第1話 麗しき霞姫
今は1月の半ば。雪がちらついて冷えた外から逃げ込むようにして暖房に温められた教室に入り、誰にも目もくれず席に座る。それを待っていたかのように、気さくな声が聞こえてくる。
「おーおはよう、啓人」
「おはよう、悠真」
本川啓人━━俺の名前を呼んだのは、ほぼ唯一も言っていい俺の友人の南谷悠真だった。
「いやー久々に降ったよな〜」
悠真は外の景色を眺めてそう言ってくる。
「そうか?雪なんて2週間も前には見たぞ」
「やっぱ久々じゃん!」
悠真はいわゆるコミュニケーションおばけで、友達も沢山いる。なぜ俺に沢山話しかけてくれるのかいまいちよく分からない。……聞いてみようかな。
「なぁ、悠真」
「ん?」
「…なんでいつも俺に話しかけてくれるんだ?」
少し躊躇いがちに聞いてみた。気になりはするけど、この質問を投げることで、(話しかけたらダメだったのか…?)って思わせたら申し訳ないから。でも、その心配も杞憂だった。
悠真は少し質問の答え方に悩んでいるようだった。
「ん?うーん…なんて言うか、啓人の性格が好きというか…?雰囲気がいいと言うか…?」
「…?悠真なら友達はいっぱい居るだろ?大勢に囲まれてるのが好きなんじゃないのか?」
「まぁ、それも好きなんだがな。ただ…」
「ただ?」
「あいつらのことを悪くいうつもりは無いんだけどな…調子に乗って人に迷惑をかけたりすることが少なからずある奴らだ。まぁ、注意しきれない俺も悪いけど…」
少し落ち込んだ顔をして話を途切れさせた悠真を見て、俺は思わず苦笑して声をかける。
「いや、悠真はよくやってるよ。この前だって少し本気で怒ってたもんな」
この前というのは、悠真と仲のいい男子グループが、ある女子生徒に過度な接触を図った時に悠真が少し本気でキレた出来事のことだった。
「あの時、クラスの雰囲気が少しだけ悪くなったこと、ムードメーカーの悠真なら多分まだ気にしてるんだろ?…でも、俺はかっこいいって思ったよ。」
悠真は目を見開いた。しかし何も言わない。俺の言葉の続きを待っているようだ。
「…仲のいい人達に流されずに自分の意見を主張できるのってすごいことだと思うし、少なくとも俺は尊敬した」
聞き入ったように俺の事を見つめる悠真は、俺の言葉を聞いてまた表情を柔らかくした。
「…へへ、ありがとな啓人。さっきの問の応えはまさにそれだ。」
「さっきの問い?」
恐らく、「悠真は沢山友達がいる中でなぜ俺に話しかけるのか」と言う問いのことだろう。
「ああ、人をしっかり観察しているところ。いい所を見つけて、それを本人にも伝えられること。その誠実さに俺は惹かれたのかもな」
そう言って、悠真はへへっと照れくさそうに笑った。
自分が褒められていることに大きな喜びを感じた。しかし、同時に疑問も浮かんだ。
「いや、そんなこと誰でも出来るだろ。当然だと思うんだけど…」
俺の言葉に悠真はぎょっとした顔をした。
「おいおい、俺がせっかく褒めてやったのに!それに、さっき言ったことは誰にでもできることじゃないって断言するぞ!」
「…うーん」
「………まぁいいか…啓人のその無自覚さはさっさと直すべきだなぁ…」
最後の方は声が小さくて聞き取れなかったものの、俺の反応はなんか間違っていたらしい。ため息をつかれた。その空気に少々気まずさを感じていたところで、教室の扉の近くが突然ざわついた。
「『霞姫』!」
「おはようございます『霞姫』さん!」
「おはよう、みんな」
たくさんの男子生徒を引き連れて教室に入ってきたこの女子生徒は、滝川 霞
━━━━━別名、『霞姫』だった。