第3話 なぜここに?
「……………霞姫?」
「…その呼び方はやめて頂けると…」
彼女は苦笑して言った。でもその笑みはどこか不自然で、疲れているように見える。
「…あ、悪かった。…えっと、何してるんだ?」
「どうしてそんなことを聞くのですか?わたしは大丈夫なので、お気になさらず」
「……」
疲れたような笑みを浮かべて関与するなと言ってくる。しかし口では拒否していても、外はかなり冷えているので体が震えている。
…ここでそのまま引くのは自分でも後悔する気がする。直感でそう思った。
「ちょっと待ってろ」
「…え?」
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家に帰って、もうひとつの上着を持ってきた。
クラスで1番可愛い子に自分の上着を渡すなんて、とてつもなくハードルが高いことをやっていることは分かっているが、それ以上に震えて丸まっている滝川さんを見ていられなかった。
「ほら、着な」
「わわっ!」
それでも込み上げてくる恥ずかしさを隠すようにして少しぶっきらぼうに上着を彼女に投げる。彼女はぽかんとしていたが、状況を理解して上着に袖を通す。もちろんすでに上着を着ていたので、俺の上着まで来て少し着太りしてしまった。少し面白かったが、声には出さなかった。
「…あ、ありがとうございます」
「ん。…えっと、もう1回、何をしているのか聞いてもいいか?」
「…………か」
「か?」
「…鍵を、落としてしまいまして…」
正直に言うと、少し拍子抜けだった。家庭の事情とか、家に入りたくないとか、深刻な事じゃなかったからだ。…いや、ある意味深刻か。
何より驚いたのは、この家は俺の家の隣。そこの玄関でうずくまって「鍵を落とした」って言うなら、俺の家と滝川さんの家は隣どうしだということだ。
━━━いやいや、諸々の疑問はあと。今は…
「鍵一緒に探そうか?」
「えっ?」
彼女は素っ頓狂な声を出す。
そんな言葉を言われるなんて全く思わなかったんだろう。俺は苦笑する。
「滝川さんだって家に入れないのは嫌でしょ?」
「…まぁ、そうですが……では…いえ、やっぱり迷惑かけるわけにはいきませんから」
「いや、迷惑じゃないって。この寒い中で滝川さんを放置するのは俺が気にするから」
「……お願いしても、いいんですか……?」
彼女はうるうると上目遣いでお願いしてくる。
この顔は…
いつも学校で見るような完璧な顔ではなく、しかしも可愛らしい顔である。
あぁもう、こんなこと考えちゃだめなのに。できるだけ感情を抑えて笑顔で言う。
「あぁ、任せて」
「…ありがとうございます…!」
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鍵は、学校にいる時はまだ持っていたらしい。啓人達は、霞の下校道を辿ることにした。