるか聞こえないかくらいの声で、静かに呟く。

 けれど職員は、あくまでマニュアル通りに対応しているだけ。


 今のダンジョン運営体制では、全国に無数に存在するダンジョンすべてを国やダンジョン協会が直接管理することは現実的ではない。

 そのため、多くの拠点運営は企業や個人に委託されており、今回のように“内部で起きた異常”については、原則として拠点側が対処することになっている。


 普段はそれでも問題ないのだろうが、例外は必ず起こる。

 現場の一線で戦う者にとっては、その“例外”が命取りになってしまうのだ。


 ダンジョン協会の職員に対応してもらうのを諦めた俺たちは、行きの倍の速さで攻略拠点へと引き返した。

 そして迷うことなく取引所へ向かい、そのまま受付カウンターへと進む。


 セイラさんはちょうど他の攻略者の対応中だった。

 そこで雪の判断により、少しでも早く異常事態を伝えるべく、隣の窓口へと向かうことにした。

 そこでは、きっちりとした身なりの、真面目そうな男性職員が受付を担当している。


「ミツハルさん、どうかされましたか?」


 俺たちの緊迫した表情、そしてセイラさんを待たなかったことから、ただならぬ空気を感じ取ったのだろう。

 男性職員が少し慌てた様子で声をかけてきた。


 ここは彼と顔見知りだというマスターに任せるのが最善だと判断し、俺と雪は一歩下がる。


「ちょっと厄介なことが起きてな。ついさっき、遺跡型ダンジョンの第4階層で、攻略本には載っていない魔物に遭遇した。緊急性のある内容だ。できるだけ早く、然るべきところに伝えてもらいたい」


 マスターの言葉に、男性職員の表情がわずかに強張る。

 そしてすぐに、事務的ながらも迅速に対応の流れを提示してきた。


「なるほど……。未確認の魔物情報ですね。攻略拠点を管轄するダンジョンビル側に担当者がおりますので、そちらへご案内します。詳しいお話は、そちらでお聞かせください」


 男性職員はそう言うと、受付脇の扉を開き、俺たちを地上へと導く。

 その動きは迅速で、手慣れているように見えたが、それでもどこか落ち着きを欠いていた。

 やはり“雪”の存在があってこその反応なのだろう。


 ダンジョンを出てすぐ、俺たちはダンジョンビル内の「関係者以外立入禁止」と書かれた扉の中へと案内される。


 無機質な廊下がまっすぐに伸びており、途中にいくつかの扉が並んでいた。

 それぞれに「休憩室」「仮眠室」「応接室」などの札がかかっている。


 以前、セイラさんから聞いたことがある。

 ここの一角は、24時間体制で稼働し続けるダンジョンに対応するため、スタッフたちが交代で休息を取るための設備が整えられているのだという。


 男性は早足のまま、休憩室の並ぶ一帯を通り過ぎ、廊下をしばらく進んだ先にある「編集部」と書かれたドアへと、俺たちを招き入れた。


「渡辺さん、ダンジョンについて新しい情報があるという方をお連れしました。奥のテーブルに案内しておきます」

「分かった!ありがとう」


 男性の呼びかけに対して、若い女性が張りのある声でそう返事する。

 俺たち三人は会議スペースらしき一角に通され、しばらく待つよう促された。


 初めて入る空間だったが、ここがあの遺跡型ダンジョンと同じビル内とは思えないほど、ごく普通のオフィスといった趣だった。

 無機質な白い壁と棚、整然と並んだデスク。

 空調の静かな音とパソコンのタイプ音だけが耳に残る。


「お兄ちゃん、きょろきょろ見渡さないの」


 つい辺りを見回していた俺に、雪が小声で突っ込みを入れてくる。

 彼女にとっては見慣れた場所なのだろうが、俺には何もかもが珍しい。

 そう思っていると、不意に視線が合った。

 近くのデスクにいた人物が、書類から顔を上げてこちらを見ていたのだ。


 ――まずい、見られた。


 急に恥ずかしくなって視線を逸らす。

 大人しく待っていようと決めたそのとき、軽快なヒールの音とともに先ほどの女性がやって来た。


「あら、有名人が揃ってるじゃない。ミツハルさん以外は……初めまして、かしら」


 そう言って姿を現したのは、茶髪のロングヘアを束ねた、スーツ姿の若い女性だ。


「攻略本編集部副部長の渡辺蘭です。気軽に“蘭さん”って呼んでね。よろしく」

「清水陽向です。こちらは妹の雪。よろしくお願いします」


 予想外だった。もっと堅苦しい人物を想像していたが、現れたのは快活な印象の“美人お姉さん”だった。

 ただ、目の下にうっすらと疲労の色が見えるのが、妙にリアルだ。


「受付のセイラとは親友なの。だから雪ちゃんのことも、陽向くんのことも、よく話を聞いてるわよ」

「……悪い話じゃないといいんですけど」


 思わず苦笑する俺に、蘭さんは不思議そうに首をかしげて答えた。


「もちろん、いい話よ。将来有望な攻略者がいるって。セイラが自慢げに話してたわ」


 あの人がそんなことを……。

 サークルでの愚痴ばかり言ってた記憶しかないのだが。


「――さて、雑談はこの辺にしましょう。雪ちゃんも一緒ってことは、早急に対処すべき情報なのよね?」

「話が早くて助かります。雪、話をお願いしていいか?」


 俺の言葉に、雪が小さく頷いて前に出る。

 彼女こそが実際にオーガと対峙し、魔法を用いて戦った当事者だ。

 俺とマスターは、彼女の説明を適宜補足する形で加わっていく。


「――というわけで、一般攻略者が第4階層に踏み込むのは、現状では危険すぎると判断しています」

「……なるほど。雪ちゃんがいたから良かったけれど、別の攻略者だったら久々にここで死者が出ていたかもしれないわね」


 この攻略拠点を運営する企業は、過度な挑戦を避けた“無理のない攻略”を強く推奨している。

 定期的に更新される攻略本には、各階層の魔物情報から推奨装備、注意点などが網羅されており、それが他の拠点に比べて死者を出さない最大の要因でもある。


「……ありがとう、三人とも。雪ちゃんには、少しだけ時間をもらえないかしら? 私よりも偉い人から話があるみたいなの」

「分かりました。問題ありません」


 雪が即座に仕事モードで答える。

 おそらく、ダンジョン協会関係者からの呼び出しなのだろう。

 受付の男性が再び現れ、彼女だけをさらに奥の部屋へと案内していった。


「さて――非常に有益な情報だったわ。多くは出せないけど、情報提供料が出ることになっているの。パーティーリーダーには書類に目を通して、サインをもらいた……」


 そこまで言って、蘭さんが言葉を切った。

 ハッとした顔でこちらを見る。


(もしかして、リーダーは雪だと思ってる……?)


「大丈夫ですよ、蘭さん。今回のパーティーリーダーはミツハルさんです」

「……俺なのか!?」


 初耳といった顔でマスターが驚く。


「だって、マスターが一番年上じゃないですか!」

「ま、まぁ……そう言われると、そうなのかもな。分かった。俺がサインしよう」


 そう言うとマスターは腰を上げ、蘭さんのもとへと向かう。


「じゃあ陽向君。ついでに受付まで行って、俺の分の素材も一緒に売っておいてくれ。構わないよな?」


 蘭さんが頷いたのを確認して、マスターがアイテムポーチを開く。

 中からはゴブリンジェネラルの大剣をはじめ、オーガの素材などが次々と取り出されていく。


 それらを俺のポーチに一つずつ移していくのだが……。


(……これ、入るのか?)


 俺はアイテムポーチの容量制限についてよく知らない。

 だが、心配をよそに、素材たちは何の問題もなく全て収まっていった。


「じゃあマスター、あとは任せました」

「あぁ。書類が終わったら、すぐ合流する」


 そう言って手を振るマスターを背に、俺は取引所の受付へと向かった。

 来た道を逆戻りし、再びダンジョンへ。

 そのまま取引所の受付へ直行する。


 運が良いことに、セイラさんの窓口には列もなく、ちょうど前の対応が終わったばかりのタイミングだった。


「陽向くん、何かあったの!?」


 セイラさんは心配そうな表情を浮かべていた。

 先ほど俺たちが受付を素通りし、慌ただしく奥へと進んでいったのを見ていたのだろう。


「遺跡型ダンジョンの第4階層で、攻略本に載ってない魔物と遭遇しまして。まぁ、雪が一緒だったので、なんとかなりましたけど」


 そう答えながら、アイテムポーチから今日得られた素材を一つずつ取り出していく。

 セイラさんはゴブリンジェネラルの大剣を見て「おおっ」と感心したような顔をしていたが、オーガの素材を見た瞬間、表情が固まった。


「……えっ、オーガ?陽向くん、オーガと戦ったの!?」

「正確には戦ったのは雪ですけどね。俺は見てただけです」


 驚くのも無理はない。

 この取引所でオーガ素材が提出されたのは、どうやらこれが初めてらしい。


 そもそも、この階層に到達しているのは雪のような上位能力者だけ。

 しかも、彼らが素材を持ち帰って来たとしても、人の多いここに提出することはまずない。


「……これは一度、調査班に回さないといけないわ。少し待っててもらえる?」

「ええ、構いません。雪もマスターも、まだ戻ってませんし」


 セイラさんはオーガの素材を手に、受付奥の扉の向こうへと姿を消した。


 暇になった俺は、隣の窓口に耳を傾けてみる。

 声の調子からして、初めてダンジョンを攻略したばかりのルーキーパーティーらしい。

 職員に褒められたり、素材の売却額に一喜一憂している声が微笑ましい。


(俺にも、そんな時期があったっけな……)


 思い返せば、俺の最初の攻略は少しイレギュラーだった。

 高校生になったばかりの雪がすでに能力者として名を上げており、俺のことを心配して強引に同行してきたのだ。

 あれこれ大変だったけど、あの経験が今に繋がってるはずだ。


 ……そう、思っていたその時だった。

 ふと入口方向を見ると、見覚えのある顔ぶれがぞろぞろと現れた。


(……最悪だ)


 宇田を先頭にした、例のサークルメンバーたち。

 俺の視線とほんの一瞬、かち合った。


 すぐに目を逸らすが、時すでに遅し。

 連中はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら、まっすぐこちらへと向かってくる。


「よぉ、『妹のヒモ』くん。今日も今日とて、ひとりぼっちか?」


 無視。

 反応するだけ無駄だ。


 けれど連中は懲りない。

 まるで水を得た魚のように、次々と悪口を吐き続けてくる。


(……よほど鬱憤が溜まってるんだろうな)


 こちらは今日、ゴブリンジェネラルを倒し、オーガの姿まで目にしたばかりだ。

 そんな今、目の前でイキってる彼らがいかにちっぽけに見えることか。


 だが――その無反応が気に入らなかったのか、宇田の口調は徐々にヒートアップしていく。

 前回俺に反論されて悔しがっていたのに図太いことだと思うが、面倒なことに変わりはない。


「何か言ったらどうなんだよ!?妹がいなきゃ何もできねえのか?ほら、“雪ちゃ~ん、助けてくださ~い”って言ってみろよ!」


 ……その瞬間だった。


「――私がお兄ちゃんの妹だけど。何か用があるの?」

「雪!」


 俺は思わず心の中で、ナイスタイミング!と叫んだ。


 入口の方から現れた雪は、いつになく険しい表情をしていた。

 彼女を見た瞬間、連中は目に見えて後ずさりする。


 その中でも、唯一前に出てきた男が一人。

 宇田である。


「ゆ、雪さんっ……。俺、昔からファンで……」


 どの口が言いやがる!と思うが、当の本人はいたって真剣な顔だ。

 そんな彼に向かって、雪は冷ややかに言い放つ。


「興味ない。お兄ちゃんは今日、私の目の前で第3階層のボス――ゴブリンジェネラルを倒したの。あなたたちに倒せる?」


 言葉を止めず、雪はさらに追い打ちをかける。


「見るからに弱そう。性格も悪そうだし、いいところ探すのが大変そう。そんな“ファン”はいらないから、来世の自分に期待してなさい」


 静寂。

 まさに“沈黙”という言葉がぴったりの時間が流れる。


 サークルメンバー全員、完全に絶句。

 あれだけ自己主張が強かった宇田も、さすがに顔面蒼白で言葉を失っている。


「お兄ちゃん、行こ?セイラさんが待ってる」


 雪はくるりと背を向け、俺の手を引いて歩き出す。

 残されたサークルの面々は、まるで魂が抜けたような表情で、その場に立ち尽くしていた。


 受付の前では、セイラさんが満足げに手を振っている。

 あのしたり顔は、たぶん“よく言った”の意味だろう。


(……悪いけど、かわいそうとは思わないな)


 これまでに浴びせられた罵倒の数々を思えば、当然の報いだ。


 俺の胸の中にある言葉は、ただ一つだった。


 ――ざまぁ見やがれ。



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